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自由と信念の箱船で恍惚と不安を抱きストロングスタイルで爆進します!
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企業側が就活エントリー(履歴書)に、
年齢・性別・国籍・学歴・写真を要求するのは、
深刻な人権侵害で、
米国でそんなことしたらミリオンダラーの訴訟モノらしい

なにそれ
まったく理解できない

逆に言ったら、
じゃあ、どういう基準で審査するの?
会社の事情で審査するんでしょ
担当者のフィーリングで決めるわけでしょ

会社の継続性を考えたら若い人を取りたいだろうし、
出産育児で非戦力化することを考えたら女性より男性が良いし、
日本の企業なら日本人が良いし、
東大卒ならなんとなく優秀そうだし、
イケメン・美人なら営業効果も高そうだし、
つまりはこういう情報って、
企業にとって利益になりそうな人材を選ぶのに貴重な基礎情報なんだから、
じゃあその情報をはじめっから書類に乗っけておいて、ってのは、
シゴクまっとうな、論理的で合理的なことなんじゃないのかな?

でもまぁ、
それが差別だと言うなら、
じゃあ書類では求めませんよ
書類ではね
でも、
内部の審査基準としては歴然として存在しますよ、
内部の基準だから表面的には何も見えませんよね、
ということであれば、
書類の部分でどれだけワールドスタンダードを導入しても、
何も解決しないよね

たぶん、たぶんだけど、
たぶんアメリカの会社の採用担当者なんて、
よっぽど差別的な人間だと思うよ
そいつの精神構造を想像するに、
「うちの会社がベストだ」
「オレの人を見る目はベストだ」
「君はオレの仲間になるべきだ」
という思いがあるはず
で、なければ採用担当者なんてできないしね
そもそも人事審査なんて、
非常に強い選民思想に基づくだろうし、
本質的に差別的なものなんじゃないかと思うわけです


「かくあるべし」というような規範があって、
それを「正義」と呼んでいるのが現状だと思う
でもそれは、
頭で考えて「正義」の規範に沿うように行動しているだけで、
沸き上がる内面的な感情と「正義」は必ずしも一致しない
だけれども人前では、
できるだけ「正義」に従った行動をするようにつとめる
しかし、
それって「外面の正義」であって、
そんな正義はフィクションじゃないか?

そうじゃなくって、
世の中に正義の規範があってそれに基づいて行動するんじゃなくて、
一人一人に内面化された、
自分の欲望というか、
そういうものを通じて、
「自分の正義」が構築されるんじゃないか 
でも、
「自分の正義」なんてものは、
誰にも理解されない自分ルールでしかないから、
やっぱりそれはフィクションなんだよな


だから、
どう転んだって、
正義なんてものはフィクションなんだよ

と、
言うことを飲み込んでから、
いろんなコトを考えたいね

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海洋系の某独法で働く研究者が思ったことをダラダラと綴っています
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