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自由と信念の箱船で恍惚と不安を抱きストロングスタイルで爆進します!
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2026年8月1日(土)に日本学術会議講堂で開催された『学術フォーラム「社会と学術界におけるジェンダー平等・公正-男女共同参画基本計画の実装とジェンダー主流化」』に登壇した。
自分から手をあげた訳ではない。
主催側の分科会のうちの一つに委員として参画していることから指名された模様。
フォーラム開催について飛び交うメイルを関係ないと思って読み流していたら、いつの間にか『登壇者のみなさま』という宛先のメイルが届くようになり、登壇者であることを知った。
与えられた御題は『改善提案3「学術界の人材育成を平等・公正なものとするために-特に若手の人材育成を中心に」』であった。
経緯は忘れたが、たぶん(仮題)として与えられた御題を、そのままにして確定したのだろう。

それで、まぁ、時代の背景もあって、初めて、生成AIでスライドを作ってみようと思い立った。
適当にやってみたけど、なかなか上手くいかない。
そんなわけで(?)、まず論考を文章で書き下ろして、生成AIの支援で改訂して、できた文章をスライド化することにした。
その「スライドの元ネタにした論考」については、どこにも発表のアテがない。

あくまで上記の位置づけで作成した文章なので、未熟な部分も多い。
とはいえさらに精査して文章として発出しようというほどの意欲がない。
そんなわけで以下に転載して成仏させる。

〜〜〜〜〜
以下
〜〜〜〜〜

第1章 現状の概観

1.1 ジェンダーダイバーシティ推進の理念
近年、大学におけるジェンダーダイバーシティの推進は、教育研究環境の改善、研究力の向上、公平な機会の保障、多様な価値観を反映した意思決定などを目的として、国内外で重要な政策課題となっている。日本においても、女性研究者の参画拡大は科学技術・イノベーション政策の重要課題として位置付けられ、大学や研究機関には多様な人材が能力を十分に発揮できる研究環境の整備が求められている。
ダイバーシティの推進は、それ自体を目的とするものではなく、教育・研究組織が持続的に発展し、社会から信頼される学術基盤を形成するための手段として理解されるべきものである。そのため、大学には多様な背景や経験を持つ研究者が参画し、それぞれが能力を十分に発揮できる環境を整備することが期待されている。

1.2 我が国における近年の政策動向
こうした理念の下、日本では女性教員比率などの数値目標が設定され、女性限定公募を含むアファーマティブ・アクション、研究支援制度、ライフイベント支援、メンタリング制度など、多様な施策が実施されてきた。その結果、女性研究者数や女性教員比率は着実に増加しており、従来十分とは言えなかった女性研究者への支援体制も大きく改善されつつある。
一方、近年のダイバーシティ政策はジェンダーにとどまらず、国際化、若手研究者育成、専門分野、出身大学、障害、宗教、多文化共生など、多様な側面へ対象を広げている。また、大学にはこれら複数の多様性を同時に推進することが期待されるようになり、多様性は大学評価や組織運営において重要な位置を占めるようになっている。

1.3 本稿の視点と問題意識
本稿は、ジェンダーダイバーシティ推進の理念そのものを否定するものではない。むしろ、その理念を尊重する立場から、理念を実現するための制度設計について検討することを目的とする。
近年の政策は一定の成果を挙げている一方で、理念、数値目標、制度設計、実装、評価という複数のレイヤーを通して見た場合、それらの接続関係にはなお検討の余地があるように思われる。また、近年導入された施策の中には、新たな課題や副次的影響を生じさせている可能性も指摘できる。
本稿では、まず現行施策が生み出している新たな課題を整理し、その上で、多様性政策における制度設計の基本原則を検討する。さらに、それらの原則に基づき、大学組織および大学システム全体を対象とした具体的な制度設計のあり方について提案する。目的は、理念と制度設計との整合性を高め、多様性政策が本来目指す教育研究環境の実現に寄与する制度的枠組みを提示することにある。

第2章 現行施策が生み出した新たな課題

2.1 女性研究者が直面する負担の再整理
女性研究者が直面する困難については、従来から多くの議論が行われてきた。しかし、それらは必ずしも発生機序や制度による介入可能性に応じて整理されているとは言い難い。
本稿では、女性研究者が直面する負担を少なくとも三つに区別して議論する必要があると考える。第一は、月経および月経随伴症状に代表される、女性身体に特有であり、長期間にわたり反復的に生じる身体的・心理的負担である。第二は、妊娠・出産に伴う身体的負担、および妊娠時期の選択やキャリア形成との調整に伴うライフイベント上の負担である。第三は、育児や介護など、従来は女性が多く担ってきたものの、本質的には社会制度や家庭内役割分担によって規定され、あらゆるジェンダーが担いうる負担である。
これら三つの負担は、発生機序も継続期間も制度による介入可能性も異なる。第一および第二は女性身体に由来する側面が強く、制度のみで完全に解消することは困難である。一方、第三は社会制度や組織文化、家庭内役割分担の影響を強く受けるため、制度設計による改善可能性を有する。このような異質な課題を一括して「女性研究者支援」として論じることは、問題の所在を曖昧にし、適切な政策立案を困難にする可能性がある。
さらに、この区別を曖昧にすることは、育児や介護に取り組む男性研究者の負担を過小評価することにもつながりかねない。本来、育児や介護は女性身体に固有の負担ではなく、社会全体で担うべき課題である。それにもかかわらず、身体性に由来する課題と社会的役割に由来する課題を混同することは、男女双方が抱える負担への理解を妨げ、不要な対立を生み出す要因となる。
また、従来の議論では、妊娠・出産・育児は女性研究者支援の中心的課題として広く取り上げられてきた一方で、月経および月経随伴症状という、多くの女性が学生時代から長期間にわたり経験する反復的な身体的負担については、相対的に十分な議論がなされてきたとは言い難い。月経は妊娠・出産とは異なり、特定のライフイベントではなく、研究活動や教育活動と並行して継続的に存在する身体的条件である。このような身体性に由来する競争条件の非対称性についても、女性研究者を取り巻く環境を理解する上で重要な論点として位置付ける必要がある。

2.2 制度が生み出す当事者間の対立
近年、女性限定公募をはじめとする属性限定型公募は、女性研究者の参画を促進する政策手段として広く導入されている。一方で、この制度は、本来解決すべき構造的課題とは異なるレベルで、新たな対立構造を生み出している可能性についても検討する必要がある。
過去に構造的不利益を経験した世代と、現在の制度の下で応募機会の制約を認識する世代とは、それぞれ異なる時間軸における政策課題を背負っている。しかし、属性限定型公募では、この二つの課題が一つの採用場面に集約されるため、本来は制度が負うべき問題が、世代間あるいは応募者間の対立として顕在化しやすい。
また、応募機会を制限されたと認識する応募者の不満が、制度そのものではなく、採用された個人へ向けられる場合もある。その結果、「女性だから採用された」といった否定的評価が採用者へ向けられ、制度が生み出した構造的問題が個人間の心理的対立へ転化する可能性がある。制度が解決すべき構造的課題を、制度設計の結果として個人間の対立へ転化させることは、多様性政策において回避すべき重要な課題である。
さらに、女性限定公募によって採用された女性研究者は、採用時点での評価に加えて、採用後には委員会活動や広報、メンタリングなど、多様性推進に関わる役割を期待される場合も少なくない。制度が組織全体の課題を個人へ転嫁する構造は、当事者間の対立だけでなく、採用後のキャリア形成にも影響を及ぼし得る。

2.3 数値目標がもたらす意図せざる帰結
女性教員比率などの数値目標は、政策の進捗を把握するための重要な指標である。しかし、人材供給パイプラインが十分に形成されていない分野において、短期間で数値目標の達成を求める制度運用は、新たな負担を生み出す可能性がある。
代表的なものとして、限られた女性研究者への委員会活動、広報、メンタリングなどの役割集中、いわゆる minority tax が挙げられる。また、「女性研究者として後進に貢献したい」という使命感と、「研究時間を確保し研究者としての競争力を維持したい」という要請との間で生じる role conflict も指摘されている。
これらの負担は女性研究者個人にとどまらない。過重な役割を担う女性研究者の姿は、大学院生や若手研究者にとって大学教員という職業の魅力を低下させ、将来的な人材供給パイプラインの形成にも影響を及ぼす可能性がある。理念として掲げられた「女性研究者が活躍できる環境」が、制度運用の結果として新たな負担を生み出している可能性については、十分な検証が必要である。

2.4 画一的政策の限界
近年の大学政策では、ジェンダーに加え、国際化、若手研究者育成、専門分野、出身大学、障害、宗教、多文化共生など、多様な側面について、各大学が同時に多様性を高めることが期待されている。
しかし、多様性の実現には、施設整備、人材配置、事務体制の構築など継続的な経営資源を必要とする。また、人材供給パイプラインそのものにも限界があるため、すべての大学が同一の多様性目標を同時に追求することは、現実には限られた人材を大学間で競合的に獲得する構造を生みやすい。
さらに、各大学が同一の政策目標を掲げることは、大学間の特色や役割分担を弱め、大学システム全体としての多様性をかえって低下させる可能性もある。大学ごとに異なる歴史、地域性、教育研究分野、組織規模を有するにもかかわらず、画一的な目標設定を求めることは、各大学が本来有する強みや特色を十分に活かせない要因ともなり得る。
このような課題は、個々の大学の努力不足によって生じるものではなく、大学システム全体を一律に設計する政策そのものに起因する側面を有している。したがって、多様性政策は個々の大学のみを評価単位として考えるのではなく、大学群全体を一つのシステムとして捉え、その中で各大学がどのような役割を果たすべきかという視点から再検討する必要がある。
以上のように、現行施策は多様性推進に一定の成果をもたらした一方で、新たな課題も顕在化させている。次章では、これらの課題を踏まえ、制度設計の基本原則について検討する。


第3章 制度設計の基本原則

3.1 理念と数値目標の峻別
前章で整理した課題は、ジェンダーダイバーシティ政策そのものの理念を否定するものではない。むしろ、多様性の実現という理念を持続的かつ実効的に達成するためには、理念、目標、制度設計、実装、評価の各レイヤーが論理的に接続された政策設計が求められることを示している。本章では、第2章で抽出した課題を踏まえ、制度設計の基本原則を整理する。
制度設計において最も重要なことは、理念と数値目標を混同しないことである。多様性、公平性、包摂性、研究力の向上などは政策が目指す理念であり、女性教員比率などの数値目標は、その実現状況を把握するための代理指標である。したがって、数値目標は理念を実現するための手段として位置付けられるべきであり、数値そのものが政策目的となってはならない。制度設計や評価は、数値目標の達成度だけではなく、それが理念の実現にどのように寄与したかという観点から検証される必要がある。

3.2 組織の自己再生産を抑制する視点
大学は教育・研究組織であると同時に、自ら次世代の構成員を選抜する組織でもある。そのため、制度設計においては、組織が特定の価値観や評価基準を無自覚に再生産し続けることを抑制する視点が重要となる。ここで問題とするのは、特定の属性を持つ構成員が多いこと自体ではなく、その属性に由来する組織文化や評価規範が固定化され、新たな価値観や人材の参入を阻害することである。制度は組織の開放性を維持し、継続的な新陳代謝を促す方向で設計されるべきである。

3.3 実現可能性を考慮した制度設計
政策目標は、その理念だけでなく実現可能性も考慮して設計されなければならない。大学が利用できる人材供給パイプライン、財政、人員、施設などには限界が存在する。これらの制約を十分考慮せずに目標のみを高度化すれば、制度は形骸化し、限られた構成員への負担集中や大学間の過度な競争を招く可能性がある。理念を実現するためには、高い目標を掲げることだけでなく、それを持続的に実装できる制度設計が不可欠である。
また、制度設計に当たっては、女性研究者が直面する負担についても、身体性に由来するもの、ライフイベントに由来するもの、社会制度や役割分担に由来するものを区別し、それぞれに適した政策手段を講じる必要がある。異なる発生機序を持つ課題を同一の施策で解決しようとすることは、制度の実効性を低下させるだけでなく、新たな不公平や対立を生み出す要因となり得る。

3.4 大学群全体で多様性を実現する視点
多様性は、個々の大学のみを評価単位として考えるのではなく、大学群全体を一つのシステムとして捉える視点が必要である。差別の禁止、公正な採用、包摂的な制度など、大学として共通に備えるべき最低基準は全国的に共有されるべきである。一方、それ以外の多様性施策については、各大学が自らの歴史、地域性、教育研究分野、人的資源などを踏まえ、主体的に重点化する余地を有する。制度設計は、個々の大学の画一化ではなく、大学群全体として豊かな多様性と選択肢を実現することを目指すべきである。

3.5 開放性・透明性・受容性を備えた制度設計
制度は、公平であるだけでなく、公平であると理解され、社会から受け入れられるものでなければならない。大学教員公募では、応募者は多大な時間、労力、精神的負担を負って応募する。大学は、その負担を十分認識した上で、応募機会の開放性を維持するとともに、募集方針や審査方針を可能な限り明確に示す責任を負う。
さらに、制度設計においては、構造的課題を個人間の対立へ転化させないという視点も重要である。制度が解決すべき問題を、応募者同士、世代間、あるいは採用者個人への不満として顕在化させることは、多様性政策への社会的信頼を損なう。制度は、理念を実現するだけでなく、異なる立場の当事者が互いを対立相手と認識しないよう設計されるべきである。

以上の五つの原則は、個別施策の是非を判断するための評価基準でもある。すなわち、多様性政策は「どのような数値目標を掲げるか」ではなく、「理念と整合し、組織の自己再生産を抑制し、実現可能性を備え、大学システム全体として持続可能であり、さらに社会から信頼される制度となっているか」という観点から設計・評価されるべきである。次章では、この基本原則に基づき、大学におけるダイバーシティ政策の具体的な制度設計について提案する。


第4章 具体的提案

4.1 支配的多数派を形成しない組織設計 ― クリティカル・ドミナンスの回避
組織論やダイバーシティ研究では、少数派が一定割合を超えることによって、象徴的存在(token)ではなく、組織の一構成員として実質的な意思決定へ参画できるようになるという「クリティカル・マス(critical mass)」の考え方が広く知られている。この概念は、少数派の参画を理解する上で重要な視点を提供してきた。一方、多数派が組織文化をどのように形成し、それを継続的に再生産するかについては、必ずしも直接扱われていない。
そこで本稿では、その補完概念として、大学組織において特定の属性を持つ集団が支配的多数派となり、その集団が採用・昇進等の意思決定を通じて、自らの価値観や評価基準を継続的に再生産する状態を、暫定的に「クリティカル・ドミナンス(Critical Dominance)」と呼ぶ。
ここで問題としているのは、特定の属性を持つ構成員が多いこと自体ではない。問題は、支配的多数派が組織の自己再生産を促進し、新たな価値観や人材の参入を阻害することによって、組織文化が固定化・硬直化する可能性にある。
この視点では、「女性教員比率30%以上」のように特定の属性を一定割合以上とする数値目標ではなく、「特定の属性が組織を支配的に再生産できる状態を形成しない」という方向性を制度設計の理念とする。評価対象は特定属性の人数ではなく、組織が継続的に外部へ開かれ、新たな人材や価値観を受け入れられる状態を維持できているかどうかに置かれる。
なお、本提案は、新たな閾値を設定することを目的とするものではない。クリティカル・ドミナンスがどのような条件で成立するかは、組織規模や学問分野によって異なり、今後の実証研究に委ねられる課題である。本稿が提案するのは、組織の自己再生産を抑制し、組織文化の開放性と適応能力を維持するという制度設計の方向性である。

4.2 大学群集としてのメタ多様性の実現
現行の大学政策では、各大学がジェンダー、国際化、若手研究者育成、専門分野など、多様な項目について同時に多様性を高めることが期待されている。しかし、人材供給パイプラインや大学経営の制約を考慮すると、すべての大学が同一の目標を同時に追求することは、大学間競争を激化させるだけでなく、大学システム全体の特色を失わせる可能性がある。
そこで本稿では、「大学群全体として多様性を実現する」というメタ多様性(meta-diversity)の考え方を提案する。ここでいうメタ多様性とは、個々の大学が同一の多様性目標を画一的に追求するのではなく、それぞれ異なる重点分野や組織的特色を持つことによって、日本全体の大学システムとして豊かな多様性を実現するという考え方である。
まず、差別禁止、公正な採用、包摂的な制度などは、全国すべての大学が共有すべき最低基準とする。その上で、各大学は、自らの理念、歴史、地域性、教育研究分野、人的資源などを踏まえ、ジェンダーダイバーシティ、国際化、多言語対応、若手研究者育成、地域連携など、重点的に推進する項目を主体的に選択する。
このような制度設計により、大学間の特色が明確となり、教員・学生双方が自らの価値観や研究・教育スタイルに適した大学を選択しやすくなる。また、限られた経営資源を重点的に配分することで、多様性施策の実効性も高まることが期待される。

4.3 開放的な公募制度による多様性の実現
本稿では、公募制度を「募集」と「審査」の二段階に整理することを提案する。
募集段階の目的は、「望ましい候補者母集団を形成すること」である。応募資格は原則として広く開放し、大学は必要に応じて募集期間の延長、追加周知、国際公募などを通じ、多様な候補者が応募しやすい環境を主体的に整備する。組織が目指す多様性の観点から応募者層に偏りが認められる場合には、公募要領であらかじめ示した手続に従って募集を継続することも選択肢となる。
審査段階の目的は、「望ましい人物を選定すること」である。研究・教育・社会貢献などの業績評価に加え、「当該候補者を採用した場合に実現される組織全体の構成や多様性への寄与」を評価要素の一つとして総合的に判断する。評価対象は個人の属性そのものではなく、採用という組織意思決定が組織全体にもたらす効果である。
この制度設計では、公募要領に募集方針と審査方針を可能な限り具体的に記載することが重要となる。大学教員への応募には多大な時間、労力、精神的負担が伴う。大学はその負担を十分認識し、応募者が制度を理解し、納得した上で応募を判断できる透明性を確保する責任を負うべきである。
募集段階では開放性を、審査段階では組織設計上の責任を担うという役割分担を明確にすることにより、多様性、公平性、制度受容性を同時に満たす採用制度の構築が期待される。

4.4 本提案の一般性
本稿ではジェンダーダイバーシティ政策を対象として制度設計を検討した。しかし、本稿で提案した三つの制度設計は、ジェンダーに限らず、国籍、出身大学、専門分野、世代など、多様な属性についても応用可能である。
三つの提案はいずれも、組織が負うべき構造的課題を個人へ転嫁しないという共通の理念によって貫かれている。多様性政策とは、特定の個人に追加的負担を求めることではなく、組織や制度そのものを再設計することによって実現されるべきものである。
本稿で提示した制度設計の考え方が、大学におけるジェンダーダイバーシティ政策のみならず、多様性政策全般を検討する際の理論的枠組みとして活用されることを期待したい。
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全般に3-4月は飲み会が多くアレルギーも強めで体調が優れなかった。
3月末にメインスマホが壊れて生活ログ習慣が変わった。



在宅勤務日は泳ぎに行く。
→一回いった。週一ペースで行くつもりになっている。
 →4月から行かず。

出勤日を増やす。
→ぼちぼち
 →ぼちぼち

朝イチに運動する。
→7割はやっている。ラジオ体操、動的ストレッチ、レッグレイズ、プッシュアップ
 →2割しかやっていない。動的ストレッチのみ。

体重を記録する。
→やっている。平均79kgの1kg変動ぐらい。
 →3月末までで平均75kg、スマホが壊れてから記録せず、食べ過ぎ傾向。

飲酒の頻度を下げる。
→下がっている。飲むのも夕飯前だけ。
 →飲み会頻度が高かった。自分では飲んでいない。5月から家で飲んでる。

一日一カ所の掃除片付けをする。
→半分。ターゲットを見つけることが難しい。
 →まったくダメ。

日記をつける。
→やっている。書く内容に制約がある方が良いかも。
 →やっている。コツコツ。

コーヒーの量
→かわらず
 →かわらず

SNS制限
→せず
 →せず

投薬や通院の頻度
→毎日アレグラで快調キープ。通院して2ヶ月分もらった。
 →4月頭できれた、4月末に2ヶ月分もらった。ステ強度があがりマイザー。


ご恵贈いただきましたので、書評を。
と思うわけですが、とにかく、書きにくい。

書きにくい理由は、ボクが激しいアンビバレンツを抱いているから。
この本、『アカデミアの泳ぎ方』は、劇薬ですよ。
https://www.yodosha.co.jp/yodobook/book/9784758121446/
そもそも著者の谷内江さんが劇薬的な人物だから、当然なのだけども。
猛烈にオススメしたい気持ちと、簡単にはオススメできない気持ちと。
ボクは勝手に板挟みになっている。

とにかく初めにこれだけは言っておきたい。
ボクは谷内江さんの人格、この本でもそこら中から溢れかえっている真っ直ぐな熱さが、大好きだ。
人間に対して誠実で、科学に対して真っ直ぐ。
その方向性は、ボクとも一致している。
そして、その強度が異様だという部分でも、ボクは谷内江さんと、とても気が合う。

だけど。
谷内江さんとボクは、気が合うけど、好みが合わない。
ボクは(谷内江さんも)「好みは人それぞれ」というスタンスだから問題はない。
しかし、世の中の大半はそうではなく、好みに左右される部分が大きい。
そこが難しい。

〜〜

『アカデミアの泳ぎ方』には、研究業界を生きていく上で役立つコンテンツが、散りばめられている。
その内容は多岐にわたるし、類書では振れられていない領域に関する情報も充実している。
ボクが読んで、初めて知ったことや、あらためて実感したこと。
言われてみれば確かにその通りだ、と思わされることが、本当にたくさんある。
そういう意味では、とてもオススメしたい。

しかし『アカデミアの泳ぎ方』は、top of topsの世界観で書かれている。
ボクには、その部分が、なかなか受け容れがたい。
ちょっとスノッブな感じも、敬遠してしまうところだ。
たとえば、全体を通して当然のようにnature誌がどうだこうだという部分は、別世界に感じる。
また、海外に対する壁の無さには、むしろ壁を感じずにはいられない。

想定読者は、大学院生からプロの研究者ぐらいの層だろう。
そう考えると、ポスドクは想定読者のド真ん中になる。
だけど、ボクが自分のポスドクに読んでほしいかどうかとなると、とても悩ましい。
雲上人の世界に思えて、尻込みしたり気が滅入ったりするんじゃないかと、心配になってしまうからだ。

じゃあ読むべきじゃないかというと、絶対に読むべきだとも思う。
ショックを受けてしまうことは懸念しながらも、ショック死してしまわない限りは、読むべき価値がある。
死にそうになるぐらいのショックを受けることで、見える世界もあるだろう。
そうした体験も含めて、ぜひ読んでほしい。

なにより「top of topsは、この水準で物事を考えているんだな」というレベルを知れる。
「真の100点水準」を知らしめてくれるという意味で、『アカデミアの泳ぎ方』は他にない貴重な著作だ。
学生や若手が出してくる初稿は、彼女彼らの自己評価では、100点に近いつもりのはずだ。
でも、社会の評価はそうなっていない。
プロの中でもトップ層の水準から見れば、若手の自己評価での100点は、おそらく30点にも満たないだろう。
その世界の高みを知ることは、自分の現在地を知る上で、最も重要な要素だ。
井の中の蛙がナンタラというが、まさにそれだ。

ボクは小学生にバスケットボールを教えている。
「バスケットボールとして良いスキル」と「小学生が身につけるべきスキル」は、必ずしもすべてが一致するわけではない。
指導をしていて、そこが難しいと感じることは多い。
『アカデミアの泳ぎ方』は、『NBAでスタメンを張るための方法』に相当するかもしれない。
バスケキッズにとっては、もちろん役に立つこともあるだろうが、参考にならない領域も多いだろう。

『アカデミアの泳ぎ方』は、アカデミアの中間層を見ていない。
あくまでトップ層に対して、「top of topsはここまでやってるぞ」と指南している。
本書を手に取る時点で、そういうものだと思っていれば、これ以上の本はない。
しかし、凡百の業界本のつもりでボンヤリと「なにか役に立つ情報はないかな」と思って手に取ると、大火傷してしまう。
そしてその原因は、谷内江さんの熱さにある。

もちろん熱くなければ谷内江じゃないし、本書に価値はない。
この熱さの責任は、谷内江さんにはない。
この熱さに耐えられる人にとっては、最高の一冊であることは、ボクが請け合う。
心して手に取ってほしい。
この秋ぐらいから腰痛にみまわれていた。
激痛やギックリ腰ではなく、鈍痛というほどでもない、慢性的な不快感。
ストレッチすると気持ちいいけど、変な動かし方をすると痛い。

座り仕事、自転車通勤、体育館での立ちっぱなし。
どれをとっても腰には良くない。
加齢とサボりによる体幹筋肉群の衰退が腰痛を引き起こした気がする。
気がするけど、それはそれで解決が大変そうだ。

ということで、まず生活習慣を疑ってみた。
腰痛がより厳しいのは、在宅仕事の翌日だった。
出勤に比べ、歩き周りがない分だけ、座り時間が長い。

座っていることが悪いとなると、困る。
仕事ができない。
だから座っていること以外の要因であってほしいと願う。
願うだけじゃなく、探してみる。

あった。

オットマン。
ラクに座るためのオットマン。
長座姿勢を強いるため、腰には悪いとの情報アリ。
オットマンをなくしてみた。

腰痛が治った。
悪いのはオットマン。
探してたもんはこんなシンプルなもんだったんだ。


◎航海提案書
・明後日から本気出す
・細部の詰めは要相談

◎責任ある地球工学論文
・和文総説、雑誌はあそこ
・大筋は定まりつつある
・文献の整理、勉強
・チャッピー支援受ける
・5月連休で投稿

◎論文紹介原稿
・大筋は定まりつつある
・チャッピーは使わない
・3月中に投稿

◎論文執筆マニュアル
・目次作りから
・資料あつめ(客観材料で補強)
・ウェブサイト公開を念頭

◎練習帳
・自作メニューについてまとめる
・作図アプリを検討(Keynoteやイラレはユーザーが少ない)
・ウェブサイト公開を念頭
2月2日(月)
12時台、羽田発。
カウンターでオーバーブッキング対応を要請される。
ぶっちゃけ初日は移動だけなので、受けても良いかと考えちゃう。
事務にも確認したが、同行者の確認がとれず、結果的には他で決まって搭乗。
機内は小説(大聖堂)で過ごす。
現地到着、MRT移動、GreenWorld南港ホテルに投宿。
忠孝復興でSOGOを見た後、交差点から北西にある『胖子小吃部』で夕飯。
小汚いオジサンなどがおり、ローカルな中華料理なのだと思われる。
only18ビールなどを堪能、帰投、就寝。

2月3日(火)
やや寒さを感じて起床。
ホテル朝食まずい。南港展覧場の方を散歩。
アカデミアシニカへ。手前のシニカコーヒーで一服。
店内に科学機器機材が展示されている。スポンサーなのであれば上手い商売。
ハリーラボを訪問。解析について教えを受けつつ議論。
こちらは飼育モノ、あちらは深海モノを希望し、譲ってもらう。
昼食はシニカから徒歩のローカル牛肉麺。小皿が辛い。
夜はラボメンとともに南港中信の1010湘。上品系。
台湾は家が高くて基本は賃貸だとか。

2月4日(水)
寒さは感じず快適に起床。
散歩してローカル朝食、小叮当早餐、ふつう。
ラボに行く前に日本語で前日の復習。
ラボで疑問点をぶつけて大筋で解決。
24時間30日間の解析が期間内に終わらず、午前中で解散。
昼過ぎから街ブラ。Tシャツでも汗ばむぐらいの陽気、すばらしい。
小籠包、上等コーヒー、パイナップルケーキ、松山夜市。
満腹になってUberでホテル戻り。

2月5日(木)
空港まで移動。
台湾Suica(TPASS)は残額マイナスになっても使えた。デポジット分までOKなのか。
09−11時は出発便が無いようでガラ空きのラウンジでまったり復習。
(11時までカウンターが開かないため、荷物は預けられない)
機内は小説(大聖堂つづき)で過ごす。
2時間半ぐらいの飛行で羽田着。
急行座りっぱなしで19時頃に帰宅。


内容も期間もちょうど良かった。
在宅勤務日は泳ぎに行く。
→一回いった。週一ペースで行くつもりになっている。

出勤日を増やす。
→ぼちぼち

朝イチに運動する。
→7割はやっている。ラジオ体操、動的ストレッチ、レッグレイズ、プッシュアップ

体重を記録する。
→やっている。平均79kgの1kg変動ぐらい。

飲酒の頻度を下げる。
→下がっている。飲むのも夕飯前だけ。

一日一カ所の掃除片付けをする。
→半分。ターゲットを見つけることが難しい。

日記をつける。
→やっている。書く内容に制約がある方が良いかも。

コーヒーの量
→かわらず

SNS制限
→せず

投薬や通院の頻度
→毎日アレグラで快調キープ。通院して2ヶ月分もらった。
2025年は体調の悪化が凄まじかった。
日々、体調が悪くなっていく。
筋肉の強張り、疲労感、回復の遅さ。
腰と肩がひどい。もちろん背中も。
大きな目眩だけでなく、ふとした瞬間の吐き気も断続的に続いている。
胃はぼちぼちだが、暴飲暴食に耐えられなくなってきた。
胃が悪いときは、皮膚にも伝播してくる。

特段の病因がないのであれば、原因は加齢と生活習慣だろう。
ことさら加齢に抗うつもりはないが、一定の歯止めはかけたい。
そうなると、つまるところ生活習慣の改善しかない。

以下、2026年当初の目標設定。

在宅勤務日は泳ぎに行く。
泳ぐ時間を30分1500mぐらいにすれば、準備と往復で正味1時間。
30分ぐらいだと、体は温まりながら筋肉痛がそれほどでなく、具合が良い。
座り仕事でダメージがたまる上半身への効果が大きい。
年末に行ったら、蹴伸びで足首と膝が痛くなったから、下半身にも効くはず。

出勤日を増やす。
出勤は、自転車通勤と昼サッカーで、たのしく運動できる。
所内の徘徊も加わるから、在宅で泳ぎに行くよりも運動量が多い。
特に4月からは幼稚園に入れられるので、自宅任務比率を下げられる。

朝イチに運動する。
ラジオ体操・ヨガストレッチ・プランク・スクワット・プッシュアップ。
0520から0540の20分間ぐらい。
血流の刺激が目的で、鍛えることは副作用にすぎない。
日常的な痛みや重みを感じず運動時にケガをしにくい身体を作るイメージ。

体重を記録する。
生活習慣を表現するマクロ指標として体重を採用する。
2025年はストレス軽減で飲食自由にしていたら80kgを超えてしまった。
これまでの適正重量は73kgぐらい。
ここ数年で筋肉も落ちているので、70kgぐらいが適正重量だろうか。
成人後の最軽量が2008年2月の68kgだから、そこまでいくかもしれない。
2026年のターゲットとしては、3月末で77kg、6月末で75kg、12月末で73kg。
飲食の制約は、様子を見ながら適当に。

飲酒の頻度を下げる。
この一年、スマートウォッチを採用したことで、飲酒の影響が明瞭になった。
夕飯以降の飲酒で、睡眠時の心拍数が高止まりして、これが寝起きの疲労感に繋がっている。
幸か不幸か、それほど飲酒そのものの影響は受けない体質。
飲酒そのものよりも、睡眠障害を介した悪影響なので、飲酒頻度を下げる。
とにかく毎日飲むのは良くない。
飲むなら昼、夜は控えめで。
低頻度だからこそ飲み会を楽しむ。

一日一カ所の掃除片付けをする。
これは体調には直結しないけど、住環境と精神状態の改善のため。
2025年に『中年の危機』を感じて、勉強して、考えた。
日常が「大体こんなものだ」になり、日々の努力が現状維持のためになるのが良くないっぽい。
維持作業ではない、変化が見える行動習慣が、精神を向上させる。
一般に植物栽培に向かいがちなのは、そういう側面があるとのこと。
たぶんコーヒーやソバやスパイスカレーに凝ったりするのも同じメカニズムだろう。
つまり「繰り返し作業だけど、対象の成長・改善が実感できる」のが良いんじゃないか。
毎日の掃除や片付けは「維持」だが、年末の大掃除などは「改善」にあたる。
だから、ヒドいと感じた対象の掃除片付けに手を付ければ、「改善」になるとも捉え直せる。
そこで2026年は、あえて対象を絞らず、一日一カ所の掃除片付けをターゲットにする。

日記をつける。
以上のようなルーチンをこなしていることを、日記に付けて確認していく。
畏友藤内氏に触発されて日記をつけはじめたのは2021年9月。
2年間ぐらいはマジメに書いていて、そこから頻度が落ちて、2025年当初で止まった。
2026年1月1日からの5年日記を買って再開する。

この他は、その時の気分にまかせてチューニング。
コーヒーの量とか、SNS制限とか、投薬や通院の頻度とか。
2025年を総括すれば、低空飛行どころか、不時着寸前といった具合だった。

ざっとカレンダーを振り返っても、今ひとつ思い浮かぶ景色がない。
上半期は、会社の次期計画(とそれを決めている体制)に絶望していた。
下半期は、もうそこは諦めて、個人として何をするかに焦点を移して、疲弊していた。

9月末の集中講義は、そんな中で、1つの契機になったかもしれない。
1年前に書いた本をなぞることで、あらためて「何をしたいか・何を伝えたいか」が再確認できた。
ここから持ち直して戦略的低空飛行に、あわよくば上昇軌道に乗っていくのが、今後の目標になる。

大きく構えれば「気候危機時代の海洋学者として何をするか」だ。
基礎研究という象牙の塔に籠もるのは、多くの人にとって、心地よいのかもしれない。
だけど、他の分野ならいざ知らず、海洋学者がそれをやっていて良い時代では無いだろう。
これから絶対に、良くも悪くも、地球工学(気候工学)が話題になってくる。
それをまるで汚物であるかのように距離を置いて、離れたところから「汚物だ」というのだろう。
しかしそれは専門家として、あまりに無責任な態度だ。
すくなくとも、ボクの倫理観、あるいは学者としてのインテグリティは、それをヨシとしない。
これは海底資源の関連で、一足先に「そういう流れ」に触れているからかもしれない。
とにかく、今のボクは、地球工学と真っ正面から向き合うことが、職業的責任だと思っている。
地球工学との付き合いは簡単なものではない。
硬軟織り交ぜ、清濁併せ呑み、しかし軸を持って真っ当に、コトにあたる態度が不可欠だ。
そういう意味で、2025年に非自発的に応募し落選したCREST課題の内容が、今後の軸になる。
地球工学の可否と是非。
「学者」としては、こんな感じのテーマで活動をしていこうと考えている。

「研究者」としては、調査する海洋学の担い手であることを、今まで以上に意識していく。
一昔前の「ビッグデータ」、昨今の「生成AI」の流れがある。
前者は闇雲で野放図な情報化、後者は情報による情報生成であると(ここでは)捉えている。
実存は本質に先立つかどうかは知らんが、すくなくとも、実存は情報に先立つ。
観測とは、実存の情報化である。
情報から実存を解釈するには、観測という過程の理解は不可欠だ。
観測理解を疎かにした解釈(とその実務たる情報処理)は、何に立脚しているのか。
しかし調査航海は、すべてのプロセスが加速する社会とは違って、いまだに鈍重だ。
この時代にまだ鈍重な調査する海洋学を、昔のモノとして退けることは容易だろう。
それでも世界の理解を深めるために調査航海が不可欠なことも、また事実だ。
調査航海による観測には、他の代替可能な方法がない。
加速する社会の中にあって、加速できない調査航海を奨励して、推進し、認知をあげること。
海洋調査文化圏の発展を期し、圏内の潤滑を促しながら、周縁文化圏との交流をはかること。
実務的には、航海を主導しながら、調査船の新造に主体的にかかわること。
子育ても次のフェーズに入るので、海洋学への関わり方をチューニングしていく。

ビッグプロジェクトと基礎研究の両立を実現するマネジメントも、意識する。
そもそもプロジェクトと基礎研究という対比が、空疎なものだと思っている。
内閣府SIPの海底資源プロジェクトは、まさに選択と集中の最たるものだ。
毎年何十億、さらに上乗せで百億単位の予算がつく。
一度も関わらず外から見ていると、伏魔殿あるいは守銭奴の巣窟に見えるかもしれない。
それはそれで否めない。
しかし、じゃあここから基礎研究は排斥されているかというと、そんなことはない。
基礎研究の居場所もあるし、入り込む余地もあるし、なんなら必要とされている。
すくなくとも二律背反の世界ではない。
海底資源とあわせて海中音関連の開発プロジェクトにも関わっているが、そちらも同様だ。
適切な態度で振る舞えば、表裏一体に進められる。

ビッグプロジェクトは降って湧いてくるのだが、最初は(実際は最中も)人がいない。
ウチでは職員が兼務で立ち上げはじめて、プロジェクト特任者を雇用してチームを結成する。
組織にも業界にも堅牢な文化があり、プロジェクトの色も濃いので、グループ運営は簡単ではない。
それに輪を掛けて、降って湧いた場所に着任できるのは、新卒者か風来坊しかいないから、大変だ。
とはいえ、ムラを変えるのは『ワカ者・ヨソ者・バカ者』だ。

今期と次期を跨ぐにあたって、うちの会社は「全体として現状維持」を選択した。
個人的にはそれをヨシとしていないのだが、それはそれ、これはこれ。
だからこそ、身の回りのスモールグループから、変革を起こしていく。
ムラを変革した『ワカ者・ヨソ者・バカ者』は、誇るべき村人になるのだ。
そうした事後的な評価が下るまでは、残念ながら、ハグレ者として暮らしていくしかない。
良くも悪くも、どんな働き方をしようが、給料は変わらんのだしね。

プライベート方面の話題は、また。
なにをしたわけでもないのに腰が痛い。
気付いたのは土曜の昼頃。
いまだ痛くなったことがない腰の真ん中がピキッと痛い。

金曜は座りっぱなしだった。
夜練には顔を出したが激しくは動いていない。
土曜の朝も体育館にはいたが、特に動いてはいない。

数日前から、古傷の右三角筋全部が痛んでいた。
たぶんこれはサッカー前の筋トレのせい。
いまも肩は痛い。

これらが世に言う老化に伴うものなのか。
老化もありつつ、最近とても寒い日が続いているせいなのか。
座りすぎのせいなのか。
そのすべてなのか。

いずれにせよ、解消せねば、やってられん。
運動して温める、ぐらいしか方法は思いつかないが。

平日は基本座りっぱなし。
運動は自転車通勤。
土日は体育館で立ちっぱなし。
ときどき激しく動く。

腰に良いわけがない生活ではある。
自覚して、ちょっとずつ対応していこう。

まずは今の痛みを解消するように、クスリかな。
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海洋系の某独法で働く研究者が思ったことをダラダラと綴っています
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