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自由と信念の箱船で恍惚と不安を抱きストロングスタイルで爆進します!
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@gaou_akさんの2014年4月13日22時頃の一連のツイート

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科学とは、真理を探究するための《方法》である。だが、一般の認識で言えば、科学とはそこから得られた体系化された知識や経験、あるいは技術の総称であろう。ここがSTAP騒動における科学者と一般市民との認識の大きな違いとなっているように思われる。

科学の根底は科学的方法にある。仮説を導出し、それを綿密なデータによって検証し、報告し反証を待つ。非常に回りくどく遠回りな方法だが、少なくと現時点で人類が知を得て智を創る過程で一番確実な方法ではある。科学は科学的方法に基づくから科学なのであって、そうでないものは科学ではない。

データを持って仮説が証明できないけれど、その現象は存在する、という言い回しは科学的方法に基づいていない。よって疑似科学である。これは明確に科学の否定である。現象の有無ではなく、その方法自体問題であることを我々科学者が再重要視しているのは、それが科学の礎だからである。

だから、道を誤れば、いや、正直なところ残念ながら道半ば既に誤っていると思うが、日本の科学は終わる。

科学的方法に基づいていなくても現象があるという言説を信じる一般市民。それを指示する発言をする文部科学大臣(来歴者含む)。方法の問題解決の前に検証を重視しているように見える理研。国、市民、組織、その多くが今科学という営みから逸脱しようとしている。

一人の科学者として、日本の科学が窮地に立っている状況を身震いするほどの恐怖感を持って傍観している。繰り返すが、科学的方法をとらないなら、即ち科学は死ぬ。
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・科学の根底は科学的方法
・科学は科学的方法に基づくから科学なのであって、そうでないものは科学ではない。
・科学的方法をとらないなら、即ち科学は死ぬ。


あらかわさんの危機感は深く理解できる。
そしてこれは,この国の科学者の少なくない人々が,
科学というものと向き合わず,また伝導してこなかったためであって,
つまり,この国の研究・教育が,延々と,組織的に,目をそらしてきたことだということも。


科学は方法であり,
科学は価値判断に大きな影響を及ぼすが,
科学それ自体は価値判断を示すものではない。

科学は,正しく利用することで多大な威力を発揮する。
科学がそこにあっても,正しい判断がないと威力は発揮されず,
また判断そのものは科学的ではない。

科学と,そうでないものと,
両者に担うべき範疇があって,
互いに影響を及ぼし合いながら,
互いに相反することなく,
しかし両者を不可分とせず,
一個の人間の中に同時に存在させることが,
大事なことなのかもしれない。
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