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自由と信念の箱船で恍惚と不安を抱きストロングスタイルで爆進します!
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『空飛ぶクルマ』とか『ミニバスの大会本番』とか、ネタが貯まってきた。
今朝の話題が気になったので、そちら。

「金沢大学アメリカンフットボール部EVERGREENが80名規模の北海道遠征のために約1000万円の費用を挙げ寄付を呼びかけた」
これに対して、割高すぎるだろ、と批判が集まったというもの。
この件自体はどうでも良いのだけど、いろんな論点が詰まっているなと思った。

ボクはどうしても北海道側からの見方になってしまう。
北海道在住の民は、なにかあると「遠征」になる。
遠征が日常になっているから、多様な方法が蓄積している。
とはいえポイントは、金銭と時間のトレードオフだ、ってことに尽きる。
無料の移動手段として徒歩やヒッチハイクがある。
みんなで一緒なら、在来線で格安に、必要に応じて特急を。
自家用車への大量乗車で、下道のみか、有料道路を使うか。
道外には必然的にフェリーを使う。
最速なら飛行機だ。
宿泊も似たようなもので。
各人がホテルを取ることもあれば、誰かの実家に分散したり、車中泊や野宿をしたり。

「一戦に賭ける」立場でないメンバーでの遠征。
東京の辰巳で関東大会、中一日で高知の黒潮で全国公だった。
8人乗りのワゴンに8人で乗った。運転手は2名。

札幌を出て苫小牧からフェリーで仙台。
仙台から下道で東京まで行って、夜は辰巳の駐車場で野宿。
大会最終日に辰巳を出発。
深夜に静岡の部員宅に顔を出して差し入れをもらう。
夜が明けた頃に大阪を通過して淡路島を経て四国入り。
夕方には高知に到着して、黒潮アリーナの玄関で野宿。
大会後は香川に実家のある部員の家で宿泊。
翌日は関西圏に実家のあるメンバーが別れて各自で宿泊。
次の日に新潟まで行き、その次の日に新潟空港から青函フェリーを経て札幌まで。

一人あたり、いくらぐらいの費用が掛かってたんだろうか。
もう忘れてしまった。
10万円はかかっていない。
とはいえ、「全国公に賭ける」メンバーは、飛行機やホテルを使っていたわけで。
今の物価なら、10万円はかかってたんじゃないだろうか。

そうこう考えると、「高過ぎる」という批判は、それほど妥当ではないかもしれない。
単に安くすませることを考えれば11万円より安く済ませられるのは間違いない。
でもコンディショニングの観点でフェリーや野宿を選択するのは躊躇する。
フェリーにせよ自家用車が十分にないならレンタカーも必要。
競技的に荷物も多かろう。
札幌のホテルは高騰している。

もちろん、外野が簡単に批判し過ぎるのは良くない。
一方、寄付がほしいのに、簡単に批判されるような拙い体裁なのもアカン。
うまいことやってほしい。
遠征の成功を応援はしている。
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競泳はオリンピックでメダルを取るような世界。
現役時代に出場した関東大会のアッププールで北島康介と泳いだことが自慢。
当時は弁髪だったので、北島康介に指で差された想い出。
なお北海道は不毛の地なので「地区大会」がいきなり関東大会。

全国国公立大学選手権水泳競技大会、略して全国公。
インカレはレベルが高過ぎるので、実質的に目標とする大会。
とはいえ上位二校は決まったようなもので、三位こそが実質的に狙う順位だった。
その上位二校が、筑波大学と鹿屋体育大学。

そんな事情で、鹿屋体育大学には憧れがある。
大人になってから知ったが、とんでもない立地のようだ。
そこもすばらしい。
虎の穴。
今後ご縁があることを願っている。
飲酒による睡眠の量と質の低下。
寝不足時には呼吸が浅く、喉に負担がかかる。
呼吸のせいか、脳の働きも良くない。
昼寝をしてしまうと夜が寝られない。
夜にまとめて寝ようと思うと日中がツラい。

結局なにが良くないって、飲酒が良くない。
長い運動直後の飲酒は、深いところにダメージがくる。
夜の長い飲酒は、単純に就寝時刻が遅れるし、眠りも浅い。
昼食や夕食の時に一杯飲む分には、まったく影響がない。

いよいよ飲酒習慣とも向き合わねばならない。
昨日の夕方から今日の昼までに、書き仕事が4件発生した。
ビックリした。

一番重たいのは、マジで重たいので、後回し。
明日の午前中までに3件をやっつけて、そこから。

マジで重たいし、公開されることはないけど、マジで重要なので、頑張ります。
18歳で家を出てからこれまで、3年程度で転居を繰り返してきた。
しかしコロナ禍で家を買って、ついに転居生活は終わった。
末子がうまれ、仕事のなりゆきもあり、このままここで暮らすのだろう。
そんなわけで、今日はこの町のことを書こうと考えた。
海があるとか、2路線始発駅だとか。

そういうことを書こうと思っていたところで、爆音の放送が流れた。
『星条旗』に続いて『君が代』。
スポーツの日なので、米軍住宅で運動会があるのだろうか。

帝国海軍から米軍へ、一部返還を受けてなお、数千人規模の米軍住宅がある。
それもこの町の特徴だ。
最近になって住み始めたボクにはわからない歴史がこの町にはある。
情報としては知っている。
しかし長い間、選挙の争点になり、住民運動も起こった。
まさに隣接する地域に住んでいる人、そこで育った子供達もいる。
ボクにはその部分が肌感覚ではわからない。

しかし、現にそこに、米軍住宅はある。
基地ではなく住宅であるためか、トラブルは少ない、と思う。
共存していると言えば、聞こえが良すぎる。
見て見ぬフリをするのも違う。
過度に反応するのも違う。

職場の向かいには、米海軍の空母が泊まっている。
仕事では頻繁に沖縄に通った。
それなりに関心は持っているつもりだ。
とはいえ、単に関心と知識だけに過ぎないとも思う。

すべての社会問題を自分で受け止める必要はない。
関係ないものは関係ない。
それでも、この町の歴史は、この町に住むと決めた以上、関係ないものとは言い切れない。

スポーツの日に、そんなことを考えさせられた。
道東出張はレンタカー移動だった。
ひさしぶりに北海道の道を走った。
視界の開けた農道を走っている時に、表現しがたい精神状態になった。
ちょっとしたパニックなんだけど、ポジティブな感情。

北海道でのドライブは、学生時代の休日の過ごし方だった。
その想い出あるいは郷愁のようなものなのかもしれない。
一方で、単に雄大な情景に心が動いたのかもしれない。
そのどちらかはわからないし、どちらでもかまわない。

スポーツをしたり見たりして得られるポジティブな感情とは違う。
いわゆるドーパミン的なのではなく、セロトニン的なのだろうか。
機序はわからない。
とにかく身体の芯からボワーっとなる感情を抱いた。
こんな感情を自分が抱くとは思っていなくて、戸惑った。

年老いて、景色に感動する感性を獲得したのかもしれない。
最近の精神状態として、こうした感動が欠乏していたのかもしれない。
たぶん両方とも真実だと思う。

そう考えると、最近、通勤路をすこし変えていた。
何年も同じ道で飽きたことが大きいが、やはり景色が良い道にしている。
たまにだが、子供を連れずに、一人で海岸に行ってボーッとすることもある。
出張から戻って、海岸に行ってみたら、似たような感情な気がした。
今まであまり自覚的じゃなかったけど、こういうことに感動する感性が自分にはあるのだろう。

40代になって肉体疲労が激しくなってきた。
自転車通勤、昼サッカー、休日コーチで、運動不足ということはない。
身体を使わない中年の趣味を探そうとしていた。
なかなかピンとくるものがなく、結局だらだらとネットサーフィンをしている。
それを置換しうる趣味として、こういう感情を喚起するのはアリだ。
散歩、ハイキング、ドライブの類いだ。

しかし、散歩の強度ではまだ納得できない。
ハイキングは、スケジュール的にコーチ業との食い合わせが悪い。
ドライブは、そもそも車がない。
さてさて。
兵庫県で1982年にうまれた。
バックスクリーン三連発は1985年。
覚えていない。
その後、阪神は暗黒期へ。
中村監督の息子が近くに住んでいて「負け広」と呼ばれていた。
亀山新庄フィーバー、突然の引退宣言。

阪急沿線の住民。
小学生が野球帽を被っていた時代。
1988年末、阪急がオリックスに。
阪急ブレーブス、オリックスブレーブス、オリックスブルーウェーブが入り交じる。
1995年に地震が起こり、頑張ろう神戸、イチローフィーバー。

2000年に札幌へ進学。
2003年秋に大学院に向けて転居した日、テレビを繋いだら阪神が優勝していた。
日ハムが、そしてSHINJOが、北海道にやってきた。
スーパースター。大熱狂。
突如の引退宣言。謎の浪人期。整形。BIGBOSSとしての帰還。

やっぱりさ。
見たいよね。

阪神タイガースの新庄剛志監督。

読売ジャイアンツの松井秀喜。
ヤクルトスワローズが古田敦也。
広島カープは天才前田。
横浜ベイスターズは大魔神佐々木。
中日ドラゴンズは、立浪かな。
ミリ秒生物学と氷下水中音の打ち合わせで、道東に二泊三日の出張をした。
正確に言えば、いま帰路の空港なのでまだ出張中だが、まあいい。

当初の目的自体は、首尾良く達成された。
見てみたかった実験環境や動画を見せてもらえたし、現地の状況を知ることもできた。
しかし今回の出張は、それ以外の時間で、私的に得るものが大きかった。

不便な土地なのでレンタカー移動をしたことが引き金だ。
先発隊の送迎で、道を間違えた結果、運転時間がとても長くなった。
おかげで運転しながら喋りつつ考えることができた。
でもまだ自分自身で消化しきれていないので、あらためて書くことにする。

カーナビの表示や、博物館のパネルが、ちょうど見えない。
世間的にちょうどいい距離感が、老眼の一番苦しい領域と重なる。
いま膝にラップトップを置いているが、この距離が一番つらい。
ほぼ見えていない。

今回は寿司、ラーメン、カレー、焼肉と食べた。
先週の高知に続き、またおなかを壊した。
消化器も、もう無理がきかない。

出張ラッシュはこれで一段落。
しばらくゆっくりする予定。
ひさしぶりに大将と喋った。
雑談を一時間ぐらい。
最近行ってきた国際学会で衝撃を受けた話だった。
通称『ヒゲオンナ』の仕事がヤバかった、と。
そこから転じて、国内あるいは社内の研究状況について議論した。
状況に対する評価には共感した。
私見に対して、深く納得したが、シンパシーは抱かない。
それが我々の関係性でもある。
詳細は書かない。

〜

「本気で研究する」の「本気」の問題なのだと思う。

よくスポーツ漫画でもあるじゃないですか。
どうしようもなく強い相手に出会って、打ちのめされる。
「あんなに頑張ったのに・・・これでも勝てないのか・・・」とか思って落ち込む。
そこに相手が通りかかる。
後ろをついていき、凄まじい練習の様子を目の当たりにする。
練習に没頭している相手は、それを見ている自分に気付いてすらくれない。

「あぁ、これが”本気”なのか」
「上に行くヤツは、これだけやることさえ"当然"なんだな」
「オレがやっていたのなんて、所詮"お遊び"だな」

それに気付いて、絶望するのは、それは良いこと。
気付ける感性、絶望できる審美眼。
そこから奮起すればなお良し。
しかしホンモノを前にして、あきらめて舞台から降りるのも仕方がない。

アカンのは「こんなもんでしょ」とヘラヘラしていること。
あきらめた癖に、舞台から降りないこと。
「県大会のベストイレブン」という看板で地元の町を肩で風を切って歩く、みたいな。
今の自分が通用する世界に引きこもって、小さな世界で王様をしている。
そういうのはアカン。

〜

ボクが今のスタイルにモデルチェンジすることを決心したのも、結局はこれだった。
喋りながら、そうだったな、と思い出してきた。

『超先鋭』の看板を掲げて、守護神の庇護の下で、ヘラヘラと中途半端な研究をする。
潤沢な交付金と余りある時間を使って、困窮し多忙な大学教員と同程度の成果を出す。
そういうことに、自分が耐えられなくなった。
自分自身に「じゃあどうする」と問いかけた結果が、「降りる」だった。

研究者とは何かを考えて、学徒と学者の二面性に至り、学者として生きることを考える。
弊社の存在意義を確認して、やるべきことを定義して動く。
国プロに深く関与して、業界や組織の運営に時間を割くのも、その軸にある。

「毒饅頭の食べ方」にしても、冗談のように言っているが、現実的に重要な論点だ。
大きな絵を描く仕事も、現場に落とし込む仕事も、未熟なままだと毒が回ってしまう。
美食とカロリーを摂取した上で、毒の被害を最小化するのは、技術であり、戦術である。

ボクはボク自身が本気で研究をすることからは降りた。
でも身近な研究者や弊社や日本の研究活動を最大化させることには本気だ。

『サンクチュアリ』や『踊る大捜査線』みたいなアレですね。
大きな意味で、目指すところは同じなのだとは思っている。
あなたがたはソッチで頑張ってください。
わたしはコッチで頑張ります。
小さい時から言われたものだ。
「相手のことを考えて話しなさい」
言葉を精密に使うことが求められる職になって、その意味がより深まってきた。

子供の頃に言われていたのは、主に感情的な部分だったと思う。
「それを自分が言われたら、どんな気持ちですか」的なヤツだ。
ボクは「そんなん人それぞれやろ」と思っていた。
たぶん口にも出していた。

でも、そうじゃないテクニカルな話の時の方が、より重要だ。
「15時から病院なので」と言われても、言われた方は意味がわからない。
時間の話なのか、体調の話なのか。
それを知らせることで、相手の言動に何を求めているのか。

時間の話だとして、
「(14時には持ち場を離れます)15時から病院なので」と、
「14時には持ち場を離れます(15時から病院なので)」と、
どちらが「相手のことを考えて話して」いるか。
そういうことなのだ。

通院したい人にとって、自身の行動に対する強い制約は『15時病院』なのだろう。
でも周囲にいる人にとっては、『14時退勤』の後に何をしてても知ったこっちゃない。
それでも自身にとって重大なことだから『15時病院』と伝えてしまう。

似たような話で、ある時に気付いた興味深いこと。
お店が不定休を取る際に、店の扉に「○○日はお休みします」と貼り紙をすることがある。
それが定休日と続けて連休になる場合もある。
そういう時は「○○日□□日は連休します」と書いている。
気になってから調べだして、体感で半分ぐらいが『連休』としている。

おそらく店の人にとっては『連休』であることが、とても大きいのだろう。
連休が楽しみな気持ちはわかる。
しかし客にとっては『連休』であるかは関係なく、「どの日が休みか」だけが関心事だ。

そんなことを普段から考えていると、みんな適当に喋っている。
仕事モードだと、すべて情報が不十分で苛立つ。
だらけモードだと、自分自身が誰よりも適当に喋って、気分良くなっている。
そんなもんだ。
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海洋系の某独法で働く研究者が思ったことをダラダラと綴っています
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