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自由と信念の箱船で恍惚と不安を抱きストロングスタイルで爆進します!
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自分の睡眠パターンを理解しておくことは、健康維持の要点だ。
しかし入眠したタイミングというのは記憶が難しい。
そこで記録に頼る。
記憶より記録。
長島より王。
古田敦也は講演会の休憩でネクタイを変えて「気付きました?観察が大事」とやるらしい。

スマートウォッチは体調の記録にも威力を発揮してくれる。
多指標をモニタリングできるものも増えている。
しかし肌弱の民であるため、しばらく使ったところで悪化した手首の荒れで断念した。

スマートウォッチで最も気に入っていたのが、睡眠管理だった。
何をモニタしているのか、入眠タイミングが記録される。
夜中のちょっとした覚醒も逃さない。
睡眠時間が記録されることで、寝不足が数値によって表現される。
これはとても大きい。
「なんかしんどい」の正体は、大抵が寝不足だからだ。

そんなわけで、最近は指輪型のスマートリングを使っている。
(SOXAI RING 2)
(体購入前にサイズ確認用のプラスチックリングを買って試せる)
スマートウォッチに比べると、指標が少なく精度も低いが、邪魔にならない。
ボクは左手の人差し指につけていて、それなりにゴツいのだが、それほど気にならない。
バスケをする時もつけたままにしている。
料理をする時に、汚れがリングと指の間に入るのが気持ち悪いぐらいだろうか。
運動量のモニタリングは全然ダメだと思う。

本題。
ボクが必要としている睡眠の量は7時間以上。
20時に寝て03時に起きると7時間。
以前はこれでやっていたが、最近はコーチ業が20時まであるので、後ろ倒し中。
6時間未満が2日続くと、明確に影響が出る。
頭がボーッとするし、身体が重く感じられる。
ボクは昼寝ができないし、するとツラくなるので、夜に寝るしかない。
量を稼ぎたい時は、クスリを飲んで早く寝てしまう。

睡眠の質は、なかなか掴みにくかったが、計測のおかげで掴めてきた。
まず飲酒をすると、睡眠時の心拍数が高い。
なにもなければ47で一定なのでが、飲酒時は55を超える。
ビール1缶やワイン1合程度であれば、飲酒後4時間ほどで50を切ってくる。

パソコンやスマホを見ていると、入眠が遅くなる。
しかし、Kindleならば寝落ちができる。
内容のせいなのか、光のせいなのか。
寝てしまいたい時はKindle読書にする。
部屋のあかりをつけて本を読んでの寝落ちだと、睡眠が浅い。
部屋が明るいままだと、夜中の短い覚醒が頻繁に記録される。
本の積ん読が増えてきたので、ベッドにタイマー付の読書灯を導入しよう。

皮膚炎が酷いと、布との摩擦や、布団の熱感がツラいこともある。
これはもう仕方がない。
クスリを飲んで、クスリを塗って、短期的に冷却して、あとは我慢。
さらに長年の首痛や、最近は腰痛も出てきているが、寝ている分には大きな問題はない。
寝具には金をかけている方だと思う。

睡眠をもっとも重視しているから、一人部屋にしてもらっている。
寝かしつけもするが、自分のベッドでやり、寝ている間に子を連れ去ってもらう。

要するに(?)、ウェアラブルによって数値化することで、睡眠と向き合えている。
これが一番大きな効果だ。
体重計測はサボり気味だが、そろそろ再開予定。
健康オタクでも記録魔でもないが、記録があると頑張れるのも事実。
記録するための障壁がなくなったことで、継続できるようになったのも大きい。

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『アメリカ革命史』を読んだ。
https://onlineshop.yamakawa.co.jp/product/64114
手に取った動機は、長く見ているツイッタラーのオッカム先生の著作だから。
それだけだ。

オッカム先生のツイートには哀愁が立ちこめている。
最初は文系研究者として、あるいは北海道関係者ということで、興味をもったのだと思う。
匿名アカウントではあるが、本人を「知っている人は知っている」という運用と見られた。
最果ての稚内に生まれ育ち、職場にも恵まれず、最近は心身につらい状況のようだ。
ありていに言えば、鬱屈としている。

そんなオッカム先生が、実名を出して自著の宣伝をはじめたことに、驚いた。
正直言って、期待はしていなかった。
専門家特有の「正確だが詳細に終始するタイプの本」だと思って読み始めた。
しかし期待は裏切られた。

本書はいわゆるアメリカ革命の前夜から南北戦争までの時代の政治家を対象としている。
各時期の状況や出来事、そこでの各人の立場や思想が、丁寧に綴られていく。
「似たような考えだが決定的に違う」あるいは「一見すると違うが通底する思想は同じ」。
表面的な理解では掴みづらいそんな対立の様相が、思想史という背骨で、明瞭に描かれている。

文体も理解を促してくれる。
各章で同時代を生きた人物を対置するため、論点が明確になる。
論点の背景にある要因を「第一に・・・、第二に・・・、」と並記して端的に整理される。
それでいて単調にならないのは、要所要所で「語り口調」が挟まるからだろう。

「あとがき」には「一般書だが入門書のつもりはない」という意味のことが書かれている。
「文字を読める賢明な人々と議論するための本だ」と。
この想いは、ボクが『深海問答』にこめた想いと一致する。
自分の知見を差し出し、共有することで、議論する仲間を増やしたい。
堅牢な基盤を共有した上での議論で、世界が少しでも良くなってほしい。
「良い世界」といっても別に大げさな話でなく、「心地よく暮らしたい」ということだ。

本書では「トランプ現象とは何か」を視野に入れている。
トランプは、歴史の産物なのか、はたまた、歴史の特異点なのか。
詳細はネタバレになるため、そして理解しきれていないので、これ以上は書かない。

ニュースに触れる中で「アメリカ的だな」と感じることは多い。
ボクはプロレスWWEや野球MLBの話題もフォローしているが、そこでもアメリカを感じる。
オバマも、トランプも、ジョブスも、ビンスマクマホンも、みんな「アメリカ的」だ。
この「アメリカ的」というのは何なのだろうか。
気になるけど、考えるキッカケもなかったそんなことにも、ヒントをもらった気がする。

「現在の問題は、過去に現象の結果」という視点がある。
たしか平川克美の本で触れたのだと思う。
ボクはこの考えに深く同意している。
「なんだからよくわからない突発的な事態」が生じた時に、「何の結果なのか」と考える。
(たとえばSTAP細胞騒動の時もそんなことを考えた)
だからこそ、その考察のために、歴史的な知識が不可欠なのだ。
思想史、技術史、社史。
多面的な歴史の視座を持っていれば、それだけ問題を咀嚼して理解できる。
9月27日(日)
ミニバス練習が14時まで。
他コーチ不在のため、最後まで見なければならない。
練習終了で即帰宅してシャワーと着替えを済ませて出張開始。
駅まで徒歩10分、始発かつ乗換無しの一時間で羽田空港に到着できる。
逗子の立地自慢はまた別の機会に。
マクドで昼食兼用のアップルパイを買ってラウンジでコーヒーを飲んで搭乗。
現地が雷予報で引き返し条件付きだったが到着したら雲もなかった。
定宿ドーミー前で大会番頭のモロノフ閣下と遭遇して、ひとしきり文句を言って脱ガス。
荷物を置いて夜の町へ。

四万十では瓶ビール・焼きなす・こんにゃく煮・カツオ刺身でしっぽり。
若いカポー客が3組。なんかのSNSで流れてるのかな。
とにかく焼きなすが美味すぎた。
2000円

葉牡丹でも松翁・煮豆腐・串なす・串ピーマン。
店が慌ただしく、焼き串でなく串揚げできた。
隣の人が濁り酒グラスを頼んだら瓶が開けられてきた。
さらに濁り酒グラスも運ばれてきたので、引き取った。
隣の人が瓶を飲みきれないと半分ぐらいくれたので、引き取った。
1420円

壽限無では司牡丹グラス・鴨ロース・鴨もも。
当初お通しがメロンでアレルギー申告したら焼き芋に変えてくれた。
新しい店だが感じが良く、再訪候補。
2000円

ツイッタ仲間と合流して3人でリッチモンド裏の駱駝。
カツオたたきとかチョロチョロと食べ飲みして歓談。
4000円

ホテルに戻って夜鳴きソバ食べて24時頃就寝。


9月28日(月)
7時過ぎまで眠る。よく眠れた。
8時過ぎにホテル朝食バイキング。実ははじめて。
カツオたたき・なす・サラダ・プリンなどなど。
食後にゆったりしてから会場入り。

昼食は旬家で塩カツオたたきの花取御前。
某プロジェクトでの権利関係の整理など話し合いつつ。
話が噛み合ってなかったかもしれない。
とはいえ、今後の方針は決まったので、まぁよしとしよう。

会場に戻って座長。
学会員でもないのに指名された座長。
AIに選ばせた結果らしい。AIもまだまだアホやな。
英語発表で質問が出ずに困ったところに旧友ヤナガーが目に付いたので話を振った。
あとからめっちゃ怒られたけど、持つべきものはトモダチだな。

つづいてポスター審査員。
評議員のタカイさんがブッチした分を代打。
こういう強制力でもなければ見なかっただろうポスターを眺める。

大会公式懇親会。三翠園。
アウェー学会ではあるが知り合いもボチボチいて歓談には困らず。
もっぱら日本酒と刺身をいただく。
二次会は亀次、カトシンとかウラとか。
さらに増員して三次会は向かいのDining Galley。
たぶん25時ぐらいに就寝


9月29日(火)
03時ぐらいに猛烈な吐き気と下痢で目覚める。
とりあえず吐いて出してポカリ飲んで寝る。
06時ぐらいに目覚めてからトイレの住人に。
小康状態になったらベッドで横になり、またトイレの繰り返し。
峠を越えた気がした15時頃にストッパを飲んで、17時ぐらいに外に出て正露丸を購入。

本来の用務たる18時半からの自由集会にはなんとか参加できた。
鎌形さんがメタン中心で自分の研究を語り、若者二人がハキハキと自分の研究を紹介。
トリで出て行って、いつもの与太話(夜の科学)を一席。
帰り際に3人ぐらいから話しかけられたので、まぁ責任は果たしたと言えよう。
自由集会の懇親会は出られる体調ではなく欠席。
部屋に戻ったところで強烈な悪寒に襲われて震えたまま就寝。


9月30日(水)
長く寝たおかげか、かなり回復。
あの悪寒はなんだったのか。
飛行機があるので朝食も我慢して移動。
バスでしのさんと喋って、その後は読書しつつ帰路。
地元の浪子ソバで久々の食事をして帰宅。
頭の衰えを実感する。
具体的なことは何もないが、衰えていることだけは間違いない。
原因は3つ。
老化と飲酒習慣が相まって進行する脳・眼・腰を含めた身体の健全性の低下。
AI利用による情報収集や考察などなどの読み書きでの手抜き。
そしてツイッター中毒。

これからの人生で今日が一番若い、というが、励みであり恐怖でもある。
裏を返せば、今までで一番、今がヤバい、のだ。

ここに書く習慣を取り戻す。
この決意は何度目かわからない。
でも、今回は本当に切実に感じている。

ボクがボクであるために、書き続けなきゃならない。
アホみたいな仕事をAIにまかせている。
書くべき仕事までAIにまかせつつある。
これはいかん。
自分の文章というものが消失しつつある。
書くリハビリが必要。
21年目。

書くことの再習慣化。
2026年8月1日(土)に日本学術会議講堂で開催された『学術フォーラム「社会と学術界におけるジェンダー平等・公正-男女共同参画基本計画の実装とジェンダー主流化」』に登壇した。
自分から手をあげた訳ではない。
主催側の分科会のうちの一つに委員として参画していることから指名された模様。
フォーラム開催について飛び交うメイルを関係ないと思って読み流していたら、いつの間にか『登壇者のみなさま』という宛先のメイルが届くようになり、登壇者であることを知った。
与えられた御題は『改善提案3「学術界の人材育成を平等・公正なものとするために-特に若手の人材育成を中心に」』であった。
経緯は忘れたが、たぶん(仮題)として与えられた御題を、そのままにして確定したのだろう。

それで、まぁ、時代の背景もあって、初めて、生成AIでスライドを作ってみようと思い立った。
適当にやってみたけど、なかなか上手くいかない。
そんなわけで(?)、まず論考を文章で書き下ろして、生成AIの支援で改訂して、できた文章をスライド化することにした。
その「スライドの元ネタにした論考」については、どこにも発表のアテがない。

あくまで上記の位置づけで作成した文章なので、未熟な部分も多い。
とはいえさらに精査して文章として発出しようというほどの意欲がない。
そんなわけで以下に転載して成仏させる。

〜〜〜〜〜
以下
〜〜〜〜〜

第1章 現状の概観

1.1 ジェンダーダイバーシティ推進の理念
近年、大学におけるジェンダーダイバーシティの推進は、教育研究環境の改善、研究力の向上、公平な機会の保障、多様な価値観を反映した意思決定などを目的として、国内外で重要な政策課題となっている。日本においても、女性研究者の参画拡大は科学技術・イノベーション政策の重要課題として位置付けられ、大学や研究機関には多様な人材が能力を十分に発揮できる研究環境の整備が求められている。
ダイバーシティの推進は、それ自体を目的とするものではなく、教育・研究組織が持続的に発展し、社会から信頼される学術基盤を形成するための手段として理解されるべきものである。そのため、大学には多様な背景や経験を持つ研究者が参画し、それぞれが能力を十分に発揮できる環境を整備することが期待されている。

1.2 我が国における近年の政策動向
こうした理念の下、日本では女性教員比率などの数値目標が設定され、女性限定公募を含むアファーマティブ・アクション、研究支援制度、ライフイベント支援、メンタリング制度など、多様な施策が実施されてきた。その結果、女性研究者数や女性教員比率は着実に増加しており、従来十分とは言えなかった女性研究者への支援体制も大きく改善されつつある。
一方、近年のダイバーシティ政策はジェンダーにとどまらず、国際化、若手研究者育成、専門分野、出身大学、障害、宗教、多文化共生など、多様な側面へ対象を広げている。また、大学にはこれら複数の多様性を同時に推進することが期待されるようになり、多様性は大学評価や組織運営において重要な位置を占めるようになっている。

1.3 本稿の視点と問題意識
本稿は、ジェンダーダイバーシティ推進の理念そのものを否定するものではない。むしろ、その理念を尊重する立場から、理念を実現するための制度設計について検討することを目的とする。
近年の政策は一定の成果を挙げている一方で、理念、数値目標、制度設計、実装、評価という複数のレイヤーを通して見た場合、それらの接続関係にはなお検討の余地があるように思われる。また、近年導入された施策の中には、新たな課題や副次的影響を生じさせている可能性も指摘できる。
本稿では、まず現行施策が生み出している新たな課題を整理し、その上で、多様性政策における制度設計の基本原則を検討する。さらに、それらの原則に基づき、大学組織および大学システム全体を対象とした具体的な制度設計のあり方について提案する。目的は、理念と制度設計との整合性を高め、多様性政策が本来目指す教育研究環境の実現に寄与する制度的枠組みを提示することにある。

第2章 現行施策が生み出した新たな課題

2.1 女性研究者が直面する負担の再整理
女性研究者が直面する困難については、従来から多くの議論が行われてきた。しかし、それらは必ずしも発生機序や制度による介入可能性に応じて整理されているとは言い難い。
本稿では、女性研究者が直面する負担を少なくとも三つに区別して議論する必要があると考える。第一は、月経および月経随伴症状に代表される、女性身体に特有であり、長期間にわたり反復的に生じる身体的・心理的負担である。第二は、妊娠・出産に伴う身体的負担、および妊娠時期の選択やキャリア形成との調整に伴うライフイベント上の負担である。第三は、育児や介護など、従来は女性が多く担ってきたものの、本質的には社会制度や家庭内役割分担によって規定され、あらゆるジェンダーが担いうる負担である。
これら三つの負担は、発生機序も継続期間も制度による介入可能性も異なる。第一および第二は女性身体に由来する側面が強く、制度のみで完全に解消することは困難である。一方、第三は社会制度や組織文化、家庭内役割分担の影響を強く受けるため、制度設計による改善可能性を有する。このような異質な課題を一括して「女性研究者支援」として論じることは、問題の所在を曖昧にし、適切な政策立案を困難にする可能性がある。
さらに、この区別を曖昧にすることは、育児や介護に取り組む男性研究者の負担を過小評価することにもつながりかねない。本来、育児や介護は女性身体に固有の負担ではなく、社会全体で担うべき課題である。それにもかかわらず、身体性に由来する課題と社会的役割に由来する課題を混同することは、男女双方が抱える負担への理解を妨げ、不要な対立を生み出す要因となる。
また、従来の議論では、妊娠・出産・育児は女性研究者支援の中心的課題として広く取り上げられてきた一方で、月経および月経随伴症状という、多くの女性が学生時代から長期間にわたり経験する反復的な身体的負担については、相対的に十分な議論がなされてきたとは言い難い。月経は妊娠・出産とは異なり、特定のライフイベントではなく、研究活動や教育活動と並行して継続的に存在する身体的条件である。このような身体性に由来する競争条件の非対称性についても、女性研究者を取り巻く環境を理解する上で重要な論点として位置付ける必要がある。

2.2 制度が生み出す当事者間の対立
近年、女性限定公募をはじめとする属性限定型公募は、女性研究者の参画を促進する政策手段として広く導入されている。一方で、この制度は、本来解決すべき構造的課題とは異なるレベルで、新たな対立構造を生み出している可能性についても検討する必要がある。
過去に構造的不利益を経験した世代と、現在の制度の下で応募機会の制約を認識する世代とは、それぞれ異なる時間軸における政策課題を背負っている。しかし、属性限定型公募では、この二つの課題が一つの採用場面に集約されるため、本来は制度が負うべき問題が、世代間あるいは応募者間の対立として顕在化しやすい。
また、応募機会を制限されたと認識する応募者の不満が、制度そのものではなく、採用された個人へ向けられる場合もある。その結果、「女性だから採用された」といった否定的評価が採用者へ向けられ、制度が生み出した構造的問題が個人間の心理的対立へ転化する可能性がある。制度が解決すべき構造的課題を、制度設計の結果として個人間の対立へ転化させることは、多様性政策において回避すべき重要な課題である。
さらに、女性限定公募によって採用された女性研究者は、採用時点での評価に加えて、採用後には委員会活動や広報、メンタリングなど、多様性推進に関わる役割を期待される場合も少なくない。制度が組織全体の課題を個人へ転嫁する構造は、当事者間の対立だけでなく、採用後のキャリア形成にも影響を及ぼし得る。

2.3 数値目標がもたらす意図せざる帰結
女性教員比率などの数値目標は、政策の進捗を把握するための重要な指標である。しかし、人材供給パイプラインが十分に形成されていない分野において、短期間で数値目標の達成を求める制度運用は、新たな負担を生み出す可能性がある。
代表的なものとして、限られた女性研究者への委員会活動、広報、メンタリングなどの役割集中、いわゆる minority tax が挙げられる。また、「女性研究者として後進に貢献したい」という使命感と、「研究時間を確保し研究者としての競争力を維持したい」という要請との間で生じる role conflict も指摘されている。
これらの負担は女性研究者個人にとどまらない。過重な役割を担う女性研究者の姿は、大学院生や若手研究者にとって大学教員という職業の魅力を低下させ、将来的な人材供給パイプラインの形成にも影響を及ぼす可能性がある。理念として掲げられた「女性研究者が活躍できる環境」が、制度運用の結果として新たな負担を生み出している可能性については、十分な検証が必要である。

2.4 画一的政策の限界
近年の大学政策では、ジェンダーに加え、国際化、若手研究者育成、専門分野、出身大学、障害、宗教、多文化共生など、多様な側面について、各大学が同時に多様性を高めることが期待されている。
しかし、多様性の実現には、施設整備、人材配置、事務体制の構築など継続的な経営資源を必要とする。また、人材供給パイプラインそのものにも限界があるため、すべての大学が同一の多様性目標を同時に追求することは、現実には限られた人材を大学間で競合的に獲得する構造を生みやすい。
さらに、各大学が同一の政策目標を掲げることは、大学間の特色や役割分担を弱め、大学システム全体としての多様性をかえって低下させる可能性もある。大学ごとに異なる歴史、地域性、教育研究分野、組織規模を有するにもかかわらず、画一的な目標設定を求めることは、各大学が本来有する強みや特色を十分に活かせない要因ともなり得る。
このような課題は、個々の大学の努力不足によって生じるものではなく、大学システム全体を一律に設計する政策そのものに起因する側面を有している。したがって、多様性政策は個々の大学のみを評価単位として考えるのではなく、大学群全体を一つのシステムとして捉え、その中で各大学がどのような役割を果たすべきかという視点から再検討する必要がある。
以上のように、現行施策は多様性推進に一定の成果をもたらした一方で、新たな課題も顕在化させている。次章では、これらの課題を踏まえ、制度設計の基本原則について検討する。


第3章 制度設計の基本原則

3.1 理念と数値目標の峻別
前章で整理した課題は、ジェンダーダイバーシティ政策そのものの理念を否定するものではない。むしろ、多様性の実現という理念を持続的かつ実効的に達成するためには、理念、目標、制度設計、実装、評価の各レイヤーが論理的に接続された政策設計が求められることを示している。本章では、第2章で抽出した課題を踏まえ、制度設計の基本原則を整理する。
制度設計において最も重要なことは、理念と数値目標を混同しないことである。多様性、公平性、包摂性、研究力の向上などは政策が目指す理念であり、女性教員比率などの数値目標は、その実現状況を把握するための代理指標である。したがって、数値目標は理念を実現するための手段として位置付けられるべきであり、数値そのものが政策目的となってはならない。制度設計や評価は、数値目標の達成度だけではなく、それが理念の実現にどのように寄与したかという観点から検証される必要がある。

3.2 組織の自己再生産を抑制する視点
大学は教育・研究組織であると同時に、自ら次世代の構成員を選抜する組織でもある。そのため、制度設計においては、組織が特定の価値観や評価基準を無自覚に再生産し続けることを抑制する視点が重要となる。ここで問題とするのは、特定の属性を持つ構成員が多いこと自体ではなく、その属性に由来する組織文化や評価規範が固定化され、新たな価値観や人材の参入を阻害することである。制度は組織の開放性を維持し、継続的な新陳代謝を促す方向で設計されるべきである。

3.3 実現可能性を考慮した制度設計
政策目標は、その理念だけでなく実現可能性も考慮して設計されなければならない。大学が利用できる人材供給パイプライン、財政、人員、施設などには限界が存在する。これらの制約を十分考慮せずに目標のみを高度化すれば、制度は形骸化し、限られた構成員への負担集中や大学間の過度な競争を招く可能性がある。理念を実現するためには、高い目標を掲げることだけでなく、それを持続的に実装できる制度設計が不可欠である。
また、制度設計に当たっては、女性研究者が直面する負担についても、身体性に由来するもの、ライフイベントに由来するもの、社会制度や役割分担に由来するものを区別し、それぞれに適した政策手段を講じる必要がある。異なる発生機序を持つ課題を同一の施策で解決しようとすることは、制度の実効性を低下させるだけでなく、新たな不公平や対立を生み出す要因となり得る。

3.4 大学群全体で多様性を実現する視点
多様性は、個々の大学のみを評価単位として考えるのではなく、大学群全体を一つのシステムとして捉える視点が必要である。差別の禁止、公正な採用、包摂的な制度など、大学として共通に備えるべき最低基準は全国的に共有されるべきである。一方、それ以外の多様性施策については、各大学が自らの歴史、地域性、教育研究分野、人的資源などを踏まえ、主体的に重点化する余地を有する。制度設計は、個々の大学の画一化ではなく、大学群全体として豊かな多様性と選択肢を実現することを目指すべきである。

3.5 開放性・透明性・受容性を備えた制度設計
制度は、公平であるだけでなく、公平であると理解され、社会から受け入れられるものでなければならない。大学教員公募では、応募者は多大な時間、労力、精神的負担を負って応募する。大学は、その負担を十分認識した上で、応募機会の開放性を維持するとともに、募集方針や審査方針を可能な限り明確に示す責任を負う。
さらに、制度設計においては、構造的課題を個人間の対立へ転化させないという視点も重要である。制度が解決すべき問題を、応募者同士、世代間、あるいは採用者個人への不満として顕在化させることは、多様性政策への社会的信頼を損なう。制度は、理念を実現するだけでなく、異なる立場の当事者が互いを対立相手と認識しないよう設計されるべきである。

以上の五つの原則は、個別施策の是非を判断するための評価基準でもある。すなわち、多様性政策は「どのような数値目標を掲げるか」ではなく、「理念と整合し、組織の自己再生産を抑制し、実現可能性を備え、大学システム全体として持続可能であり、さらに社会から信頼される制度となっているか」という観点から設計・評価されるべきである。次章では、この基本原則に基づき、大学におけるダイバーシティ政策の具体的な制度設計について提案する。


第4章 具体的提案

4.1 支配的多数派を形成しない組織設計 ― クリティカル・ドミナンスの回避
組織論やダイバーシティ研究では、少数派が一定割合を超えることによって、象徴的存在(token)ではなく、組織の一構成員として実質的な意思決定へ参画できるようになるという「クリティカル・マス(critical mass)」の考え方が広く知られている。この概念は、少数派の参画を理解する上で重要な視点を提供してきた。一方、多数派が組織文化をどのように形成し、それを継続的に再生産するかについては、必ずしも直接扱われていない。
そこで本稿では、その補完概念として、大学組織において特定の属性を持つ集団が支配的多数派となり、その集団が採用・昇進等の意思決定を通じて、自らの価値観や評価基準を継続的に再生産する状態を、暫定的に「クリティカル・ドミナンス(Critical Dominance)」と呼ぶ。
ここで問題としているのは、特定の属性を持つ構成員が多いこと自体ではない。問題は、支配的多数派が組織の自己再生産を促進し、新たな価値観や人材の参入を阻害することによって、組織文化が固定化・硬直化する可能性にある。
この視点では、「女性教員比率30%以上」のように特定の属性を一定割合以上とする数値目標ではなく、「特定の属性が組織を支配的に再生産できる状態を形成しない」という方向性を制度設計の理念とする。評価対象は特定属性の人数ではなく、組織が継続的に外部へ開かれ、新たな人材や価値観を受け入れられる状態を維持できているかどうかに置かれる。
なお、本提案は、新たな閾値を設定することを目的とするものではない。クリティカル・ドミナンスがどのような条件で成立するかは、組織規模や学問分野によって異なり、今後の実証研究に委ねられる課題である。本稿が提案するのは、組織の自己再生産を抑制し、組織文化の開放性と適応能力を維持するという制度設計の方向性である。

4.2 大学群集としてのメタ多様性の実現
現行の大学政策では、各大学がジェンダー、国際化、若手研究者育成、専門分野など、多様な項目について同時に多様性を高めることが期待されている。しかし、人材供給パイプラインや大学経営の制約を考慮すると、すべての大学が同一の目標を同時に追求することは、大学間競争を激化させるだけでなく、大学システム全体の特色を失わせる可能性がある。
そこで本稿では、「大学群全体として多様性を実現する」というメタ多様性(meta-diversity)の考え方を提案する。ここでいうメタ多様性とは、個々の大学が同一の多様性目標を画一的に追求するのではなく、それぞれ異なる重点分野や組織的特色を持つことによって、日本全体の大学システムとして豊かな多様性を実現するという考え方である。
まず、差別禁止、公正な採用、包摂的な制度などは、全国すべての大学が共有すべき最低基準とする。その上で、各大学は、自らの理念、歴史、地域性、教育研究分野、人的資源などを踏まえ、ジェンダーダイバーシティ、国際化、多言語対応、若手研究者育成、地域連携など、重点的に推進する項目を主体的に選択する。
このような制度設計により、大学間の特色が明確となり、教員・学生双方が自らの価値観や研究・教育スタイルに適した大学を選択しやすくなる。また、限られた経営資源を重点的に配分することで、多様性施策の実効性も高まることが期待される。

4.3 開放的な公募制度による多様性の実現
本稿では、公募制度を「募集」と「審査」の二段階に整理することを提案する。
募集段階の目的は、「望ましい候補者母集団を形成すること」である。応募資格は原則として広く開放し、大学は必要に応じて募集期間の延長、追加周知、国際公募などを通じ、多様な候補者が応募しやすい環境を主体的に整備する。組織が目指す多様性の観点から応募者層に偏りが認められる場合には、公募要領であらかじめ示した手続に従って募集を継続することも選択肢となる。
審査段階の目的は、「望ましい人物を選定すること」である。研究・教育・社会貢献などの業績評価に加え、「当該候補者を採用した場合に実現される組織全体の構成や多様性への寄与」を評価要素の一つとして総合的に判断する。評価対象は個人の属性そのものではなく、採用という組織意思決定が組織全体にもたらす効果である。
この制度設計では、公募要領に募集方針と審査方針を可能な限り具体的に記載することが重要となる。大学教員への応募には多大な時間、労力、精神的負担が伴う。大学はその負担を十分認識し、応募者が制度を理解し、納得した上で応募を判断できる透明性を確保する責任を負うべきである。
募集段階では開放性を、審査段階では組織設計上の責任を担うという役割分担を明確にすることにより、多様性、公平性、制度受容性を同時に満たす採用制度の構築が期待される。

4.4 本提案の一般性
本稿ではジェンダーダイバーシティ政策を対象として制度設計を検討した。しかし、本稿で提案した三つの制度設計は、ジェンダーに限らず、国籍、出身大学、専門分野、世代など、多様な属性についても応用可能である。
三つの提案はいずれも、組織が負うべき構造的課題を個人へ転嫁しないという共通の理念によって貫かれている。多様性政策とは、特定の個人に追加的負担を求めることではなく、組織や制度そのものを再設計することによって実現されるべきものである。
本稿で提示した制度設計の考え方が、大学におけるジェンダーダイバーシティ政策のみならず、多様性政策全般を検討する際の理論的枠組みとして活用されることを期待したい。
全般に3-4月は飲み会が多くアレルギーも強めで体調が優れなかった。
3月末にメインスマホが壊れて生活ログ習慣が変わった。

〜

在宅勤務日は泳ぎに行く。
→一回いった。週一ペースで行くつもりになっている。
 →4月から行かず。

出勤日を増やす。
→ぼちぼち
 →ぼちぼち

朝イチに運動する。
→7割はやっている。ラジオ体操、動的ストレッチ、レッグレイズ、プッシュアップ
 →2割しかやっていない。動的ストレッチのみ。

体重を記録する。
→やっている。平均79kgの1kg変動ぐらい。
 →3月末までで平均75kg、スマホが壊れてから記録せず、食べ過ぎ傾向。

飲酒の頻度を下げる。
→下がっている。飲むのも夕飯前だけ。
 →飲み会頻度が高かった。自分では飲んでいない。5月から家で飲んでる。

一日一カ所の掃除片付けをする。
→半分。ターゲットを見つけることが難しい。
 →まったくダメ。

日記をつける。
→やっている。書く内容に制約がある方が良いかも。
 →やっている。コツコツ。

コーヒーの量
→かわらず
 →かわらず

SNS制限
→せず
 →せず

投薬や通院の頻度
→毎日アレグラで快調キープ。通院して2ヶ月分もらった。
 →4月頭できれた、4月末に2ヶ月分もらった。ステ強度があがりマイザー。


ご恵贈いただきましたので、書評を。
と思うわけですが、とにかく、書きにくい。

書きにくい理由は、ボクが激しいアンビバレンツを抱いているから。
この本、『アカデミアの泳ぎ方』は、劇薬ですよ。
https://www.yodosha.co.jp/yodobook/book/9784758121446/
そもそも著者の谷内江さんが劇薬的な人物だから、当然なのだけども。
猛烈にオススメしたい気持ちと、簡単にはオススメできない気持ちと。
ボクは勝手に板挟みになっている。

とにかく初めにこれだけは言っておきたい。
ボクは谷内江さんの人格、この本でもそこら中から溢れかえっている真っ直ぐな熱さが、大好きだ。
人間に対して誠実で、科学に対して真っ直ぐ。
その方向性は、ボクとも一致している。
そして、その強度が異様だという部分でも、ボクは谷内江さんと、とても気が合う。

だけど。
谷内江さんとボクは、気が合うけど、好みが合わない。
ボクは(谷内江さんも)「好みは人それぞれ」というスタンスだから問題はない。
しかし、世の中の大半はそうではなく、好みに左右される部分が大きい。
そこが難しい。

〜〜

『アカデミアの泳ぎ方』には、研究業界を生きていく上で役立つコンテンツが、散りばめられている。
その内容は多岐にわたるし、類書では振れられていない領域に関する情報も充実している。
ボクが読んで、初めて知ったことや、あらためて実感したこと。
言われてみれば確かにその通りだ、と思わされることが、本当にたくさんある。
そういう意味では、とてもオススメしたい。

しかし『アカデミアの泳ぎ方』は、top of topsの世界観で書かれている。
ボクには、その部分が、なかなか受け容れがたい。
ちょっとスノッブな感じも、敬遠してしまうところだ。
たとえば、全体を通して当然のようにnature誌がどうだこうだという部分は、別世界に感じる。
また、海外に対する壁の無さには、むしろ壁を感じずにはいられない。

想定読者は、大学院生からプロの研究者ぐらいの層だろう。
そう考えると、ポスドクは想定読者のド真ん中になる。
だけど、ボクが自分のポスドクに読んでほしいかどうかとなると、とても悩ましい。
雲上人の世界に思えて、尻込みしたり気が滅入ったりするんじゃないかと、心配になってしまうからだ。

じゃあ読むべきじゃないかというと、絶対に読むべきだとも思う。
ショックを受けてしまうことは懸念しながらも、ショック死してしまわない限りは、読むべき価値がある。
死にそうになるぐらいのショックを受けることで、見える世界もあるだろう。
そうした体験も含めて、ぜひ読んでほしい。

なにより「top of topsは、この水準で物事を考えているんだな」というレベルを知れる。
「真の100点水準」を知らしめてくれるという意味で、『アカデミアの泳ぎ方』は他にない貴重な著作だ。
学生や若手が出してくる初稿は、彼女彼らの自己評価では、100点に近いつもりのはずだ。
でも、社会の評価はそうなっていない。
プロの中でもトップ層の水準から見れば、若手の自己評価での100点は、おそらく30点にも満たないだろう。
その世界の高みを知ることは、自分の現在地を知る上で、最も重要な要素だ。
井の中の蛙がナンタラというが、まさにそれだ。

ボクは小学生にバスケットボールを教えている。
「バスケットボールとして良いスキル」と「小学生が身につけるべきスキル」は、必ずしもすべてが一致するわけではない。
指導をしていて、そこが難しいと感じることは多い。
『アカデミアの泳ぎ方』は、『NBAでスタメンを張るための方法』に相当するかもしれない。
バスケキッズにとっては、もちろん役に立つこともあるだろうが、参考にならない領域も多いだろう。

『アカデミアの泳ぎ方』は、アカデミアの中間層を見ていない。
あくまでトップ層に対して、「top of topsはここまでやってるぞ」と指南している。
本書を手に取る時点で、そういうものだと思っていれば、これ以上の本はない。
しかし、凡百の業界本のつもりでボンヤリと「なにか役に立つ情報はないかな」と思って手に取ると、大火傷してしまう。
そしてその原因は、谷内江さんの熱さにある。

もちろん熱くなければ谷内江じゃないし、本書に価値はない。
この熱さの責任は、谷内江さんにはない。
この熱さに耐えられる人にとっては、最高の一冊であることは、ボクが請け合う。
心して手に取ってほしい。
この秋ぐらいから腰痛にみまわれていた。
激痛やギックリ腰ではなく、鈍痛というほどでもない、慢性的な不快感。
ストレッチすると気持ちいいけど、変な動かし方をすると痛い。

座り仕事、自転車通勤、体育館での立ちっぱなし。
どれをとっても腰には良くない。
加齢とサボりによる体幹筋肉群の衰退が腰痛を引き起こした気がする。
気がするけど、それはそれで解決が大変そうだ。

ということで、まず生活習慣を疑ってみた。
腰痛がより厳しいのは、在宅仕事の翌日だった。
出勤に比べ、歩き周りがない分だけ、座り時間が長い。

座っていることが悪いとなると、困る。
仕事ができない。
だから座っていること以外の要因であってほしいと願う。
願うだけじゃなく、探してみる。

あった。

オットマン。
ラクに座るためのオットマン。
長座姿勢を強いるため、腰には悪いとの情報アリ。
オットマンをなくしてみた。

腰痛が治った。
悪いのはオットマン。
探してたもんはこんなシンプルなもんだったんだ。


◎航海提案書
・明後日から本気出す
・細部の詰めは要相談

◎責任ある地球工学論文
・和文総説、雑誌はあそこ
・大筋は定まりつつある
・文献の整理、勉強
・チャッピー支援受ける
・5月連休で投稿

◎論文紹介原稿
・大筋は定まりつつある
・チャッピーは使わない
・3月中に投稿

◎論文執筆マニュアル
・目次作りから
・資料あつめ(客観材料で補強)
・ウェブサイト公開を念頭

◎練習帳
・自作メニューについてまとめる
・作図アプリを検討(Keynoteやイラレはユーザーが少ない)
・ウェブサイト公開を念頭
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