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自由と信念の箱船で恍惚と不安を抱きストロングスタイルで爆進します!
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「教育の一環として指導」がある。言葉でもって相手にすべきこと・すべきでないことを伝えるのが最たる例だろう。一方で,「指導しない教育」という領域もある。もちろんある。相手の成長に期待するのであればコッチの方がむしろ大事なんじゃないかと思う。環境と課題だけを用意して,見守る。指導するのが鞭打ち走らせる行為で,指導しないのは自発的に走り出すのを待つ,といったイメージである。

指導をすることは簡単で,そしてこちら側の満足感が高い。何かをしている気になれる,というヤツだろうか。でも,本当に実現したいことは,指導を受けることに慣れた相手,いわゆる「指示待ち」「言われたことは出来る」という相手に対して,指導がない状況で自ら走り出す気持ちや能力を発露してほしいということである。つまり最終的に到達したい境地は,指導不要であり,対等な関係なのだ。友人同士で刺激し合うことはままあるし,そういう教育もありえるだろう。そこに至りたい。

しかし現時点では,特に精神的な面で,まだ自発的でなく,指導不要という境地には至っていない。「ご飯を食べる時は前を向きなさい」とか「階段で遊ぶと危ないぞ」とか。まだまだまだまだだ。
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