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自由と信念の箱船で恍惚と不安を抱きストロングスタイルで爆進します!
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帰国してすでに3週間が経ったようだ。
とりあえず,なんにもしてない。

職場に行くと色んな人と話してしまって,仕事はしていない。
何の話をしてるかって,特に具体的に意味のあることは何も話していない。
ただ,この一年間の話とか,これからの話とか。
メイルだと微妙な話題,つまり人事の話と,どうやって論文をまとめていくか。
こればっかりでドンドン時間が経っている。

いいかげん「通常モード」で仕事を開始せねばならぬと思うのだが,
一方で,
渡航前の「通常モード」に戻ってしまっては,それは意味がない。
新たな「通常モード」を確立するためのリセットというのも,
スイスで一年を過ごした意義の大きな部分であるのでね。

いやしかし,暑かったり,湿度が高かったりで,
なんだか通常っぽくない感じが続いている。

どうしたもんかねぇ。
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朝は家でゆっくりとして、昼前に出発。
新宿に着いてまず伊勢丹。キレイなトイレを求めて。
デパ地下で豚まんを1つ。

紀伊国屋一階でプロレス本とアイドル本。
三時間ぐらい経ってて、また伊勢丹ピットイン。
さらに紀伊国屋に戻って大学教育関係書。

日本に帰って来て、新宿まで出ていって、
結局本屋で立ち読みしただけというのは、
いかにも自分の趣味(と交遊関係)の狭さを反映しておる。
これは!という趣味が見つかるか、
それとも仕事が増えて忙殺されていくか。
はたして。

友人Aとカジュアルフレンチっぽいお店で密会。
料理は可もなく不可もなく。
ワインリストの意味がわかるようになってる自分に驚いたり。

子育てのこと、仕事のこと、精神的な負担のことなど。
職種は違えど、同世代的な悩みは共通なのかもしれん。
ボクはナーバスになるとネットに書き散らすことで心を軽くするのだけれども、
そういう捌け口的なモノがないと破裂してしまうのかもしれない。
(むしろ破裂してるから書き散らしているのか??)

プロレスの布教活動が当初の目的だったのに、
すっかり現実世界の話に終始してしまった。
草の根布教は容易ではない。

学校の夏休みは大体6週間あるのに対し、大人は基本的に夏休みがない。
いや夏休みはあるが、その日程は決まっていない。

そういう条件設定が与えられていて、
なぜわざわざ『盆』に皆で休むのだろう。
非効率極まりない。

『盆』が、本当に伝統的な行事として営まれているなら理解できる。
でも、大抵の場合、その実態は単に夏休みの帰省であり、
6週間のうちの『盆』であるべき理由はそれほど大きくない。

出羽の守を承知で言うと、
チューリッヒ州では、近隣の学校同士で休み期間を1週間ずらして設定していた。
そうすることで、大人が一斉に休んでしまい社会が止まることを避けられ、
また行楽地の混雑も緩和される。

そういう思いがあったところに、
盆を公式行事化してしまう山の日が設定されてしまっている。

仮に山の日を『8月1週目の金曜』に設定していれば、
夏休みの帰省行楽ラッシュを、
海の日、山の日、盆という3つのピークに分散させられたのではないか。

日本人の局所最適化への性癖は根深いものがあるなぁと。
自分の研究の系譜(ルーツ)を知りたいなと思っている。
師匠が受賞論文の中で,今まで不明だったピースを埋めてくれた。

恩師(TG)と師匠(UT)がいるわけだが,
恩師の恩師が質量分析計を作る系譜(?)だったらしく,
恩師系ではそこにルーツがあるようだ。
しかしそれは比較的トラディショナルな感じで,
師匠の方がどうして安定同位体に特化していくようになったのか,
そこがイマイチわかっていなかった。

今回の論文によれば,こうだ。
師匠が卒論修論で与えられたテーマは別(ヘリウム)であった。
しかしそれがどうにもうまくない。
そこに,師匠の師匠が購入した安定同位体マスがやってきた。
(酒井先生の系譜はここと交わっていない??)
師匠はそれを幸いと博士論文研究でしゃぶり尽くした。
博士取得後,師匠は別の系譜(松尾〜和田)である吉田研に在籍。

安定同位体比の「難点」である「可逆的かつ一次元の情報」について,
これを突破する道筋として,
吉田研に在籍していた後輩(学生?)の示したMIFに着目する。

2000年に北大へ移り,本格的に取り組み,
第一世代のKudoさんが卒論修論として作り上げた後,
2003年度から卒論をはじめたボクが引き継いで,
師匠のラボから初めてのMIF論文が発表される。

そんで2006年度から博士課程に移るボクが,
MIFを東大でやるだの何だのといったことが大問題になったりして,
ボクはすっかりMIFからは手を引き,
師匠のラボでは硝酸MIF分析を完成させ,今となっては主力となっている。

ボクはボクで,今のラボで硝酸MIFをはじめるかもしれず,という状況。
暑いときに飲むビールは良い。
昼食とともに(あるいは昼食後に)飲むのは酔いにくい。
夜を普通に飲食すれば二日酔いも少ない。
店も総じて昼の方が安い。
終電逃してタクシーなども起こらない。
寝不足で翌朝にこたえることもない。
ただ、ともに飲みに行く人がなかなか見つからないのが難点。

ということで、一人ビアラボ。
全然悪くない。
むしろ良いけど。
夏のバカ騒ぎ@味スタ、行きたかったけど。
どんな研究を進めていこうかと考えている。
考えているというよりは、悩んでいるのかもしれない。

狭い意味での研究テーマを考える時、3つの視点があろう。
つまり、
・価値の高いことをやる
・いま出来ることをやる
・自分がやりたいことをやる
この3つで言えば、ボクには『やりたいこと』はない。
あるいは『価値のあることをやりたい』と考えているので、2つに収斂する。

『価値』は人によって違うだろう。
とはいえ、広く一般入試『価値が高い』と考えられるものもあろう。
たとえば『生命の起源』とか、そういう『解けないであろう究極テーマ』は、これに相当する。
もう少し緩めるなら『古くから残っている謎』と言える。
あるいは『そこをブラックボックスとしたまま先に議論を進めていること』かもしれん。

そうやって考えたときに、自分の周りに何があるか。
・化学合成群集の生物地理と分散(40年)
・アーキアとバクテリアの分岐の起源(40年)
・球菌と桿菌の機能差(?年)
・代謝同位体効果の分子レベル理解(60年)
・非生物化学反応による有機合成の素反応(?年)

解かれずに残っている問題というのは、技術的な制約で諦められているものも多い。
諦めて、当面はブラックボックスに、と先送り(棚上げ)されているのだ。
つまり、技術的な制約さえ解決すれば、一気に解ける可能性がある。

それで『いま出来ること』について考える。
かつてと比較して、圧倒的に伸びた技術は何か。
1つは深海調査技術。
1つは遺伝子解析技術。
この2つを軸に、当時解けなかったけど、今なら解ける(かもしれない)モノを探る。

さらに言えば、普通に研究をしていたら不可能だけれども、jam職員ゆえに可能なこともある。
港があって、船がある。
試験や訓練やと、何かにつけて、船が動いている。
研究所の方針の都合で、多様な分野の人間が集まっている。
ここに所属しているからこそ出来ること、つまり地の利を活かすこと。
よそでも出来ることは放っておいても誰かがやるかもしれん。
でもここでないと出来ないことは、ここでやらないと、誰もやらない(やれないからね)

と、いうようなぐあいで、何となく見えてきたところ。

スイスでamazon.deからXperia X Compactを購入したので,
これを日本でも使うべく,SIMのみ契約をすることにして,
せっかくなのでdocomoからいわゆる格安SIMの1つである「IIJmio」に乗り換えることにした。

docomoだと15年以上継続の5GB/月で,月額5500円。
IIJmioの3GB/月の音声通話付が,月額1600円。

IIJの方が,基本料金が安くて,通話代が高い。
でも電話はほとんど使わないので問題なし。
家のフレッツもIIJにすると月500円割引になるそうで。


※作業※
1.Amazonで申込番号のようなモノを購入
2.docomoの店舗に行って「番号乗換」と伝えて予約番号を受け取る
3.同番号を使ってネット上で申込
 ローマ字表記の名前入力がある。
 ここにパスポートネイムのkawagucciで入力したが,
 IIJのシステムがヘボン式のみ対応のため「個人認識の不一致」で蹴られた。
 結局,コールセンターで確認。「パスポートと違っていてもヘボン式で登録せよ」
 これじゃローマ字入力をユーザーがする意味ないよね。なんだかなぁ。
4.家にSIMカードが届く
5.SIMカード同梱の電話番号にかけてSIMの開通依頼
6.SIM開通
※背筋
日本の人は総じて丸まっている。
スイスの人はスッとしている。

※若者〜中年の服装
日本は総じてゆるめ。
スイスはパシっとしてるかピタッとしているのが多い。

※車の運転
日本は歩行者に厳しい(オラついてる)
スイスは歩行者に優しい(ただし郊外ではとばす)

※案内表示や音声
日本は物量は多いが情報が少ない
スイスは物量は少ないが情報は的確

※外食
日本は安くて多様でウマイ(外れが少ない)
スイスは高くてほぼ芋か肉で味はまぁまぁ


今のところはまだスイスがよく見えるフェーズ。
これが次第に「日本にも良いところあるじゃない」に変質していくのだろうか。
幼稚園・小学校の年度が終わった日曜に出発。

前日夜,三号の体にポツポツが出て,最近流行の水疱瘡の疑い。
もし起きてひどくなっていたら,ヨメ一号二号の3人が旅行に行くことに。
結果,治まっていたので5人で出発。

7月16日(日)
06:53地元駅発。
ZurichHB〜Bernは家族車両あり。
Bern〜Interlaken Ostは1階建て車両。
Interlaken Ost〜Grindelwaldはキレイなローカル車両。
10時過ぎに到着。

駅を降りて目の前にある日本語観光案内所に。
ヨメ氏から店員に色々と質問。
Jungfrau travel passを3日間分で購入。
同時に別料金の,Jungfraujochを7月17日分で購入。
2歳半の三号が高山病になることを恐れていたが,たぶん大丈夫とのこと。

宿は「Downtown Lodge」。
6人のファミリールーム。5人2泊で420CHF。
共同シャワー・共同トイレの合宿所スタイルなので,
子供の風呂トイレ対応がやや面倒ではあったが,
普通のホテルにすると倍の値段がかかるので仕方ない。
我が家的にはガマン出来る範疇であった。
ちなみに目の間にEigerアイガーがそびえ立っている。

11時過ぎにFirstまでケーブルで上がる。
ケーブルの駅前は長蛇の列だったが,
列はチケット購入窓口で出来ているらしく,
チケットを持っている我々は搭乗口までするっと侵入できた。
後に判明したのだが,
トレイルランの大会が午前中に終わり参加者が観光に押し寄せていたらしい。

12時前にFirst駅で昼食。一般的な山レストラン。可も無く不可も無く。
徒歩1時間弱の湖へ向かうも一号がへたりこんだため,三号とともに途中待機。
ヨメ氏と二号を待つ間,山の岩場で一号と三号がぐっすり就寝していた。

First駅に戻って下山開始。
First駅からは3駅で麓まで降りられるが,各区間に下山アトラクションがある。
上の区画は,ターザンロープでの直滑降。時速80kmになるらしい。
中間区画は,カートでの滑降。
下の区画は,キックボードでの滑降
これらを全部セットにすると70CHFぐらいらしく,各区間のみでも利用可。
身長制限が130cmだかで,我が家はすべて不可だった。

16時過ぎに下山。
宿の前にあるMigorsチェーンで食料を買って宿で調理して食す。
ガキンチョが興奮してうるさいので一号を外に連れ出す隔離政策。
駅前のモンベルで日本人店員さんとお喋りしたり。
21時頃,全員就寝。


7月17日(月)
6時起床。
宿の朝食が07:30だったが,食事を諦めてサッサと山に向かう。
Jungfraujoch行きに乗り換えるところで,緑と黄色の看板で乗口が異なる。
「チケットあり,予約無し」は緑看板。
席はいっぱいだけど座れないことはなかった。
我が家は最後部の運転席スペースの地ベタに陣取る。

頂上の展望台ではコースに沿って回る。
陽が出ており寒すぎることはない。特別な防寒具は不要だった。
40分ほど雪道を歩いて行くコースも気持ちよさそうだったが,
雪が融け始めていたのにこちらの足下装備が不十分だったので断念。
レストランは,可も無く不可も無く。
高山病の症状はなかった。

12時前,下山開始。
下りはLauterbrunnenに向かう。
駅からバスでTrümmelbachfälleという滝壺へ。
4歳未満は入場不可ということで,三号とともに外で待つ。
30分ほどで出てきた一号いわく「この旅行で一番おもしろかった」らしい。

Lauterbrunnenに戻ってWengenを経由してロープウェイでMännlichen へ。
駅から少し登った展望台は360度の視界で眺望良し。
Jungfraujochと比べ標高も低いので緑がたくさんなのもポイント高い。

下りはGrindelwaldに向かう長いロープウェイ。
ここでヨメ氏に抱かれた三号が大量のゲロ。
悪臭たちこめる車内でのもらいゲロを何とか回避して下車。
ここで17時ぐらい。

中央駅までは電車かバスだが,汚物まみれなので,徒歩30分。
宿に帰ってシャワーを浴びて,モンベルで急遽着替えを購入。
その足でcoopで夕飯を買って帰り宿で食べて就寝。

チューリッヒにバレエ留学をしている娘さんたちと母達が同宿。
少しお話をする。
娘さん達はみなさん姿勢が良い。すばらしい。


7月18日(火)
07:30に宿の朝食。ハム1種チーズ1種。まぁまぁ。

9時前にチェックアウトして町の東にあるPfingsteggbahnに向かう。
しかしJungfrau passの対象外とのこと。
ヨメ氏は追加で払うほどでもないと判断。

中央駅に戻ってInterlaken Ostに向かう。
OstからWestまで歩く。特に何と言うことも無い観光地の町並み。
Westのcoopで昼食を買い,船着き場の横で食べる。
13時頃に電車に乗り帰路。


総じて「観光地」だった。
極東系の観光客が全体の7割ぐらいを占めていたんじゃないかな。
「航海の首席研究員のオシゴト」についてはマニュアルがない。マニュアルがないのに当然のようにバカバカと書類(とそれにまつわる調整)が降り注いでくる。いつかマニュアル化(何ヶ月前にどの書類があり,どんな情報が必要で,どういう調整をするかなど)しようと思っているがついつい忘れてしまう。今回は思い出したので,ザッと記録する。

乗船研究者の皆様へ
http://www.jamstec.go.jp/maritec/j/boarding/

10月18日出港の航海(「みらいMR17-07C」)について。

6月中旬から調整がはじまった。
7月19日に「乗船者会議」(航海打ち合わせ)が設定された。
これまでに「実施要領書(案)」を作成せねばならない。

「実施要領書(案)」には,「観測項目(特に甲板作業)」「調査海域・測点図」「調査計画(各作業の日時割振の見積)」「持ち込み機器」「乗船者名簿」などを記載する。
「実施要領書(案)」は「センター会議」「研究安全委員会」などを経て「理事会」で承認される。
これら会議の日程が,書類の改訂締切を決めている模様。

「実施要領書」は最重要書類。
これに記載のない調査項目や調査海域では調査が出来ない。
このため「可能性がある」ものはすべて網羅しておくことが望ましい。
ただし当初の申請書の範疇を超えるのは(理論的には)おかしいので,「追加要望書」が必要となる。
この「要望書」は,通ることもあれば,通らないこともある(らしい)。

「実施要領書」はMS Wordで作られているが,乗船者名簿や測点情報一覧など,表記載が必要。
また持ち込み機器の写真や地形図など,図もふんだんに使う。
ファイルサイズが大きくなりがちで,メイル送付できない問題も発生する。
(フォーマット改訂してほしい)

「実施要領書」は「実施要領書(たたき台)」がまず送付されてくる。
最低限の記述と,事務局からの指示がついている。
これに首席がインプットして「実施要領書(案)」にする。
案が揉まれる段階で,各乗船者や船側,事務局,海上支援(NMEやMWJなど関連企業)の調整。
ほうぼうでパラレルに話が進むので,それが大変。
あと「正式にはxxで承認された後で,でも下交渉として」という話題が多い。

「実施要領書(案)」のうちは,改訂が可能。
基本的には,まず乗船者会議で船側による可否判断などを受けて,
作業内容は研究安全委員会での審議までに,
乗船者の確定は最悪理事会までに,など。
なおボク自身は震災後に「乗船3日前に乗船が決まる」などがあったので,
内部の人間は(エライ人が動くと)どうにでもなるらしい。怖い。


「乗船関係書類の収集」も並行して動き始める。
「乗船申し込み書」「積込品一覧表」「積込化学リスト」。

「積込品一覧表」はマジメに書くとキリがない。
そして各記入項目がなぜ設定されているのかがイマイチわからない。
おそらく総容積(総積載量)が知りたいのだろうと思われる。
コマゴマしたモノはすべて「その他プラコンx箱分」で提出。
化学品も毒劇など種別を書く必要がある。
が,いつもコピペなので,コピペしている。

「乗船申し込み書」は取り扱い注意。
部局長押印が必要なので,外部の人には早め早めで動いてもらう。
パスポート情報や緊急連絡先として親族情報などの記載があるので郵送されるのだが,
なぜか「首席がいったん集めてから事務局に提出」という手順だったりする。
(ここの手順は船舶によって風習が違ったりもする)
この段階で「首席に送る」「事務局に送る」「送っていない」など混乱が生じる。


(後日追記よてい)
「データ・サンプルの取扱いに関する誓約書」「生物サンプルに関する同意書」
など

プロフィール
HN:
kawagucci
HP:
性別:
非公開
自己紹介:
海洋系の某独法で働く研究者が思ったことをダラダラと綴っています
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