忍者ブログ
自由と信念の箱船で恍惚と不安を抱きストロングスタイルで爆進します!
[1] [2] [3] [4] [5]
12月頃から夜起きて寝れなくなる日々が続いている。だいたい20時に就寝。02時に起床。6時間寝ているが,ベストは7時間半なので,やや短い。02時に起床してパソコンを開いてそのまま起き続ける。それで朝食後か昼食後に眠る。1時間とか3時間とか,日による。それでまた20時に寝て,02時に起きる。そんな生活。

考えられる要因は,夕食時のワインとコーヒー。ワインのおかげで早々に寝付けて,コーヒーのせいで夜中に覚醒してしまう,のかな。じゃあコーヒーを止めれば良いじゃないかということだが,ついつい飲んでしまう。

以前から論文執筆に行き詰まると睡眠時間が短くなる傾向はあった。今も行き詰まっている。そういう心理的なモノが原因かもしれない。今は論文に限らず悶々としているし。

もうちょっと様子を見て,生活習慣をいじってみよう。
PR
1月5日(木)に我が町にも結構な量の雪が降り,町中のいたる斜面でソリ遊びをしている。散歩がてら良い滑り場を探し,簡易ソリを持って家族5人で町中を歩いた。子供は待ちきれず道路横の1m長の斜面でも滑ろうとしはじめる。

すると散歩中の町民A(ご婦人)が我々を通り過ぎた後にわざわざ戻ってきて,「ワイン畑のあぜ道が良いわよ」「ワイン畑から湖の方にいった道もロングライドができるわ」と教えてくれた。元々行くつもりであったワイン畑に向かうと,すでにソリ遊びをしている町民達がチラホラ。30代カポーもキャッキャ言いながら滑っておる。

ワイン畑を離れ,湖と並行に町を横断するとバス停横の開けた斜面で雪遊びをしている町民B&C(10歳ぐらいのキッズ)を発見。早速その横にある斜面でソリ滑りを敢行。すると町民Bが近寄ってきて「xxxx, xxxxx」とドイツ語で言ってくる。これは誰かの土地に入ってしまったかと困惑していると,「English?」と言い,説明を英語に切り替えてくれた。曰く「ソリを滑るなら道路の向こう側にある斜面の方が良いよ」。わざわざ親切に「良い斜面」を紹介してくれたのだった。確かに勾配も長さも具合の良い斜面があり,しばらくソリ遊び。

そろそろ帰ろうかと歩き始めたところ,向こうの方から歓声が。こちらから見えるのは丘の頂上で,ブラインドになっている向こう側に滑って遊んでいる様子。「あんなところにも斜面があるんだねー」などとヨメ氏と話していると,通りすがりの町民D(極寒の中なぜか超ミニスカのオバチャン)が手を「クイッ!」とやって「この道を通り抜ければあそこに行けるよ」と指示してくれた。(結局行けなかったけど)。

最後に家近くのALDIの斜面を通ると,1号の幼稚園メイツ(カタリーナ)が母子でソリ遊びをしていた。カタリーナは一人っ子のお姫さま育ちらしく,子供一人で遊んでいるのにソリを2つ持っていて,しかも雪だるま作りに夢中でソリはほったらかしになっている。カタリーナ母が「使って良いよ」と言ってくれたので立派なソリを借りて滑りまくり。カタリーナが雪遊びに飽きたので1号はカタリーナ宅に遊びに行くことに。しかしまだ遊びたい2号。カタリーナ母が「今夜1号を送っていく時に回収するから,それまで使っていて良いよ」と申し出てくれて,2号は存分にソリを楽しめた。


ということで,町中を歩いているだけで,町民達がすごく親切にしてくれた。すべて,こちらから質問したわけではなく,向こうから話しかけてくれた。しかも,具体的に何かに困惑しているところで助けてくれたという話ではなく,単に楽しいことを教えてくれたという話。

気持ちが良い。
25日2号,27日3号とヨメ氏,29日1号。次々にゲロ風邪(ロタ?)に見舞われ身動きがとれず。年末はどこにも行けず,29日には1家庭のみお招きして自宅フォンデュ会を開催したのみで,大晦日に予定していた町の日本人との忘年会もできず。

年越し時には(普段は本当に閑静な住宅街なのだが)花火爆竹の大騒音。寝ていたが起きた。翌朝見るとそこら中の地面にカスが散乱していた。1日は2号3号とチューリッヒ市街に繰り出す。クリスマスより店が開いている。飲食店はどこも繁盛の様子。観光客なのかな?

2日午後から雪予報のため遠出できず。3日朝には5cmほど雪が積もっていた。ペラペラのプラスチック製ソリを持って近所のスーパーALDI前の斜面でソリ遊び。2号がスピードにビビってちょっとしか滑らない。1号も跳ね返りの雪が顔に当たるのがイヤらしく家に帰りたい,と。家の前で雪遊び。昼過ぎから幼稚園や教会など広場に行ってさらに雪遊び。

4日はちょっと職場で調べ物をして,すぐ帰宅。家で1.4東京ドーム観戦。その後,ぱったり寝てしまい,夕飯を挟んで朝までほぼ寝通し。

Kindleのおかげで読書がはかどる。小説など読んでみたり。
今年は12月25日が日曜日だったので,その影響もあるのかもしれないが,記録として。

24日はEinsiedelnまで小旅行。湖フェリーが有料になっていた。街は閑散。修道院では礼拝?が行われてたけど,他の人々でも中に入ってヨサゲだったので入って,内側の美しい細工を見てボヘーっとする。礼拝?が終わった後,一番偉そうな僧侶?が纏っていた白い法衣をヨボヨボと脱いでいる様子が見られた。中にヒートテックとか着てるのか見たかったが子供がグズりだしたので退散。その後,丘に登って戻って帰宅。観光客っぽいのはチラホラいた(20組程度)。これが平常時と比べて多いか少ないかはわからん。なおEinsiedelnはクリスマスマーケットで有名だが,クリスマスマーケットは11月末から12月上旬までの開催なので要注意。

25日はほぼすべての店が閉まっていた。1号と2人でStadelhofenから新市街をHBまで歩いたが,販売店はすべて閉店,小規模な飲食店がチラホラと開けている程度。HB構内でも販売店は閉めているところが多い。Migrosは開いていた。スタバ・バーキン・パン屋・カフェなども開いていた。地元に戻ったらなんと行きつけのケバブ屋が開いていた。ついつい買ってしまう(帰宅したらやはりヨメ氏が夕飯を用意していた)。湖沿いのホテル直結のバーも開いていた(そして壮年の人々が元気に飲んでいた)。

26日(月)は家から出なかったが,スーパーをはじめどこの店も閉まっているらしい。「25日は家族とダラダラ家で飲んで過ごして26日はそのままゆっくり寝続ける」ということだろうか。

27日は地元スーパーも開いていた。街には行かなかったので様子はわからん。

なお我が家。25日朝食を2号がゲロ。38度超。何を食べても吐く。26日には回復も食事制限を課した。27日朝は3号がゲロ。ヨメ氏も38度。生き残って退屈な1号と,退屈から解放された2号がうるさい。なんとか母親を隔離すべく,普段は制限を課しているDVD鑑賞も無限開放デーとする。結果的にそれがクリスマスプレゼントということになったかね。
スイスで暮らしていて「良いなー,日本でもやれば良いのにー」と思っている2つのこと。1つは電車の運賃変動制。もう1つは2段階消費税。

スイス連邦鉄道(SBB)は車内改札制。駅に改札機はなくて(回数券用のものはあるけど)車内改札が抜き打ちでやってくる。まぁこれは今日の本題じゃない。運航ダイアは基本的に「毎時xx分とyy分」と30分間隔固定で,車両の編成数が混雑時と閑散時で異なっている。ボクが通勤に使っている「S7」路線だと,基本単位が「2等2両+1等1両」で,閑散時は1ユニットだが,通勤時などは4ユニットになる。ちなみに朝の通勤通学ピーク時間帯は07時台で,4ユニットでも席が埋まるので通路に立ったり(2階建てなので)階段に座ったりする人が発生する。日本のように押し合うほどにはならない。これも本題じゃなかった。

本題。SBBのネットシステム(と車掌の改札端末)は充実していて,チケットをウェブで購入してプリントアウトしたバーコードを持って行けば良い。それでそのウェブ購入する時に,「日」で指定するチケットと,「時間」まで指定するチケットを選べる。その「時間指定チケット」は同じ区間であっても時間帯によって値段が異なる。最大で半額ぐらいになる。ちなみに値段とは別に,車両の編成や混雑予想(3段階)も購入画面の時点で示される。

うちは早起きなので,土日にお出かけする場合は,往路は朝早めの時間指定安値チケット,復路は子供が何を言い出すかわからないので日指定の通常料金チケットにすることが多い。チケットが安いこともだが,長距離路線には「遊具車両」があるので,これが空いている時間帯にすることが,両親の疲労軽減にはとても重要だからだ(遊具車両の有無もウェブ購入時に確認できる)。これも本題じゃないな。

とにかく,時間帯によって値段を違えて,それで乗客数をコントロールして,混雑を緩和させようという試みは素晴らしい。素晴らしいので,ぜひ日本に導入して戴きたい。日本のあのアホみたいな激コミ。あれが精神に与える悪影響は,小さくない。当たり前すぎて受け入れてしまっているが,あんな生活を40年もするなんて,ちょっとどうかしてる。人間としての尊厳というか,なんというか。実際に犯罪の温床にもなっている。

Suicaなどの普及度はもはや「100%」と言えると思う(どこかに資料があるでしょう)。少なくとも混雑車両に乗るような人々の多くは定期券を使うだろうから,この層に限ればより普及率も高いだろう。ということで,Suicaを利用して,値段を変動させれば良いと思う。「安くなる」だとあまり得な気がしないなら「ポイントが貯まる」でも良い。むしろ定期券の場合は「乗る時間によって安くする」のは難しいから「ポイントで還元」の方が良いかもしれん。

これは紙の切符だった頃には困難だっただろうけども,Suicaの普及で導入ハードルは下がっている。つまり利用者側は何もしなくても,改札機のソフトを変えるだけで,無限に調整が可能だからだ。技術革新による社会問題解決。

きっと鉄道会社にとっても混雑ピークの解消は喫緊の課題のはず。ちょっとした工夫と,ちょっとした損失(安売りすることで損はするが,それもベース料金をあげれば補填可能だ)に目を瞑るだけで,劇的に社会が改善するなら,やらない手はない。もしかすると法的に運賃が縛られているのかもしれないが,それだってこれだけの社会問題なのだから,その辺の国会議員を連れてきて電車に乗せるデモでもすれば,一発でしょう。

2つめ。多段階消費税。個人経営の店でない限り,レジ機の普及率は100%に近いと思う。これもまぁ電子決済だ(?)。だから,品目と税率の対応さえ事前に決まっていれば,すぐにでも多段階消費税は導入可能だ。日用品は税率を下げ,非日用品は税率を上げる。たとえば飲食物/飲食店は2%,それ以外は10%。酒は消費税ではなく酒税で調整。それだけで社会格差の是正につながる。技術的には「明日にでも」導入可能だということは間違いない。

とはいえ,こちらの問題は多方面の業種に影響があって,中でも「声の大きい」製造業,端的に言えば車屋と家電屋,が猛烈に反対していることが原因でなかなか進んでいない様子。貧困世帯とか,生活格差とか,根本的な社会問題のはずだが,日本の政治は基本的にそういうことをあまり重く考えないし,「公的システムによる補助を通じたボトムアップ」よりも「会社の業績改善でプルアップ」の方が良いと考えているみたいなので,なかなか困る。というかいつまでも車屋や家電屋が大きい顔をしている社会というのがそもそも・・・。


「無理だ」という理由を見つけることは簡単だ。「変わった後の世界」を「想像」することは困難かもしれない。でも「変わった後の世界」の「ロールモデル」がすでに存在しているなら,それを見に行けば良いだけのこと。便利なこと,皆が助かること,社会全体の幸せの総和が大きくなりそうなことであれば(特定の個人にしわ寄せがいかないことも大事だよ),国を超えてそれを共有していけば良い。それでこそ「グローバリズム」なんじゃないかしら。
チューリッヒに来て4ヶ月が経過したところでの帰国。スイスの人々との交流はそれほどでもないし,スイスの習慣にどっぷり浸かっているわけでもない。そんな状況で日本に戻って,どう感じたかってことを,記録しておこうと思う。以下つらつら。

===========

自動販売機が素晴らしい。あれはすばらしい。今回は特に味噌汁と汁粉にお世話になった。100円ちょっとで,温かくて美味しいモノが,即座に手に入る。自販機へのSuica普及も素晴らしい。煩わしいコミュニケーションがないのは良い。チューリッヒにも自動販売機があるが,総じて割高(500のペットが300円ぐらいとか)。自動販売機の負の側面(労働負担・環境負荷)はマジメに評価する必要があるが,とはいえ,素晴らしい。

===========

コケがはえてる。空気の湿度の違いだろうけども,地面や壁がべたっとしていて,薄くコケがはえている。道の端も黒ずんでいたり,雑草が元気に生えていたり。

===========

山間部に複雑な地形や植生が残っている。篠山という田舎にいったからかもしれんが。田んぼにしているところ以外はグネグネの地形で草木がボーボー。チューリッヒ郊外だと,地形はそのままだけど木はほとんど伐採されていて丘のほとんどが放牧地になっている。その分,視界も開けている。良し悪しではないが,篠山は「うっそうとしている」という感じだった。

===========

「うるさい」。交通機関や街中や,とにかく色んな「音」がする。それぞれの機械からそれぞれのメロディーが流れていたり。電車が入線する,ドアが開く,信号が変わる,自販機に近づく,何をしても何らかのメロディーが流れる。ペラペラの音質で。店の店員もよく喋る。街中では勧誘などの声もする。音量が大きいのではなく,音の放出源が多い。情報量も多い。「京成線内でおきました急病のお客様の救護のため」遅延しているらしいが,「遅延」以外の情報っているか?むしろ前段の情報のせいで,「遅延」なのか「停止」なのかがわかりにくい。

===========

掲示物も「うるさい」。まずポスターや看板が多い。色使いもドギツイものが多い。その上,それぞれのコンテンツにビッチリと文字が書かれている。大きなものから小さなものまで「うるさい」。たとえばトイレの水洗ボタン。「このボタンを押すと水が流れます」って書いてある。「流す」で十分でしょ,と。さらにそれを英訳・中訳したものが並記してあったり。エスカレーターの絵に斜め上向きの矢印が描かれているアイコンが看板にある。その横に「のぼりエスカレーター/Escalator UP」と文字が書いてある。アイコンにしてる意味がない。看板文字のフォント・サイズ・配置にも統一感がなく詰め込んでいる。「デザイン」がわかっていないんだな。

===========

街が汚い。自分の中に「日本はきれい」という何となくの幻想があったのかもしれない。そんなことは無かった。落ちているゴミはわりと多い。建物の外壁など,業者が入っているところはピカピカだが,それ以外は黒ずんでいたり。

===========

接客が良くない。言葉面は丁寧なんだけども,本当に懇切丁寧に接客しているかというと,そうでもない。あくまでお仕事として,表面的に「丁寧さ」を演出しているのが丸わかり。表現が難しいところではなるが。あくまで「賃金労働としての丁寧さ」ということか。たぶん私生活において「紳士的に振る舞う」という文化がないので,極端な擬装になってしまうのではないかと。チューリッヒで店に行ったり近所づきあいをしたりすると,もうちょっと自然でグラデュアルな「丁寧さ」があるように感じる。

===========

他人に対する態度が極端。日本では自分と知り合い以外は「敵視」ぐらいの感じを受けた。新幹線の自由席の奪い合いとか,席を詰める時の振る舞いとか,ベビーカーが載ってきた時とか。露骨にイヤそうにする。

===========

電車で人が寝てる。チューリッヒと日本で,それぞれ同じような位置付け(郊外の住宅地から都心への朝6時台の通勤電車)で乗車したが,8割が寝ていた。チューリッヒでは8割はフリーペーパーかスマホを見ている。電車内という場の位置付けと,朝という時間帯の位置づけと,疲労の残留と,大きな違いがあるんじゃないかと。あとは身なりが汚いというか「だらしない」かな。服がヨレヨレだったり,カバンがしなしなだったり。チューリッヒの方が「パリッと」しているように。

===========

だめだ。滞在中の感情の生々しい部分がだいぶ減っている。帰りの機内で書くべきだった。
12月3日(土)
06時。実母からのメイルにて父方祖母の訃報を受ける。葬儀は12月5日(月)とのこと。飛行機を調べると,この日の昼過ぎまでに出れば間に合いそう。ヨメ氏に相談すると「私なら行く」とのお言葉。自分としても「冠婚葬祭は可能な限り参列」というポリシーもあるし,母方祖父母の時にも北海道や東京から参列したので,海外だからといって行かない理由にはならないよなぁと考え,渡航を決意する。

国際線の当日購入は初めてだったが20万円程度と無理ではない価格だった。葬儀があるのは関西なので,飛行機の取り方を悩んだが,日本国内移動はフレキシブルな方が良いと考えて,スイス航空チューリッヒ〜成田直通便を手配した。「12月5日(月)が葬儀」というが前後に通夜的なモノがあったり,あるいは家族の集まりがあったりするかもと考え,帰路は12月7日(水)昼成田発にした。航空券をポチってから,日本に行くなら会いたい人達に連絡を開始。同時に宿の手配にも取りかかる。あと日本でしか使わないカード類なども,引越時に封印した箱を開いて取り出す。

10時。自宅発。出国時にはパスポートに加えて滞在許可証の提示が必要だった。再入国することを考えたら,ここで滞在許可証の保持を確認してくれたことはありがたかった。13時チューリッヒ空港発。機内満席。通路側の席だったが隣人のサイズがでかく狭い。弱小会社のため映画ラインナップが貧弱で座席に充電ポートもない。しかも紙の本も持ち合わせがない。1時間だけ睡眠。

12月4日(日)
08時。成田着。まず短期プリペイドSIMカードを購入する。改札階のショップでは「デュアルSIM機種へは販売できない」と言われ,到着ロビー階のショップで購入することにした。7日間のパックを購入してセッティングするも,どうしても上手くいかない。よくよく確認してみると「データ通信専用のため電話は使えない」と書いてある。一度もそんな説明はなかった。これが「お・も・て・な・し」なのか?旅行先でプリペイドSIM買う人ってのは電話機能を求めないことが前提にあるのか?解せない思い。

この間Wifiでメイルして今後の行動を考える。両親は葬儀準備で忙しかろうと実姉に連絡する。「両親宅の鍵は姉が持っている(ボクは持っていない)。19時までに取りにくるべし。」とのことで,そうなると関東離脱は15時になる。しかも19時過ぎに両親宅入りしても誰もいないわけで,翌日の葬儀までヒマを持て余すことになる。これはイマイチ。とりあえずギリギリまで粘ることに決め,葉山の自宅まで向かう。

12時。大船駅でラーメン。一風堂みたいな店。良い。葉山自宅に到着して驚愕する。庭など草がボーボー。4ヶ月でここまでなるのかと。部屋の窓を開けて換気をしつつ喪服セットを回収する。途中に便意に襲われるも水道契約がないので近所のローゼンまでダッシュする(を2度繰り返す)。隣家のマダムが様子を見て訪問してくれて,夏に我が家で咲いていたひまわりとすいかの写真を見せてくれる。この辺りで元ポスドク女史と会えそうなことが判明し,姉に「21時まで延長を」と依頼。

15時。横浜で元ポスドク女史とお茶。公募戦績など現在の状況を聞いたり,こちらの状況をお喋りしたり。途中,同僚兄さんとのメイルで宿泊OKをもらう。妻子が里帰り中という僥倖。

19時。金沢文庫で兄さんと馴染みの焼鳥屋「風」。「あれ?もう帰国ですか?」とか言われながら南横浜ビール研究所のペールエールを飲みつつ焼鳥を食べつつ雑多なお喋りをする。途中,同僚若手も来てくれる。社内の雰囲気についてなど。22時頃に解散して兄さん宅。シャワーを浴びてリビングで就寝。24時頃。

12月5日(月)
05時。起床。身支度をして金沢文庫を出発。ピットインを懸念し飲まず食わずで新横浜まで。崎陽軒の炒飯弁当と明太蒲鉾とよなよなエール。寝不足に加えチューリッヒでは寝ている時刻(21-24時)なのでツライ。0830頃新大阪着。宝塚線(福知山線じゃないのか?)で宝塚。実姉と合流して両親宅に荷物を置く。

10時。宝塚発。宝塚駅であんぱんとコーヒー。快速で篠山口まで。姉とは特に会話もなく。タクシーでJAの葬儀場。両親にはそれほど疲労した様子がなく一安心。ほぼ面識のない親戚とご挨拶をしたり,軽食の弁当を食べたり。実父は「ええ戒名をつけてもろたんや。で,この漢字なんて読むかわかるか?」など安定のアホっぷり。実兄も到着。あいかわらず会話はない。10年が経過。

13時。葬儀開始。曹洞宗らしい。メインの坊さんが読経し,サブの坊さんが木魚や鐘を叩きながらユニゾンするスタイル。サブ坊さんはノドの調子が悪そう。1度目の火葬場で姉が,2度目の火葬場で兄が離脱。この間,特に誰とも喋らず,携帯を見たり本を読んだり。18時頃終了。参列者が村バスで帰るのを見送り,最後にタクシーで篠山口。特急こうのとりで宝塚。19時着。20時閉店の南口ルマンまで間に合いそうではあったが疲労を勘案して断念。阪急百貨店でカツ丼,アズナスで関西風すき焼きを購入して両親宅で食す。あると踏んだレトルト味噌汁がなくて意気消沈。湯を張って浸かる。20時過ぎには入眠。

12月6日(火)
06時。起床。宝塚発。在来線土産物コーナーで焼鯖寿司購入。新幹線構内でうどんやを見つけられず朝ラーメン(しょうゆ)にする。新幹線では頭が働かずボーッとすごす。

11時バスで会社へ。事務姉さん,同世代若手とお喋りの後,昼サッカー。食堂でそばを食べてから,悩める同僚と散歩をしながら長めのおしゃべり。自信がなくて踏み出せないんだなぁという感想を抱いたので「ごちゃごちゃ言わんと飛び込めよ!」という旨を伝える。つづいて上司ともおしゃべり。翌日から長期航海だったので会えて良かった。外角低めのコントロールだけが求められること,決断が出来ないこと,本音と建前の使い分けを放棄したこと,など。その他の人はすべて「髪が伸びた」と言ったが,スーパーパートさんだけは「太った」と。さすがの洞察力。形式上はホストになっている学振PD氏から今後の見通しを聞く。悪くないんじゃないかな。

18時。会社離脱。横浜で本屋をぶらぶら。20時から都内某所に潜伏して夜通しの宴。リラックスして私的な話などをつらつらと。研究職に就いたので学生時代から今に至る人間関係が連続的なので,研究関係とほぼ接点のない友人コミュニティは貴重である。たぶん02時ぐらいに入眠した。

12月7日(水)
05時。起床。6時過ぎに渋谷駅でコンビニおにぎり(いくら)と味噌汁缶。09時成田空港着。チェックイン時に滞在許可証を提示する。アナラウンジでカレー・焼きそば・カレーうどんを食してシャワーを浴びてすっきり。11時成田空港発。中4席で2席が空いている。離陸前に入眠。2時間後(?)の最初の食事で起床。これ以降は入眠はしないが体を横にするなどリラックスして過ごす。結婚式の余興の台本執筆など。16時チューリッヒ空港着。18時地元駅着。へろへろ。妻子の帰宅を待って20時就寝。
早いものでもう4ヶ月が経過した。すっかり(悪い意味で)落ち着いてしまっているので,生活習慣をかなり根深いところから掘り返して混ぜ返さねば,せっかくの遊学の意味がない,と考えていながら何もせず過ごしている。

それもこれも何が究極的な原因かと問われれば,おそらく「今後の生き方」が定まっていないことにある。今後の行き方と言うと仰々しいけども,すごく簡単に言ってしまえば,「サイエンスでエクセレンスを目指す」ということを目標にするのか,はたまたそれは手段であって目的は別のところ(大学教育的なモノなど)に明確に設定するのか,ということだ。もともと後者であったわけだけども,今の(日本の)ラボにいて「当面,在籍している間はエクセレンス路線で行こう」と決めて暮らしていた。

エクセレンス路線に対して,やっぱり煮え切らない気持ちというか,「なんか違うんじゃないかなー」という気持ちが捨てきれないでいる。それには2つの(もしかすると2つ以上の)視点がある。

1つは,今の業界でエクセレンスとされるサイエンスが,もうちょっと長い展望で見た時のエクセレンスから乖離してるんじゃないかということだ。自分の業界で言えば,物理・化学・生物・地質のあらゆるデータをテンコ盛りにして1つの論文として発表するとか,新規な手法で新規なデータを出すとか,モデルを仮定してフィットさせて見せるとか,まぁそういうのが「エクセレンス」と位置付けられているように感じられる。でも実際にうごめいている世界は,100個程度の元素だけから成り立っていて,あらゆる生物は物理化学法則に従っていて,まぁそういうシンプルなものだと思っている。シンプルな対象を,あえて「こねくりまわす」ような手法で論じて,そうやって出した結論が「新しい」ものだとして,それって何かおかしいんじゃないかと。「多彩な調味料が複雑に絡み合って絶妙なハーモニーを奏でていてめっちゃ美味しい料理。だけど素材の味は皆無」みたいな。違うか。でもイメージとしてはそんな感じで,つまり「白米・塩・うまい!」の方が理想なんじゃないか,というような意味だ。これまたちょっと違うけども「食事の目的って一次的には栄養摂取であって健康のためよね。味覚は二次的な要素だし健康を害するようではアレよね」というような意味のことが言いたいわけだ。「体には悪いけど美味しい!」って食事の必要性や,そのエクセレンスは大いに認めるところなわけだけども,それが主流になるというのはやはり歪んでいるのではないでしょうか。

もう1つのエクセレンス路線に対する「違うんじゃないかなー」ってのは,エクセレンスを目指す層の厚みとか質とか,そういう部分で「猫も杓子もエクセレンス」ってのは違うんじゃないかと。逆の見方で言うと,研究者と呼ばれる層のみんなが「エクセレンス」ばかり向いていて,これとは別に非研究者というグループがあって,その境界が完全に抜け落ちてしまっているんじゃないんかね,ということだ。すべての人を「研究者/非研究者」と分類することと,研究者の内側で「エクセレンス/非エクセレンス」と分類するとして,この「研究者でありながら非エクセレンスという存在は必要か否か」ということが悩みなのだ。さらにこれには志向の問題と,能力の問題と,両面があると思う。つまり「エクセレンスな(研究が出来る)研究者」でありながら「非セクセレンス路線を取る」ということに意味というか意義というか,それがあるんじゃないかと考えているということ。

まあとにかくそういうことで,悶々と悩み,鬱々としているわけです。続く。
日本の健康保険を継続しているため,そちらで読み替えられるらしい。
日・スイス社会保障協定 申請書一覧(加入免除手続き) 【日本年金機構】

情報は知っていたが,どうせ無理だと思って諦めていた。
しかしヨメ氏が駐在妻ネットワークから「やるべし」と言われたとのことで,
ダメ元で動いてみることに。

まず日本の勤務先に連絡。
すると「厚生年金保険・健康保険・船員保険適用証明書」で進めてくれるとのこと。
ちなみに日本の健康保険は「科学技術健康保険組合」である。

次に現地の保険会社。うちはSWICA
ウェブサイトから問い合わせをして「メイルで連絡」にチェックした。
しかし翌日に電話がかかってきた。英語電話つらい。
曰く「まずは市役所でconfirmation letterをもらえ。それを持ってうちに来い」と。

ということで市役所。(Zurich市の場合はKreisburoが窓口)
窓口姉さんも英語が苦手なのだが,お互いがんばって意思疎通。
姉さんがチューリッヒ州の保険局(Gesundheitsdirection)に電話で確認してくれた。
曰く「日本からの適用証明書が必要。それに所定の用紙*を添えて市役所に提出」と。
その後は,市役所から州保険局に連絡して,また市役所に証明書が届くらしい。
それを受け取って,保険会社に行って,これまでの契約分のキャンセル手続きとなる。
(*英語書式[Application for exemption from health insurance obligation])

保険会社の支払いについて,直接SWICAを訪問して確認。
ここまでの状況は,8月から住んでいて,すでに最初の3ヶ月分の掛金は支払い済み。
また「11月末が契約更新の期限」とウェブサイトに記載があった。
窓口兄さんとお話。
曰く,
「11月末期限とは別件。これは国内で契約会社を乗り換える場合の申告期限。」
「日本の保険でカバーするという本件の場合,期限はない。書類が出来たら手続き。」
「obligationとしての基本保険に入る必要が無いという本件の場合,全額返金。」
「ただし解約手続きまでに同保険を利用した場合は解約不可となる。」
と。
まだ解約をしていないし,返金もされていないので予断を許さぬ状況ではあるが,
本当に全額返金だとしたら,大助かりだ。

それにしても,SWICA兄さん,会社としての儲けが無くなる案件なのに,
ずっと笑顔で,拙い英語に嫌がる素振りも見せず,すべて懇切丁寧に教えてくれた。
彼の人柄なのか,スイスの国民性なのか。
SWICAが損する案件だけに,適当に言いくるめられるのでは無いかと構えていったのだが。
人を疑ってかかっている自分の人柄に問題があるんだな。
日本の免許証をスイスのものに書き換える手続き。
視力検査が必要ということで町の眼鏡屋へ。

ボクは左眼2.0,右目0.1以下といういわゆるガチャ目。
日本の免許では別室に置いてある「視野判定器」で片目視野を測定し,
130度以上(?)を記録しているので,免許にはメガネ制限がかかっていない。
スイスではどんな検査をするのかな,と。

単純な視力検査は日本と同じ。
両目で覗き込む器械で,気付かぬように片目ずつ遮断される。
【E】の字が色んな四方向を向いているのを回答する。
左眼は全問正解。右目は一問もわからず。
ここまではいつも通り。

次にガチャ目検査。
左眼視野には横向きに1~5の数字が映ってて,右目視野には縦線が映ってる。
(というのはコッソリと片目ずつ閉じて確認した)
両目を開けて見ると,縦線がグワングワンと動く。
これは,どうやら自分の焦点が定まっていなくて,
焦点を合わせようとすると右目の像が動いてしまっているのではないか,と。
その次に見せられたのは,
左眼視野に縦向きに1~3の数字が並んでいて,右目視野には横線が映っている。
これは2の位置でビタッと止まっていて動かない。
おそらく焦点を合わせる作業が左右の眼球運動であって上下の運動ではないからかと。

最後に奥行きの検査のようなもの。
説明が難しいが,自分には同一平面にすべての図が並んでいるように見えた。

「責任者に聞かないと,さらなる医者の診断が必要か否かが判断出来ない」
と言われて,少し町をぶらついて,また店に戻る。
「上司と話した結果,問題ないと言うことになりました」
「この紙にサインしたので,これを持って交通局に行ってね」
とのこと。
紙を受け取って,サヨナラ。

先人のブログによれば,10CHFとか5CHFとか,とにかく有料ということだったが,
なぜか請求はされなかった。
片目問題でごちゃごちゃしていて請求し忘れられたのかも。
ラッキー。
プロフィール
HN:
kawagucci
HP:
性別:
非公開
自己紹介:
海洋系の某独法で働く研究者が思ったことをダラダラと綴っています
ブログ内検索
カレンダー
03 2017/04 05
S M T W T F S
1
2 3 4 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30
アクセス解析
カウンター
Powered by ニンジャブログ  Designed by ゆきぱんだ
Copyright (c) kawagucci's Weblog All Rights Reserved
忍者ブログ / [PR]