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自由と信念の箱船で恍惚と不安を抱きストロングスタイルで爆進します!
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早いものでもう4ヶ月が経過した。すっかり(悪い意味で)落ち着いてしまっているので,生活習慣をかなり根深いところから掘り返して混ぜ返さねば,せっかくの遊学の意味がない,と考えていながら何もせず過ごしている。

それもこれも何が究極的な原因かと問われれば,おそらく「今後の生き方」が定まっていないことにある。今後の行き方と言うと仰々しいけども,すごく簡単に言ってしまえば,「サイエンスでエクセレンスを目指す」ということを目標にするのか,はたまたそれは手段であって目的は別のところ(大学教育的なモノなど)に明確に設定するのか,ということだ。もともと後者であったわけだけども,今の(日本の)ラボにいて「当面,在籍している間はエクセレンス路線で行こう」と決めて暮らしていた。

エクセレンス路線に対して,やっぱり煮え切らない気持ちというか,「なんか違うんじゃないかなー」という気持ちが捨てきれないでいる。それには2つの(もしかすると2つ以上の)視点がある。

1つは,今の業界でエクセレンスとされるサイエンスが,もうちょっと長い展望で見た時のエクセレンスから乖離してるんじゃないかということだ。自分の業界で言えば,物理・化学・生物・地質のあらゆるデータをテンコ盛りにして1つの論文として発表するとか,新規な手法で新規なデータを出すとか,モデルを仮定してフィットさせて見せるとか,まぁそういうのが「エクセレンス」と位置付けられているように感じられる。でも実際にうごめいている世界は,100個程度の元素だけから成り立っていて,あらゆる生物は物理化学法則に従っていて,まぁそういうシンプルなものだと思っている。シンプルな対象を,あえて「こねくりまわす」ような手法で論じて,そうやって出した結論が「新しい」ものだとして,それって何かおかしいんじゃないかと。「多彩な調味料が複雑に絡み合って絶妙なハーモニーを奏でていてめっちゃ美味しい料理。だけど素材の味は皆無」みたいな。違うか。でもイメージとしてはそんな感じで,つまり「白米・塩・うまい!」の方が理想なんじゃないか,というような意味だ。これまたちょっと違うけども「食事の目的って一次的には栄養摂取であって健康のためよね。味覚は二次的な要素だし健康を害するようではアレよね」というような意味のことが言いたいわけだ。「体には悪いけど美味しい!」って食事の必要性や,そのエクセレンスは大いに認めるところなわけだけども,それが主流になるというのはやはり歪んでいるのではないでしょうか。

もう1つのエクセレンス路線に対する「違うんじゃないかなー」ってのは,エクセレンスを目指す層の厚みとか質とか,そういう部分で「猫も杓子もエクセレンス」ってのは違うんじゃないかと。逆の見方で言うと,研究者と呼ばれる層のみんなが「エクセレンス」ばかり向いていて,これとは別に非研究者というグループがあって,その境界が完全に抜け落ちてしまっているんじゃないんかね,ということだ。すべての人を「研究者/非研究者」と分類することと,研究者の内側で「エクセレンス/非エクセレンス」と分類するとして,この「研究者でありながら非エクセレンスという存在は必要か否か」ということが悩みなのだ。さらにこれには志向の問題と,能力の問題と,両面があると思う。つまり「エクセレンスな(研究が出来る)研究者」でありながら「非セクセレンス路線を取る」ということに意味というか意義というか,それがあるんじゃないかと考えているということ。

まあとにかくそういうことで,悶々と悩み,鬱々としているわけです。続く。
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日本の健康保険を継続しているため,そちらで読み替えられるらしい。
日・スイス社会保障協定 申請書一覧(加入免除手続き) 【日本年金機構】

情報は知っていたが,どうせ無理だと思って諦めていた。
しかしヨメ氏が駐在妻ネットワークから「やるべし」と言われたとのことで,
ダメ元で動いてみることに。

まず日本の勤務先に連絡。
すると「厚生年金保険・健康保険・船員保険適用証明書」で進めてくれるとのこと。
ちなみに日本の健康保険は「科学技術健康保険組合」である。

次に現地の保険会社。うちはSWICA
ウェブサイトから問い合わせをして「メイルで連絡」にチェックした。
しかし翌日に電話がかかってきた。英語電話つらい。
曰く「まずは市役所でconfirmation letterをもらえ。それを持ってうちに来い」と。

ということで市役所。(Zurich市の場合はKreisburoが窓口)
窓口姉さんも英語が苦手なのだが,お互いがんばって意思疎通。
姉さんがチューリッヒ州の保険局(Gesundheitsdirection)に電話で確認してくれた。
曰く「日本からの適用証明書が必要。それに所定の用紙*を添えて市役所に提出」と。
その後は,市役所から州保険局に連絡して,また市役所に証明書が届くらしい。
それを受け取って,保険会社に行って,これまでの契約分のキャンセル手続きとなる。
(*英語書式[Application for exemption from health insurance obligation])

保険会社の支払いについて,直接SWICAを訪問して確認。
ここまでの状況は,8月から住んでいて,すでに最初の3ヶ月分の掛金は支払い済み。
また「11月末が契約更新の期限」とウェブサイトに記載があった。
窓口兄さんとお話。
曰く,
「11月末期限とは別件。これは国内で契約会社を乗り換える場合の申告期限。」
「日本の保険でカバーするという本件の場合,期限はない。書類が出来たら手続き。」
「obligationとしての基本保険に入る必要が無いという本件の場合,全額返金。」
「ただし解約手続きまでに同保険を利用した場合は解約不可となる。」
と。
まだ解約をしていないし,返金もされていないので予断を許さぬ状況ではあるが,
本当に全額返金だとしたら,大助かりだ。

それにしても,SWICA兄さん,会社としての儲けが無くなる案件なのに,
ずっと笑顔で,拙い英語に嫌がる素振りも見せず,すべて懇切丁寧に教えてくれた。
彼の人柄なのか,スイスの国民性なのか。
SWICAが損する案件だけに,適当に言いくるめられるのでは無いかと構えていったのだが。
人を疑ってかかっている自分の人柄に問題があるんだな。
日本の免許証をスイスのものに書き換える手続き。
視力検査が必要ということで町の眼鏡屋へ。

ボクは左眼2.0,右目0.1以下といういわゆるガチャ目。
日本の免許では別室に置いてある「視野判定器」で片目視野を測定し,
130度以上(?)を記録しているので,免許にはメガネ制限がかかっていない。
スイスではどんな検査をするのかな,と。

単純な視力検査は日本と同じ。
両目で覗き込む器械で,気付かぬように片目ずつ遮断される。
【E】の字が色んな四方向を向いているのを回答する。
左眼は全問正解。右目は一問もわからず。
ここまではいつも通り。

次にガチャ目検査。
左眼視野には横向きに1~5の数字が映ってて,右目視野には縦線が映ってる。
(というのはコッソリと片目ずつ閉じて確認した)
両目を開けて見ると,縦線がグワングワンと動く。
これは,どうやら自分の焦点が定まっていなくて,
焦点を合わせようとすると右目の像が動いてしまっているのではないか,と。
その次に見せられたのは,
左眼視野に縦向きに1~3の数字が並んでいて,右目視野には横線が映っている。
これは2の位置でビタッと止まっていて動かない。
おそらく焦点を合わせる作業が左右の眼球運動であって上下の運動ではないからかと。

最後に奥行きの検査のようなもの。
説明が難しいが,自分には同一平面にすべての図が並んでいるように見えた。

「責任者に聞かないと,さらなる医者の診断が必要か否かが判断出来ない」
と言われて,少し町をぶらついて,また店に戻る。
「上司と話した結果,問題ないと言うことになりました」
「この紙にサインしたので,これを持って交通局に行ってね」
とのこと。
紙を受け取って,サヨナラ。

先人のブログによれば,10CHFとか5CHFとか,とにかく有料ということだったが,
なぜか請求はされなかった。
片目問題でごちゃごちゃしていて請求し忘れられたのかも。
ラッキー。
チューリッヒ駅からちょっと行った(ETHから降りたところの)交差点では,混雑する時間帯に警官が立って,手信号で車や歩行者をさばいている。複雑な形状だし,トラムの路線も複数あるし,機械的な信号よりも渋滞が起きにくいのだろうと推察している。

そのこと自体がすごく興味深い。定期的に切り替わる信号でもなく,トラムなどから能動的な信号操作をするわけでもなく,警官が頭で考えて手で捌くのが,一番「効率的」だということなんだろう。「AIの発達で社会に革命が」とか「ディープラーニングでどうこう」とか,そんな感じのことで騒がしい昨今であるが,たとえばこんなところにも,「なんかよくわからんけども人間がやる方が効率的」という事象が発見できるのである。高度成長時代を生きた人々に対して「成長神話乙www」という態度になってしまうのも仕方がない。

それ以上に驚いたのが,目の前にあるカフェのお兄さんが,手信号のお立ち台にいる警官にコーヒーを届けていたことだ。あれは一体どういうことなんだろうか。警官がコーヒーを頼んだのだろうか。だとすると,いつ?という疑問が。たぶんそんなことはないと思う。おそらくカフェによるサービスなんじゃないか。「ご苦労さん」ってなもんで。そうだとしたら「ほっこり案件」だ。もう一つの疑問は「いつ飲むの?」ということ。手信号は原理的に一時も休めない。「行け」も「止まれ」も両方指示するのだから。彼女(警官)は笑顔で受け取っていたし,その様子からは「いつものこと」という感じが漂っていた。謎だ。

そして「こういうことが日本で起こるかねぇ」みたいなことも考えてしまう。渋滞の強度は?移動者達はこれほど素直に手信号に従うか?信号システムの発達は世界的にリンクしているのか?警官にコーヒーを振る舞うか?(警官は職務中にコーヒーを買うか?)まさに仕事中に警官はコーヒーを飲むか?などなど。

「世界に出て行け!」「グローバル!」という御題目には辟易とするが,「日本ではないトコロに身を置いて日本を相対化して見る」というのは大変に意義深いとも思う。いやまぁ「日本vs海外」のみならず,何にでも言えることですが。自分の考え方が,いかに身を置く環境から影響を受けているか,「あたりまえ」とは何か。海外生活(旅行でも可)の醍醐味である。
10月21日(金) チューリッヒ日本人研究者セミナー
霊長類研の半谷吾郎さんによる屋久島サル研究の話。
色々と思うところアリ。
驚きは調査のロジ。信じられない。

10月22日(土) チューリッヒ動物園
広大な敷地にノビノビと動物が暮らしている動物園,みたいな触れ込み。
いやいや,動物園にいる時点で・・・とか思いつつ。
あと至る所に「人間活動のインパクト。保全に向けて。」みたいな啓蒙系パネル。
へたしたら動物自体の紹介よりも多いんじゃないかというぐらい。
(ドイツ語のみの説明パネルも多かったので,もしかしたら英語だけ読んだバイアスかも)
「一度で回りきれない」「何度も行きたくなる」という話だったが丸一日で十分。
また行こうとは,思わないかなぁ。http://ameblo.jp/momokohime7/entry-12063218917.html

10月23日(日) 日本人誕生日会
幼児持ちの家庭で集まって誕生日会。
食事持ち寄り,アナ雪系ドレスをみんなで着るなど。ちょとツライ。
全7家庭でダンナ出席が3家庭。この辺りは日本人の集会かなーと。
現地人ダンナ氏と英語でお喋りしつつ。
ナギはドレスにご満悦,リュウは主役になれず不満げ,タマは勝手に遊んでる。

10月9日(日)
グリュイエール(Gruyere)。フランス語圏。良い天気。
まずはCailler(カイエ)のチョコレート工場。アトラクションのような(英語解説付の)チョコレート史解説の後,製造ライン見学を経て,チョコレート食べ放題の領域。水分を自分で持ち込まないとノドがやけそうになる。つづいてグリュイエールのチーズ工場。ちょうど仕込みの時間だったので見学。電車が1時間に1本しかないがチーズ工場裏の公園が充実しているので時間が潰せる。子供は満足げ。家族車両(2階に遊具がある)を利用したのでまぁまぁラクチンだった。
0723地元発ー2008地元着

10月15日(土)
ベッリンツォーナ(Bellinzona)。イタリア語圏。雨。
Bellinzona駅の新築祝みたいな行事をやっていた。チョコや風船やコーヒーに酒が入ったものなど無料配布。駅前から街中心部まで延々と出店が並ぶ。チーズの試食(食べ比べて採点するイベント)もたくさん。そのままUNESCO世界遺産だという城と城壁をめぐる。まず街中の城から丘の上の2城を見上げると雰囲気があってよろしい。残り2城へは通常観光バスで行くらしいが徒歩で登った。子供連れで30分ぐらい。雨・霧で視界が悪く山頂の城から麓の城壁がまったく見えず。単なるハイキングだった。城よりもむしろ街中の教会の方が大きくステキだった。
往復はRapperswill経由。アースゴルダウ(Arth-Goldau)からベッリンツォーナの間は山越えのため電車がすごい揺れる。携帯の画面を見ていて酔った。世界最長のゴッタルドベーストンネル(Gotthard-Basistunnel)は貫通しているが旅客利用は12月以降らしい。残念。

10月16日(日)
Suuser。地元。
こっちで知り合ったワイン好きのポスドク夫妻に来てもらう。前回は4軒をめぐってsuuserを楽しんだが今回は最初に妻子も含めてsuuserを楽しんで,その後は夫妻の語りを聞きながらのワイン試飲。ワイナリーのボスの息子氏(ドイツの学校で修行中)が英語で色々と教えてくれたり。満喫。
「科研が書けん」というダジャレがネットを飛び交うのは10月の風物詩ですね。科研って言う人と科研費って言う人がいますね。ボクの周囲は科研費だったので,科研という言い回しにはいまだ違和感を覚えてしまいます。とはいえオフィシャルに科研費データベース「KAKEN」なるものがあるので,科研の方が勢力が強いのかな?でもあの「紫シール」には「科研費」って書いてあるな。しかしあのシールはマジで誰得だし,あれの総費用を科研費に回せば若手B数件は採択数が増やせると思うので,文科省なりJSPSのエロイ人達には猛烈な反省を促す次第であります。


まぁそれはどうでもよくて,データベース「KAKEN」はすごく便利ですよね。どういう人がどういう細目でどうしうネタで採択されているかが一目でわかる。もちろん科研費以外の大きなモノを持っていて応募していないケースもあるだろうが,取り続ける人は本当に隙間無く取り続けている。研究者とはいえピンキリだというのが一目でわかる。

中には「あの人がなぜ取り続けられるの?」と思う人がいないわけではない。というのは,ある時,そういうリサーチをするのが大好きなオジサンが「基盤Sを取っている人を,片っ端からWoSでCitationを調べた」とのことだったので,その通りに調べてみたのだ。一方で,学会などで発表を聞くに「あぁこの人の研究はキレがあるなぁ」と思う人であまり科研費を取れていない人もチラホラといる。

それってなんでかなと思って,直接申請書を見たわけではないけども,ちょっとした仮説を立てている。それは「科研費の採択率には人当たりの良さが影響している」というもの。

これは直接的に人の良さが影響している,つまり「審査員がアイツは良いヤツだから良い点をつけてやろうと考えた」というようなことではなく,もうちょっとフェアなもの。日頃から人当たりの良い人は,人当たりの良い文章を書けるから,「自分の研究の意義付けの部分」で「他の研究をアゲ」た上で「自分の研究もアリですよね」と書いているのではないかと。逆に「学会で見てキレ味がある系」の人は「他の研究をサゲ」ることで「自分の研究の方が優れている」と書いているのではないか,と。

「科研費の書き方」書籍なんかを見れば書いてあることなのかもしれないけど,これは中々に重要なポイントなんじゃないかと思っている。なにせ審査員は近い分野の研究者。たとえば「モデルなんて所詮は絵空事。やはり観測が最高よ。」と書いたものがモデル研究者審査員にわたったらどう思われるか。「あのモデルはすごい。この観測をすればシナジー効果でwin-winよ。そらそうよ。」と書いたものであればどうか。

ボクは基本的にネガティブな性格なので,難点をあげつらうような書き方になってしまいがち。気をつけても2,3箇所はネガティブになってしまっている。今回は,元々ボクが科研費書類を添削していたポスドク氏に,逆に査読をお願いしたところ,ポスドク氏が「ここネガティブになってますよ」と指摘してくれた。うん。素晴らしい。

今年は基盤Bのみ。萌芽も出せるけど今回はおやすみ。
現地語(スイスドイツ語)はもちろん英語での会話もダメだ。

今でもよく覚えているのは,中2の2学期あたりで14点を取ったこと。その後から英語の授業をマジメに受け始めた。関係代名詞が登場するあたりだった。中1の時にアルファベットの書き方から英語の授業がはじまり「なんだ,ローマ字みたいなもんか」と思って勉強しなかったのが諸悪の根源(?)だろうか。故ロジャー先生によるMとNの発音講座もまったく違いがわからず,嫌がらせを受けているような気分になったのを覚えている。当時はもちろんこんなに英語を使う人生になるとは思っていなかった。

そんなわけで,中1で習うような簡単な英会話の能力がスッポリと抜け落ちている。いわゆる「how are you?」「Fine, thank you, and you?」のようなヤツ。特に英語と真剣に向き合い始めたのが研究業界に入ってからだということもあり,とにかく「疑問文」がわからない。どうやって疑問文を作るか,どうやって回答するか。身体的な言語としてパッと出てこない。あと曜日や家にあるモノなど,基本的な生活用語もパッと出ない。

そんなことを抜きにしても,たぶん語学習得能力が極めて低いように思う。これは具体的にはなんとも言えないんだけど,なんとなく。耳が悪いのか,精神が悪いのか。「習うより慣れろ」の環境に身を置けばなんとかなるのかもしれないが,そういう環境に身を置くことが面倒だと思っている精神構造が,なにより問題なのだろう。

子供達は幼稚園や保育所,アパートの子供達との遊びの中で,数字や挨拶,「トイレ行きたい」などの簡単なフレーズは喋るようになっている。ヨメ氏も(第2外国語がドイツ語だったらしいが)2桁の数字が聞き取れるようになってきたらしく,スーパーのレジで言われていることがわかるらしい。ボクはもちろん(?)寮歌で覚えた「アイン・ツバイ・ドライ」しかわからない。

もうちょっと落ち着いたら(つまり科研費シーズンが終わったら)言語習得にも時間を割いてみる,かもしれない。とにかく英語だ。

週末は日帰りで家族旅行(遊びの遠征)をしている。先週末はグリュイエール。まぁ中味は何でも良いんだけど,家族旅行について。

自分の実家は家族旅行をほとんどしなかった。盆正月の帰省(電車バスで1時間半)ぐらい。記憶にある範囲での宿泊付旅行は香住と京都で,香住は台風でほぼ泳げず,京都はバルセロナ五輪と重なって実父はホテルでテレビ観戦していた。それぐらいしか記憶がない。

だから家族旅行の必要性がぜんぜんわからない。単純に自分たち大人が旅行を楽しむことが目的だとすると,自分は家族と一緒だと旅行を楽しめないので,やっぱりいらない。子供に色んな経験をさせることを目的とするなら,週末に遠征する旅行でなくても良いし,むしろ日々の生活の方が重要なんじゃないかと思う。

ヨメ氏の実家は隙あらば家族旅行という具合で「休みだしどこか行こうよ」というのは「おなか空いたからごはん食べよう」ぐらいの勢いだ。おそらく自営業で家族が一緒にいるのがあまりにも当然で,というか家族が別々に行動するという状況の方が珍しいぐらいなので,”家族旅行”というのがほぼニアリーイコールで”旅行”なのだろう。

そう考えると自分の実家は,父親は団塊営業職でほぼ家にいなかったし(いても寝てたし),母親もパートに出ていたので,幼稚園の時から他人の家に預けられていて,小学校からカギっ子で,中学では熱心に部活,高校ではバイトと塾,大学からは独り暮らしと,「家族と一緒にいる」という状況の方がむしろレアだった。だから妻と子供という単位の家族構成になった今でも「家族と一緒」という状況そのものに居心地の悪さを感じるのだろう。

それぞれの子供と二人きりになれば,人間同士として付き合うことができる。でも「家族」って単位で行動するのが,何とも「気持ち悪い」。自分は一個人として振る舞いたいのだけれど「父親」という役割がまとわりついてくるからだろうか。ヨメ氏は専業主婦指向というか,昭和的な母親像というか,「家庭にあって夫を支え子供を育む妻」的なものを理想として抱いているような気がしているので,そうなるとそのカウンターとして自分には「父親」的なモノを求めているのではないかと感じないわけではない(このあたり他人の心情なので表現が大変にむずかしい)。家族旅行について不満に思ったりしていたけど,根本的には「家族像」が夫婦でかなりかけ離れていることがあるんだな。ちょっとそこについて「臭いものにフタ」的な対応を続けすぎたのかもしれない。

書き始めた時に思っていたところと違う場所に着地しちゃった。まぁそういうこともあるわな。

いま籍を置いているInstituteでセミナー発表をすることになった。聴衆はボクのことは知らないし,基本的に固体地球化学が専門。さて何を話したモノかと悩む。

並行して科研費書類を作っていて(埋めていて),そちらは完全に生物寄り。培養実験で同位体分別を決める仕事。さすがに「軽元素同位体x微生物培養」では彼らの専門とかけ離れすぎていて面白くなかろう。あとネタとしてアウトリーチ的に楽しめるものでもない。

となるとやはり「熱水x航海観測」ということになる。しかしこれはこれで,自分自身でやっている研究は大変にベーシックかつマニアックかつショボイ(流体の化学組成)。これまたウケないこと間違いなし。

そこで共著論文が出版されることもあって,一般受けも良い「掘削と掘削後」のネタで話すことに決めた。決めたものの,これは自分自身でやったと言える類のモノではなく(そもそも掘削航海には乗船していないし),鉱物学から微生物生態学まで幅広いし,どうやって一括りにしたものか,これまた悩ましい。

熱水の化学合成生態系の一般論から入って,地下生命圏になってで一区切りとして,ポストドリリングを余興的に話すか。まぁそれが妥当なんだろうな。

そして英語の問題。博士からポスドクぐらいの時は英語で発表となるとかなり気合いを入れて準備をしたものだが,年々いい加減になり,ここ3年ぐらいはそもそも発表すらしていないかもしれない。(ちょっと調べた限りではAGU Fall Meet 2012のTAIGAセッション,2015年の日中地球化学シンポぐらい)。

今が金曜夜でスライドが固まっていない状態。セミナーは水曜朝。さてさてどうなることやら。
プロフィール
HN:
kawagucci
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非公開
自己紹介:
海洋系の某独法で働く研究者が思ったことをダラダラと綴っています
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