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自由と信念の箱船で恍惚と不安を抱きストロングスタイルで爆進します!
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タダッチョウの快気祝いとして、
腸尽くしの晩御飯
D3が4人とコウちゃん
いつもの通りにステキにグダグダ
いいことです
おかげで二日酔いです


色々とありえないです
やはり指導しなければならないのでしょうか

5分前集合と言われ、
5分前に集合していたら、
「5分前って言われたら5分前の5分前に集合やろが!!」
とブチ切れなれるのを目の当たりにして以来、
そういう心構えでいます

結局、経験こそが最良の成長機会なんですよ
経験なくして成長なし
だって、
新たな経験をしないと、
延々自分の知っている世界だけで物事を考えてしまうのだから

少しうれしいこと
この1年間、
ボクとしては普通だけども、
厳しくあたってきた後輩たちが、
「最近成長を実感して、だから叱られた事に感謝している」
という趣旨の話をしてくれた
うれしい
本当にうれしい


大学と大学院の大きな違いの一つに、
大学では学生と先生が「こっち」と「あっち」だったのに対し、
大学院では学生も先生も「こっち」の人間であることがある
「学生気分が抜けない院生」といわれる人たちはそういうことなんだろう
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海洋研新歓の水泳部紹介で話した種田恵がスポナビで紹介されてる!
タバコミュニケーションとか、
飲みニケーションとか、
そういうのって、
意外と重要ですよね
いや、
酒もタバコも奨励するつもりはないですが、
それがなかったら話をする機会自体がないじゃないですか
同じ所属なのに、
その人の「ヒトトナリ」がわからないのって、
色々と問題があると思います


お茶の時間があって、
まぁ見事にくだらない話をするわけなんですが、
たとえ「話の内容」に意味がなくても、
「お茶でも飲みながら話しましょうという行為」には意味があると思うのです
話し方や、話に食い込む角度なんかにはいろんな情報があります

相手が何を考えているかがわかることもさることながら、
自分はどういう考えの人間なのかをわかってもらうということに、
非常に大きな意味があると思うわけです

ということで、
忙しいとか言ってんじゃねえよ、
ってことです


いやー、
いま、
死ぬほど忙しいです

でも、
忙しいことのみを理由に何かを断るのは違うだろ、
忙しいことは努力で解決できる問題だろ、
って思っているので、
今日も飲みます!!
やばい
Reviseでてこずってしまっている
ISSMの要旨という山が残っているのに・・・

職業について少し考えた
ほんの少し
結論はあんまり変わらない
研究所勤めは嫌です
大学がいいです
多様な人間が存在するから
あぁ、
こんな欲張ったこと言っていて、
就職できなかったらアホだよねー

あ、
PDのうちはどこでもいきますよ
煮詰まった夜にコウちゃんとお話
たくさん持ち上げてもらっていい気分
二年先輩と論文数で並んだぐらいではウカウカしてられない
世の中、有形の業績だけじゃない
履歴書にはかかれない無形の何かこそ世の人は見ているし、
その部分っていうのはがんばってアピールする類のものでもない
ただ自分が普通に生きていって、
それを温かい目で見てもらえるかどうか、かな
わからんけど

とりあえずリバイスがんばります
らしいです、ボク
適当に不真面目にやってるつもりなんですけどねぇ
うーん

これがいたるところで周囲との意識のギャップになり、
ひいては、
「優秀だ」とか、
「怖い」とか、
そういう風に思われる遠因になっているのかなぁ


でもね、
たとえばね、
文献紹介をしたのにweb of scienceの使い方知らないとか、
D3のこの時期に「論文書かなやばいなぁ」って言ってるだけとか、
そんな状態の奴らに厳しく接するのは、
そんなに求めすぎではないと思うんです

まぁ、
他人は他人だから、
って無関心を装うのが大人の対応なのかもしれません

でもボクにはムリです
人は一人では生きられないんです
せっかく同じ集団に属しているんだから、
どういった形であれ、
互いに刺激を与え合って暮らしたいです
金曜夕方発で二泊三日、
すっかりオフしてきました

行きの新幹線でビールを飲んで酔っ払い、
約束の蛍見物に行けなかったり、
懇親会が長引いて蛍見物に行けなかったり、
帰りの新幹線を日曜にしたために蛍見物に行けなかったり、
と、
だいぶ残念ですが、
しょうがない
いつの日か、必ず・・・


blogは書けるのにヨメにメールしないなんて最低な男だ、
なんて言われてるみたいです

まぁ、
そう言われてしまうと言い訳のしようもないのですが、
いや、
言い訳します

ここに書く文章ってのは、
基本的に相手のことを考えてないので、
もしこれを読んで不快な人がいたとしても、
「じゃあ読まなきゃいいじゃん」
的な態度でいどめるのです

しかしメールになると、
受け手を意識するわけで、
・誤解を与えないように
・それなりの分量で
・絵文字は駆使する!?
とか、
まぁ色々と大変なわけです

あぁ、言い訳ですね
はい
がんばってメールします

でもさぁでもさぁ、
「がんばって」メールする時点でおかしくない??
そんな苦に思うようなメールをさせることに罪悪感みたいなものはないんか??

ってなドードー巡りの議論(?)をして、
結局落ち着いたところは、
どこだっけ??

とにかく、
のんびりといい人生を送っていきましょう、
ということです


ノロケましたよ

さて月曜日
リバイスは今週中がね!!
遠藤がすてきすぎます
むはー

遠藤
ケンゴ
チュン(山瀬)
長谷部
アベ(コンノ・ハニュウ)
長友
駒野
中澤
トリオ
楢崎

が、いいです

FW入れるならチュンはずして巻で



岩瀬が打たれたんだって!?
ショックです・・・
プルーム論文が返ってきました
Reviewer1人がMajor、もう一人がMinor
A-Editorの判断はMinor
MajorのReviewerは兄弟子(?)の九大の"J-I I"氏です
MinorのReviewerも"I like author's interpretation"と言ってくれている
なんたるごっつぁん
早々に片付けてしまおう
自分的締め切りは6/20
やるしかないっす!!


という状況だったんだけど、
テレビがおもしろそうなので、
むしろ早々に帰宅


ボクシング
バレロがKO狙いの前半3ラウンドは、
バレロの左に嶋田の右がうまく入っていたんだけど、
その後バレロが小さく速く打ち始めたら、もうダメ
長谷川は余裕の勝利でしょう
倒して勝つと言っていて倒して勝ったんだから


合間にサッカー五輪代表カメルーン戦
相手のやる気がなかったのはさておき、
前線からのチェックはよかったです
森本のプレーははじめてみたんですが、
爆発ダッシュでのディフェンス・ボールの引き出しはさすが
ややおさまりが悪いけど、
早くボールをはたくサッカーをする分には問題ないかと
あと左サイドは作れてたね
それに比べて右が・・・
梅さん、ダメね
ゲームの流れが途切れる
タイトル通り
最近、内田樹に影響を受けすぎなのだが、
まぁそう思って読んでくれればかまいません
後世の自分がこの時点での文章を読んでどう感じるかも楽しみです




「殺す相手は誰でもよかった」
よく目にする加害者のコメントです
今回の容疑者もこのように話しているとか
でも一方で、
犯行前に親しい友人に、
友人が喜びそうな物をあげてから現場に向かっているらしいんですね
矛盾してます
だって、
少なくともこの友人は、
「誰でもよかった」の中にはカウントされていない
つまり、
心の底から「誰でもいい」破壊衝動ではないんです
あくまで、
自分にとって「顔の見える相手」は「誰でもいい」には入らない
一方、
世の中の大多数の人、その辺の道を歩いている人は、
彼にとっては「顔の見えない相手」であり、
「誰とはわからぬ異世界の住人」だったのでしょう

我々普通の人も(このくくりが何をさし、誰を含めるかはさておき)、
彼と同じように大多数の他人を「誰とはわからぬ人」と認識しています
それは「誰とはわからぬ」という側面ではゴキブリや蚊と同じで、
殺すことにも抵抗がないかもしれません
しかし、
「誰とはわからぬ」相手であっても、
それを「人間」と認識すると、
それは究極的に「他人」ではなくなり、
むしろ「自分たち」と認識するのです
(無意識的に)自分と同一視するので、
「誰でもいい」にはならず、
殺意を抱くことがないのではないでしょうか

こう考えると、
「誰でもいい」から殺したいことが問題なのではなく、
「自分の世界の住人」と「それ以外の世界の人・物」の線引きの位置の違いに帰着します
つまり、
今回の加害者にとっては、
自分の友人で知り合いである「自分世界の人」以外の人は、
もはや我々が通常考えるような「人」ではなく「異世界のモノ」なんです

そう考えると、
通り魔殺人は、
その辺で動物を虐待している人とかわらないし、
もっといえば、
たとえドラクエぐらいのファンタジーな世界であっても、
ゲームで敵をやっつけて爽快感を感じている普通の現代人とかわらないんです

なんとなく納得できてきた



もう一つ
容疑者は自分の仕事について、
「自分でなくてもできる」
「非人間的な労働」
だと考え、
そのような労働を生み出し、要求する社会に対して怒っているそうです

労働って、
金銭を得るための対価だと考えると、
そもそも非人間的なものじゃないですか
物々交換の一方を労働に置き換えれば簡単にわかります
そんな当たり前のことに怒ってどうするんだろう
きっと彼は、
「物々交換としての労働」以外の「仕事」を知ってしまったんだろう
ここでいう「仕事」は金銭価値判断におけるものです
たとえば、
ホリエモンであったりセレブと呼ばれる人たちであったり、
そういう人を見て、
「替えのきかない人間」
「非人間的でない人間」だと感じたんでしょうね

はたしてそうなんでしょうかね
たとえばここにカレーがあって、
それを食べるときに、
「生きるために食べる」か、
「食べることを楽しむ」かで、
そのカレーの価値って違いますよね
前者のカレーは「非人間的」で、
いや、
カレーだからもちろん非人間なんだけど、
たとえば「車にはガソリン」的なものなんですよ
でも後者のカレーは、
まさに人間的ですよね

こんがらがってきた

つまり、
自分が非人間的な扱いを受けているというのは、
周囲が非人間的に扱っているのではなく、
自分が自分の境遇を非人間的な扱いと認識しているだけで、
労働に金銭価値のみを求めると、
労働自体は非人間的になりますが、
労働自体に価値を見出すと、
労働する自分は人間になります

そんな感じで
プロフィール
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kawagucci
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非公開
自己紹介:
海洋系の某独法で働く研究者が思ったことをダラダラと綴っています
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