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自由と信念の箱船で恍惚と不安を抱きストロングスタイルで爆進します!
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ある1年に大学へ入学する人数がだいたい60万
ある1年に修士に進学する人数がだいたい8万
ある1年に博士に進学する人数がだいたい2.5万弱
(大学教員は20万程度らしい)

4大卒で就職する比率は8割以上。
修士に進むのは15%未満。
博士を取得するのは5%未満。

やっぱり大学教育ってものをどうするか,あるいは大学というものの役割をどうするか,その部分に対して真っ正面から向き合っていかねばならんと思う。授業料無償化とか給付型奨学金とか,そういう議論ももちろん進めれば良いけども,でもやっぱり「そもそもどうして大学が必要なの?」って部分を社会で共有できていないことには,議論が立ち返る場所がないし,「どうしてそこに税金を」という話に戻ってしまうことは容易に想像ができる。

あとそこを突き詰めることで「大学教員は”研究者”である必要があるか」という議論にもつながる。これは色々な見方があるだろうけども。たとえば欧米式だと学部生の授業は,大学院生がTAとして受け持つ比率が小さくないらしい。日本でも非常勤講師だったり,あるいは企業人が教員として授業をすることもあるようだし。

とにかく議論が偏っているのが気になる。偏っているというのは,トップクラスの大学(東大以下帝大など)の人々が,彼らの世界観での「大学」を語り方針を決めがちな現状があるんだけども,でも実態として大学(大学生)のヴォリュームゾーンにおける実態としての大学(大学生)ってのは,そういうトップクラス大学の世界観とは似ても似つかぬものだと思う。

じゃあこの両者(トップクラスと非トップクラス)で,「社会における大学の役割」という大スローガンを別々に掲げるのはどうかというと,それはそれで大問題な気がする(たぶん制度的に)。だからそこは分別せずに,同一視して共有しつつも,各大学における教育強度みたいなもので分別するのが良いんじゃないかと考えるわけ。

トップクラス大学が目指しているのは,次世代の研究者・大学教員・官僚・医者・経営者など,社会を牽引するリーダー的な人材の育成なんだろう。たぶんこの部分は明確で,それほど見解の相違が生じることはない。

翻って,非トップ大学が目指しているのは,いったい何なのだろうか。「特色ある大学」や「地域貢献」というが,果たしてそれが意味するものは。特に大学での「教育」に焦点を当てた場合に,非トップ大学はどういう人材を育成することを目的にするのだろうか。あるいは世間は非トップ大学にどういう人材を育成することを望んでいるのだろうか。ここが不明瞭なんじゃないか。


自分自身が北大でしか大学生活を送っていないので,こういうことは想像するしかない。しかしまぁ,どうなんだろうか。せっかく時間があるので,整理していきたい。
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