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自由と信念の箱船で恍惚と不安を抱きストロングスタイルで爆進します!
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唯一の所属学会である地球化学会の年会に参加してきた。
そしてやはり,学会ってホンマに必要かなぁ(いらんやろ)という気持ちを強くしたわけです。


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0日目
例年通り,若手ショートコース講演と評議員会があったらしい。
今年はどっちも関係なかったので参加しなかったけど。
ショートコースの講師5名と,評議員会20名。午後から拘束。うーん。

あとショートコースみたいな,
色んな分野の研究を噛み砕いて講演してもらうのを聞くことってのが,
ショートコースに参加するような「意欲のある」院生に本当に必要なことなんじゃろうか。
某Q大のセンセとも意見が一致したのだけども,
「授業を聞く(ことで成長できる)」というメンタリティの破壊(と再構築)こそが,
大学入学〜卒論〜修論で絶対にやるべきことだと思うのだが,
ショートコースというのは,どうもそれに反しているというか,
おそらく主催側の意図は「再構築」なのだろうけども,
「破壊」がまだなのにアレを受けると,それは単なる強化でしかないのだよなぁ。

とか何とか言いつつ,ショートコースの講師で会場入りする友人を途中で捕獲して,
講演の直前までお喋りして英気を養う。
海外渡航とか異動とか諸々の話を。

夜はChina-Japan地球化学交流事業の懇親会で大井町。
2年前に北京で歓待(接待?)を受けたので参加せざるをえず。
中国側4名,日本側8名。一脚の長テーブル。
アレコレと中国側の配置に悩んでいるようなことを言いつつ,
みんな自分の周辺に日本人を配するように策を巡らせていた。
「飲む時ぐらい気を使わずにいたい」ということなのだろうか。
「咳が止まらないので」末席を確保出来たので,ノンビリと。
まぁしかしかこれも,双方にとって本当に良いことなのかどうか。
予定通り21時頃に終了してそのまま大井町で投宿。

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1日目
朝からマジメに会場入り。
ライジングスターYskwくんの講演が聴けた。
「参加費を払ってでも聞きたい講演」という事前の期待を裏切らない。

あとは適当に講演を聞いて回ったり,LOCで大変な友人のグチを聞いたり。
昼食は企業出展で来ている後輩とハンバーグ。
今後の人生について相談(?)などを受けつつ。

午後に自分の発表。海溝の水塊の概要について。
咳が止まりはじめていてよかった。
とにかく言いたかったことは,
「うちは慣熟だ資源だなんだと内部で航海の機会があるんだけど,
 うちのメンツだけだと出来ることも限られるので,
 うちからも色々と情報や機会を漏洩させるので,
 みなさんもそういう時には汚物を見る目をせず協力して一緒にやりましょね」
ということなので,それは伝わったかな,と。

次期評議員選挙の結果について,まだこの時点では公表されていないのだが,
(当選者には引継会への参加要請があるので当人は知らされている)
会場であう人々に「次期の学会をよろしくねー」などと言われるのが不思議。
どれだけリークしてんねん,と。
あとそれをなんで軽々と言ってしまうねん,と。

そういう雰囲気がイヤなのもあって,夜は早めに会場外に抜け出す。
結局,同期の友人二人と五反田。
地方大は地元企業からの寄付などがあり,そうすると「政治的」な判断も発生したり,
「地方は地方で大変なのよ」の一端を垣間見た気分。
早め開始だったので二次会でコーヒー。
そのせいで夜眠れず疲弊することに。

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2日目
朝から会場をブラブラしつつ,会場の隅でお喋りしつつ。
午後からは総会と受賞講演。
奨励賞は,紹介者のコメントが面白い。
講演はYsmrくんが出色。まったくソツがない。すごい。

わが師匠は比較的マイルドになっているものの,
根本のメンタリティがまったく変わっていなくて,それはそれで。
今なら冷静に考えられるが,そもそも目指す方向が違うのだな。
「自分が一番じゃなきゃ気がすまない」性格で博士を育成するのは大変だ。
(育成されることが大変なのかもしれない)
公式懇親会もその辺で適当に話しつつ,これといった何もなく。

まずKnkくんらの受賞パーティーに顔を出し,
結局わが社のエライ人から社内情報を聞くだけで時間終了。
師匠の受賞パーティーにハシゴしたら,
オッサンらが延々とスピーチしててウンザリ。
久々に会う北大時代の後輩達が元気な様子だったのが嬉しかった。
Omrの受賞も大変よろこばしい。
地味だけどコツコツがんばれる人が評価されるのは良いことだ。

目黒に移動して2次会の2次会。
ツヨポンの熱いカラミを適当に流すイジリさんという構図が04時まで。

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3日目
12時から引継の評議員会。今期も次期もいつものメンツ。
あきらかに多忙な庶務と,それ以外との仕事量の差がありあり。
評議員から数人の幹事が選ばれる過程が非民主的なのもあいかわらず。
なんだかなぁ。

ポスター発表を見つつ,師匠とサイエンスの話をして,
「結局この学会で自分がちゃんとサイエンスの話が出来るのはこの人だなぁ」と。
良いか悪いかは別にして。

帰路では文庫に行って同僚の送別会でゲス話。
同世代でそれなりに研究をしている連中同士だからこそ,気楽に話せるというのはある。
博士を取るぐらいから,定年制職に就くまでの約十年は,
それぞれに様々な背景があったりするので,
大人数で気楽に飲むのがなかなか大変だったのかも,と振り返って思う。
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「4年間よく辛抱した。やっぱり桐生が出すべきだったと思う。」

高校時代の恩師の談話。しびれる。

高校時代の10秒01から注目を集め続けた。その重圧は生半可ではなかったはず。
普通の高校生・大学生として暮らすことはできなっただろう。
さらに他の10秒切り有力候補が続々あらわれ,直接対決で敗れもした。
普通の高校生であった頃からその様子を見続けてきた恩師。
だからこその「やっぱり桐生が出すべきだった」という思い。

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それも学生最後の学生選手権での記録樹立。しびれる。

桐生くんがどういう学生生活を送っていたのか知らないけども,
学生にとって最後の学生選手権というのはやはり別物だと思う。
いわゆる他人(ライト層?)にとっては五輪こそが最高の舞台かも知れないけど,
五輪は4年に1度やってくるが,最後の学生選手権は人生で1度きり。
五輪や世界選手権でメダルを逃しての10秒切りということも十分にありえた。
そんな背景があって,
それでも学生選手権で,部の仲間や同世代のライバルがいる中で。
まさに有終の美。

ここから先は,同世代のライバル達が次々と10秒を切って,
世界大会の決勝にたびたび出場するようになって,
そういう人が「普通にいる」世界で育った次世代の若者達が,
平気な顔して世界大会の決勝に出るようになってくる。
そういう時代への扉を開いたことに,この記録の意味がある。

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桐生が10秒を切った。
それが何の役に立つのですか。
世界では勝負にならないじゃないか。
どうしてそこに強化費を投じなければならないのか。
・・・・
そうじゃない。
この興奮でもってボク達の足が速くなるわけでもないし,
足が速くなる必要すらない。
でもこの興奮は,生きる力になるし,
自分は自分の場所で頑張ってやっていこうという気分にさせてくれる。

馳浩引退試合『オレも頑張る。オマエも頑張れ。』
「あの人がアレをしたのは○○歳の時」みたいなのが好きで,
「ミスチル桜井がcrossroad書いたのが23歳」とか,
そんなことを調べたり考えたりするわけです。


最近,立て続けに,自分が面倒を見ていた学生やポスドクに会ったのだけども,
「ワタシ,あの時のグッチさんの年齢を超えてるんですよねぇ」としみじみ言われた。
それは「そんな立派になれていない」という文脈で言われるのだけど,
社会的な役割がそういう風になってくる年齢が30そこそこで,
個人の置かれた状況によって少し早くそういう役割を担うこともあるという程度であって,
個人の資質みたいなものとは切り離して考えるべきなんだろうけども,
やはり嬉しい。


自分が卒論で研究室に入った時,たぶん師匠は35歳だった。
今の自分の年齢。
ドクドクドクターズと呼ばれるアホな4人の博士院生(全員業界にいる)と,
各学年4名の卒論修論3世代を抱えていたわけだ。
想像も出来ない。すごい。
何がすごいって,そんな人数の未来を背負うというのは,生半可なアレでは到底無理だ。
自分なら押しつぶされてしまう気がする。


いやまぁしかし,桜井和寿が35歳の頃には,
BankBandをはじめたりSignを書いたりしているわけで,
あの辺の取り組みの感じは,同じような35歳だなぁと思わなくもない。
(作品のクオリティの意味で無く,思考の指向性の意味で)


なんにせよ,比較することは面白い。
でもそれがすべてではないし,気にしすぎるほどのことでもない。
妻子が夏休み帰省から帰ってきて数日が経過。
これから大体こんな感じで生活が進んでいくんだろうな、というパターンが決まってきた。

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04時頃に起床。
乾燥機の洗濯物を取り出して収納へ戻す。ついでに着替える。
食洗機の食器類を取り出して収納へ戻す。
米を炊くなど朝ごはんの下ごしらえをする。
ゴミ出しの準備をする。
ここまでをノンビリとやって、
夜にきたメイルへの返事とブログ書きをして、
05時になるぐらい。
06時の妻子起床までは自由時間(たぶん仕事)。

自転車通勤する時は、朝ごはんは食べないで涼しい5時台に出発。
(これから日が短くなると6時台になるだろう)
自転車40分に加え、途中で追浜により牛丼を食べるので、職場までは1時間弱。

バス電車通勤する時は、家で朝ごはんを食べた上で、
最寄り停留所で0638に乗車、新逗子と金沢八景を経由し、追浜0740発に乗車。
雨の日など逗子が渋滞する時は、朝食を食べず早く出て、追浜で朝食&時間調整。

17時職場発のバスに乗る。自転車でも大体この時間に出る。
18時頃に帰宅。子供とお風呂。一人で夕飯。
19時から子供とネットテレビ視聴(ヨメ氏の風呂時間を確保)。
20時に妻子は二階にあがって就寝。自分も洗濯機と食洗機を動かしたら就寝。

これで理想の睡眠時間である7時間半を確保。
年齢のせいか6時間で起きてしまうけど。
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あんまり家のことをやっていない。
でもボクが家事をすることを前提にして生活サイクルを組むと、
航海で長く家を空けた時にヨメ氏の負担が一気に増大するので、仕方がない。
(スイス時代は早めに帰って夕飯を作る任務もあったが、日本では無理だ)
9月になって小学校(一号)と幼稚園(二号)がはじまって、習い事などを始めると、
また違った具合になるかもしれない。それはそれ。

自転車往復と昼休みサッカーをすると、40分+30分+40分と運動をすることになる。
雨が降ったら自転車もサッカーも出来なくなるが、
好天が一週間まるまる続くと、体力的に難しそう。
バス電車通勤はお金もかかるから(片道400円)、
晴れている時の自転車通勤は外せないのだが、
晴れているのにサッカーをしない選択肢もありえないので、
自分の体を犠牲にするしかない。

明らかに疲労だ。
しかも単に運動しすぎの疲労。

朝チャリ通の後,デスクワーク。
昼に30度超で30分のサッカー。
昼ご飯を食べたあたりから頭がボーッとする。
でも夕方に自転車で帰宅。
ビールとともに晩ご飯を食べて子供の相手を少しして,
21時前には寝た。

夜中に起きたりしながら,4時頃に本格起床。
歯茎がガンガン。
疲労じゃ。疲労。

と思いつつも,暑くなってくるのがイヤなので,
5時半頃に家をチャリで出る。
追浜松屋でカレーを飲み込む(噛めないので)。

昼もサッカーしちゃいそう。
さすがに帰りはバスにしようかしら。
土日は休めば良いしね。
小田原まで義母とともに戻ってきたので,お迎え。

一号は義母と別れるところで号泣。
「おばあちゃんと離れるのが寂しい」
「おばあちゃんが一人ぼっちになっちゃうのがかわいそう」
とのこと。
人の心に対する感受性が豊かで素晴らしい。
言葉使いが汚くなっているのは,興奮状態だからか,染まったのか。

二号はひたすらにこの間に起こった出来事を話し続ける。
こちらはこちらで,理知的というか,オリコウサンで素晴らしい。
声がデカイのと,ベタベタ触る癖が良くないけども。

三号は自由奔放。東海道線で寝て,そのまま寝っぱなし。
少し痩せたように見える。実際,食が細っているらしい。
好き嫌いの問題か,夏ばてか。
しっかりと肥えさせていこう。
帰国から一ヶ月,ノンビリ暮らしてきたが,そろそろ猶予期間は終わりそうだ。

なんだかんだと仕事が入ってくる。
これは良くない。
せっかく作り上げた「ゆとりある生活」が失われていく。
とはいえ,そうも言っていられない。

在外報告会のためのプレゼン資料まとめ。
檄文で劇薬だとは思うけども,良い機会だし。

居室が仮住まいの1階から戻るのに乗じて,窓側の区画に引越成功。
これは研究環境としてはだいぶデカイ。
窓の開閉権限をゲットしたことと,奥まっているので早く集中できることが利点。
お茶くみやトイレなどでの出入りが面倒なのが難点。
ここ数年でひどくなっていて,でもスイスでは発症しなくて,
そんな咳喘息の症状がまたしても出てきた。
咳の出るメカニズム(?)はわかっている。
水っぽい鼻水がダラダラ出て,それがノドに落ちて咳を誘発している。
でも,どうして鼻水がダラダラ出始めるかはわかっていない。

おそらくアレルギーなんだけども,
アレルギーが酷くなるのは,
アレルゲンが多い環境に身を置くからなのか,
体内の免疫が悪くなっているからなのか,
その両方なのか。
まぁ両方だ。
つまり,飲み過ぎ・食べ過ぎ・睡眠不足が重なっている時に,
かなり悪い感じの症状が出てきてしまう。

夜に飲みに行って睡眠不足になり,
風邪っぽい症状を経て,咳が止まらなくなる。
また風邪っぽくなると水分と食料を過剰に摂取する癖があって,
これも胃腸やノドを悪化させるのに一役買っているようだ。
つまり飲みに行かなければ何の問題も発生しないのだけども,まぁそうもいかない。

とりあえずの対症療法だけは確立しておこう,と。
市販の咳止め薬の選定,
市販の鼻うがいセットの選定,
職場オフィスへの空気清浄機の導入。

鼻うがいは結構効いている気がする。
ミリQと粗塩で良いのだけどもね。
いわゆる「5年ルール」が導入されて,
ついに今年度末に第一世代の「雇い止め」がやってくるそうだ。
ニュースでは東大の案件が取り上げられているが,
もちろん弊機構においても同じ問題が生じている。

経営側は,6年目以降も雇用すること自体は問題だとは思っていないし,
特異な業務にも習熟したベテランがいてくれるのはありがたいが,
仮に交付金を削減された場合を想定して,無期雇用手形だけは出したくない。

労働者は,定年まで働き続けようとは特に思っていないけれども,
さしあたり当面は6年目7年目と働き続けたいと思っているので,
働きぶりに関わらず5年でクビになることが許容できない。

論点というか争点というか,この問題の解決が困難な最大の点は,
「経営状態の悪化」を理由に無期雇用者を解雇できるのかが不明なことじゃないか。
*交付金人件費の削減 and/or 事業規模の縮小による余剰人員発生

経営側としては,無期雇用手形を出したとしても,
経営状態が悪化した場合に解雇できるなら問題ない。

労働者は,経営状態が悪化したということが明確に示されるのであれば,
解雇されても受容することは可能かもしれない。
その際に「他の人ではなくワタシ」が対象となることについては揉めるかもしれんが。
たとえば,いわゆるプロパー職員は対象外で,スタッフ的な人から解雇となれば,
まぁ大炎上するでしょうね。

そういう方向で,どこかに落としどころを見出せないものなのかなぁ。
雇用契約の内規的なモノをコネクリ回せば,何とか出来ると思うんだけどなぁ。
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海洋系の某独法で働く研究者が思ったことをダラダラと綴っています
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