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自由と信念の箱船で恍惚と不安を抱きストロングスタイルで爆進します!
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12月3日(土)
06時。実母からのメイルにて父方祖母の訃報を受ける。葬儀は12月5日(月)とのこと。飛行機を調べると,この日の昼過ぎまでに出れば間に合いそう。ヨメ氏に相談すると「私なら行く」とのお言葉。自分としても「冠婚葬祭は可能な限り参列」というポリシーもあるし,母方祖父母の時にも北海道や東京から参列したので,海外だからといって行かない理由にはならないよなぁと考え,渡航を決意する。

国際線の当日購入は初めてだったが20万円程度と無理ではない価格だった。葬儀があるのは関西なので,飛行機の取り方を悩んだが,日本国内移動はフレキシブルな方が良いと考えて,スイス航空チューリッヒ〜成田直通便を手配した。「12月5日(月)が葬儀」というが前後に通夜的なモノがあったり,あるいは家族の集まりがあったりするかもと考え,帰路は12月7日(水)昼成田発にした。航空券をポチってから,日本に行くなら会いたい人達に連絡を開始。同時に宿の手配にも取りかかる。あと日本でしか使わないカード類なども,引越時に封印した箱を開いて取り出す。

10時。自宅発。出国時にはパスポートに加えて滞在許可証の提示が必要だった。再入国することを考えたら,ここで滞在許可証の保持を確認してくれたことはありがたかった。13時チューリッヒ空港発。機内満席。通路側の席だったが隣人のサイズがでかく狭い。弱小会社のため映画ラインナップが貧弱で座席に充電ポートもない。しかも紙の本も持ち合わせがない。1時間だけ睡眠。

12月4日(日)
08時。成田着。まず短期プリペイドSIMカードを購入する。改札階のショップでは「デュアルSIM機種へは販売できない」と言われ,到着ロビー階のショップで購入することにした。7日間のパックを購入してセッティングするも,どうしても上手くいかない。よくよく確認してみると「データ通信専用のため電話は使えない」と書いてある。一度もそんな説明はなかった。これが「お・も・て・な・し」なのか?旅行先でプリペイドSIM買う人ってのは電話機能を求めないことが前提にあるのか?解せない思い。

この間Wifiでメイルして今後の行動を考える。両親は葬儀準備で忙しかろうと実姉に連絡する。「両親宅の鍵は姉が持っている(ボクは持っていない)。19時までに取りにくるべし。」とのことで,そうなると関東離脱は15時になる。しかも19時過ぎに両親宅入りしても誰もいないわけで,翌日の葬儀までヒマを持て余すことになる。これはイマイチ。とりあえずギリギリまで粘ることに決め,葉山の自宅まで向かう。

12時。大船駅でラーメン。一風堂みたいな店。良い。葉山自宅に到着して驚愕する。庭など草がボーボー。4ヶ月でここまでなるのかと。部屋の窓を開けて換気をしつつ喪服セットを回収する。途中に便意に襲われるも水道契約がないので近所のローゼンまでダッシュする(を2度繰り返す)。隣家のマダムが様子を見て訪問してくれて,夏に我が家で咲いていたひまわりとすいかの写真を見せてくれる。この辺りで元ポスドク女史と会えそうなことが判明し,姉に「21時まで延長を」と依頼。

15時。横浜で元ポスドク女史とお茶。公募戦績など現在の状況を聞いたり,こちらの状況をお喋りしたり。途中,同僚兄さんとのメイルで宿泊OKをもらう。妻子が里帰り中という僥倖。

19時。金沢文庫で兄さんと馴染みの焼鳥屋「風」。「あれ?もう帰国ですか?」とか言われながら南横浜ビール研究所のペールエールを飲みつつ焼鳥を食べつつ雑多なお喋りをする。途中,同僚若手も来てくれる。社内の雰囲気についてなど。22時頃に解散して兄さん宅。シャワーを浴びてリビングで就寝。24時頃。

12月5日(月)
05時。起床。身支度をして金沢文庫を出発。ピットインを懸念し飲まず食わずで新横浜まで。崎陽軒の炒飯弁当と明太蒲鉾とよなよなエール。寝不足に加えチューリッヒでは寝ている時刻(21-24時)なのでツライ。0830頃新大阪着。宝塚線(福知山線じゃないのか?)で宝塚。実姉と合流して両親宅に荷物を置く。

10時。宝塚発。宝塚駅であんぱんとコーヒー。快速で篠山口まで。姉とは特に会話もなく。タクシーでJAの葬儀場。両親にはそれほど疲労した様子がなく一安心。ほぼ面識のない親戚とご挨拶をしたり,軽食の弁当を食べたり。実父は「ええ戒名をつけてもろたんや。で,この漢字なんて読むかわかるか?」など安定のアホっぷり。実兄も到着。あいかわらず会話はない。10年が経過。

13時。葬儀開始。曹洞宗らしい。メインの坊さんが読経し,サブの坊さんが木魚や鐘を叩きながらユニゾンするスタイル。サブ坊さんはノドの調子が悪そう。1度目の火葬場で姉が,2度目の火葬場で兄が離脱。この間,特に誰とも喋らず,携帯を見たり本を読んだり。18時頃終了。参列者が村バスで帰るのを見送り,最後にタクシーで篠山口。特急こうのとりで宝塚。19時着。20時閉店の南口ルマンまで間に合いそうではあったが疲労を勘案して断念。阪急百貨店でカツ丼,アズナスで関西風すき焼きを購入して両親宅で食す。あると踏んだレトルト味噌汁がなくて意気消沈。湯を張って浸かる。20時過ぎには入眠。

12月6日(火)
06時。起床。宝塚発。在来線土産物コーナーで焼鯖寿司購入。新幹線構内でうどんやを見つけられず朝ラーメン(しょうゆ)にする。新幹線では頭が働かずボーッとすごす。

11時バスで会社へ。事務姉さん,同世代若手とお喋りの後,昼サッカー。食堂でそばを食べてから,悩める同僚と散歩をしながら長めのおしゃべり。自信がなくて踏み出せないんだなぁという感想を抱いたので「ごちゃごちゃ言わんと飛び込めよ!」という旨を伝える。つづいて上司ともおしゃべり。翌日から長期航海だったので会えて良かった。外角低めのコントロールだけが求められること,決断が出来ないこと,本音と建前の使い分けを放棄したこと,など。その他の人はすべて「髪が伸びた」と言ったが,スーパーパートさんだけは「太った」と。さすがの洞察力。形式上はホストになっている学振PD氏から今後の見通しを聞く。悪くないんじゃないかな。

18時。会社離脱。横浜で本屋をぶらぶら。20時から都内某所に潜伏して夜通しの宴。リラックスして私的な話などをつらつらと。研究職に就いたので学生時代から今に至る人間関係が連続的なので,研究関係とほぼ接点のない友人コミュニティは貴重である。たぶん02時ぐらいに入眠した。

12月7日(水)
05時。起床。6時過ぎに渋谷駅でコンビニおにぎり(いくら)と味噌汁缶。09時成田空港着。チェックイン時に滞在許可証を提示する。アナラウンジでカレー・焼きそば・カレーうどんを食してシャワーを浴びてすっきり。11時成田空港発。中4席で2席が空いている。離陸前に入眠。2時間後(?)の最初の食事で起床。これ以降は入眠はしないが体を横にするなどリラックスして過ごす。結婚式の余興の台本執筆など。16時チューリッヒ空港着。18時地元駅着。へろへろ。妻子の帰宅を待って20時就寝。
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早いものでもう4ヶ月が経過した。すっかり(悪い意味で)落ち着いてしまっているので,生活習慣をかなり根深いところから掘り返して混ぜ返さねば,せっかくの遊学の意味がない,と考えていながら何もせず過ごしている。

それもこれも何が究極的な原因かと問われれば,おそらく「今後の生き方」が定まっていないことにある。今後の行き方と言うと仰々しいけども,すごく簡単に言ってしまえば,「サイエンスでエクセレンスを目指す」ということを目標にするのか,はたまたそれは手段であって目的は別のところ(大学教育的なモノなど)に明確に設定するのか,ということだ。もともと後者であったわけだけども,今の(日本の)ラボにいて「当面,在籍している間はエクセレンス路線で行こう」と決めて暮らしていた。

エクセレンス路線に対して,やっぱり煮え切らない気持ちというか,「なんか違うんじゃないかなー」という気持ちが捨てきれないでいる。それには2つの(もしかすると2つ以上の)視点がある。

1つは,今の業界でエクセレンスとされるサイエンスが,もうちょっと長い展望で見た時のエクセレンスから乖離してるんじゃないかということだ。自分の業界で言えば,物理・化学・生物・地質のあらゆるデータをテンコ盛りにして1つの論文として発表するとか,新規な手法で新規なデータを出すとか,モデルを仮定してフィットさせて見せるとか,まぁそういうのが「エクセレンス」と位置付けられているように感じられる。でも実際にうごめいている世界は,100個程度の元素だけから成り立っていて,あらゆる生物は物理化学法則に従っていて,まぁそういうシンプルなものだと思っている。シンプルな対象を,あえて「こねくりまわす」ような手法で論じて,そうやって出した結論が「新しい」ものだとして,それって何かおかしいんじゃないかと。「多彩な調味料が複雑に絡み合って絶妙なハーモニーを奏でていてめっちゃ美味しい料理。だけど素材の味は皆無」みたいな。違うか。でもイメージとしてはそんな感じで,つまり「白米・塩・うまい!」の方が理想なんじゃないか,というような意味だ。これまたちょっと違うけども「食事の目的って一次的には栄養摂取であって健康のためよね。味覚は二次的な要素だし健康を害するようではアレよね」というような意味のことが言いたいわけだ。「体には悪いけど美味しい!」って食事の必要性や,そのエクセレンスは大いに認めるところなわけだけども,それが主流になるというのはやはり歪んでいるのではないでしょうか。

もう1つのエクセレンス路線に対する「違うんじゃないかなー」ってのは,エクセレンスを目指す層の厚みとか質とか,そういう部分で「猫も杓子もエクセレンス」ってのは違うんじゃないかと。逆の見方で言うと,研究者と呼ばれる層のみんなが「エクセレンス」ばかり向いていて,これとは別に非研究者というグループがあって,その境界が完全に抜け落ちてしまっているんじゃないんかね,ということだ。すべての人を「研究者/非研究者」と分類することと,研究者の内側で「エクセレンス/非エクセレンス」と分類するとして,この「研究者でありながら非エクセレンスという存在は必要か否か」ということが悩みなのだ。さらにこれには志向の問題と,能力の問題と,両面があると思う。つまり「エクセレンスな(研究が出来る)研究者」でありながら「非セクセレンス路線を取る」ということに意味というか意義というか,それがあるんじゃないかと考えているということ。

まあとにかくそういうことで,悶々と悩み,鬱々としているわけです。続く。
日本の健康保険を継続しているため,そちらで読み替えられるらしい。
日・スイス社会保障協定 申請書一覧(加入免除手続き) 【日本年金機構】

情報は知っていたが,どうせ無理だと思って諦めていた。
しかしヨメ氏が駐在妻ネットワークから「やるべし」と言われたとのことで,
ダメ元で動いてみることに。

まず日本の勤務先に連絡。
すると「厚生年金保険・健康保険・船員保険適用証明書」で進めてくれるとのこと。
ちなみに日本の健康保険は「科学技術健康保険組合」である。

次に現地の保険会社。うちはSWICA
ウェブサイトから問い合わせをして「メイルで連絡」にチェックした。
しかし翌日に電話がかかってきた。英語電話つらい。
曰く「まずは市役所でconfirmation letterをもらえ。それを持ってうちに来い」と。

ということで市役所。(Zurich市の場合はKreisburoが窓口)
窓口姉さんも英語が苦手なのだが,お互いがんばって意思疎通。
姉さんがチューリッヒ州の保険局(Gesundheitsdirection)に電話で確認してくれた。
曰く「日本からの適用証明書が必要。それに所定の用紙*を添えて市役所に提出」と。
その後は,市役所から州保険局に連絡して,また市役所に証明書が届くらしい。
それを受け取って,保険会社に行って,これまでの契約分のキャンセル手続きとなる。
(*英語書式[Application for exemption from health insurance obligation])

保険会社の支払いについて,直接SWICAを訪問して確認。
ここまでの状況は,8月から住んでいて,すでに最初の3ヶ月分の掛金は支払い済み。
また「11月末が契約更新の期限」とウェブサイトに記載があった。
窓口兄さんとお話。
曰く,
「11月末期限とは別件。これは国内で契約会社を乗り換える場合の申告期限。」
「日本の保険でカバーするという本件の場合,期限はない。書類が出来たら手続き。」
「obligationとしての基本保険に入る必要が無いという本件の場合,全額返金。」
「ただし解約手続きまでに同保険を利用した場合は解約不可となる。」
と。
まだ解約をしていないし,返金もされていないので予断を許さぬ状況ではあるが,
本当に全額返金だとしたら,大助かりだ。

それにしても,SWICA兄さん,会社としての儲けが無くなる案件なのに,
ずっと笑顔で,拙い英語に嫌がる素振りも見せず,すべて懇切丁寧に教えてくれた。
彼の人柄なのか,スイスの国民性なのか。
SWICAが損する案件だけに,適当に言いくるめられるのでは無いかと構えていったのだが。
人を疑ってかかっている自分の人柄に問題があるんだな。
日本の免許証をスイスのものに書き換える手続き。
視力検査が必要ということで町の眼鏡屋へ。

ボクは左眼2.0,右目0.1以下といういわゆるガチャ目。
日本の免許では別室に置いてある「視野判定器」で片目視野を測定し,
130度以上(?)を記録しているので,免許にはメガネ制限がかかっていない。
スイスではどんな検査をするのかな,と。

単純な視力検査は日本と同じ。
両目で覗き込む器械で,気付かぬように片目ずつ遮断される。
【E】の字が色んな四方向を向いているのを回答する。
左眼は全問正解。右目は一問もわからず。
ここまではいつも通り。

次にガチャ目検査。
左眼視野には横向きに1~5の数字が映ってて,右目視野には縦線が映ってる。
(というのはコッソリと片目ずつ閉じて確認した)
両目を開けて見ると,縦線がグワングワンと動く。
これは,どうやら自分の焦点が定まっていなくて,
焦点を合わせようとすると右目の像が動いてしまっているのではないか,と。
その次に見せられたのは,
左眼視野に縦向きに1~3の数字が並んでいて,右目視野には横線が映っている。
これは2の位置でビタッと止まっていて動かない。
おそらく焦点を合わせる作業が左右の眼球運動であって上下の運動ではないからかと。

最後に奥行きの検査のようなもの。
説明が難しいが,自分には同一平面にすべての図が並んでいるように見えた。

「責任者に聞かないと,さらなる医者の診断が必要か否かが判断出来ない」
と言われて,少し町をぶらついて,また店に戻る。
「上司と話した結果,問題ないと言うことになりました」
「この紙にサインしたので,これを持って交通局に行ってね」
とのこと。
紙を受け取って,サヨナラ。

先人のブログによれば,10CHFとか5CHFとか,とにかく有料ということだったが,
なぜか請求はされなかった。
片目問題でごちゃごちゃしていて請求し忘れられたのかも。
ラッキー。
チューリッヒ駅からちょっと行った(ETHから降りたところの)交差点では,混雑する時間帯に警官が立って,手信号で車や歩行者をさばいている。複雑な形状だし,トラムの路線も複数あるし,機械的な信号よりも渋滞が起きにくいのだろうと推察している。

そのこと自体がすごく興味深い。定期的に切り替わる信号でもなく,トラムなどから能動的な信号操作をするわけでもなく,警官が頭で考えて手で捌くのが,一番「効率的」だということなんだろう。「AIの発達で社会に革命が」とか「ディープラーニングでどうこう」とか,そんな感じのことで騒がしい昨今であるが,たとえばこんなところにも,「なんかよくわからんけども人間がやる方が効率的」という事象が発見できるのである。高度成長時代を生きた人々に対して「成長神話乙www」という態度になってしまうのも仕方がない。

それ以上に驚いたのが,目の前にあるカフェのお兄さんが,手信号のお立ち台にいる警官にコーヒーを届けていたことだ。あれは一体どういうことなんだろうか。警官がコーヒーを頼んだのだろうか。だとすると,いつ?という疑問が。たぶんそんなことはないと思う。おそらくカフェによるサービスなんじゃないか。「ご苦労さん」ってなもんで。そうだとしたら「ほっこり案件」だ。もう一つの疑問は「いつ飲むの?」ということ。手信号は原理的に一時も休めない。「行け」も「止まれ」も両方指示するのだから。彼女(警官)は笑顔で受け取っていたし,その様子からは「いつものこと」という感じが漂っていた。謎だ。

そして「こういうことが日本で起こるかねぇ」みたいなことも考えてしまう。渋滞の強度は?移動者達はこれほど素直に手信号に従うか?信号システムの発達は世界的にリンクしているのか?警官にコーヒーを振る舞うか?(警官は職務中にコーヒーを買うか?)まさに仕事中に警官はコーヒーを飲むか?などなど。

「世界に出て行け!」「グローバル!」という御題目には辟易とするが,「日本ではないトコロに身を置いて日本を相対化して見る」というのは大変に意義深いとも思う。いやまぁ「日本vs海外」のみならず,何にでも言えることですが。自分の考え方が,いかに身を置く環境から影響を受けているか,「あたりまえ」とは何か。海外生活(旅行でも可)の醍醐味である。
10月21日(金) チューリッヒ日本人研究者セミナー
霊長類研の半谷吾郎さんによる屋久島サル研究の話。
色々と思うところアリ。
驚きは調査のロジ。信じられない。

10月22日(土) チューリッヒ動物園
広大な敷地にノビノビと動物が暮らしている動物園,みたいな触れ込み。
いやいや,動物園にいる時点で・・・とか思いつつ。
あと至る所に「人間活動のインパクト。保全に向けて。」みたいな啓蒙系パネル。
へたしたら動物自体の紹介よりも多いんじゃないかというぐらい。
(ドイツ語のみの説明パネルも多かったので,もしかしたら英語だけ読んだバイアスかも)
「一度で回りきれない」「何度も行きたくなる」という話だったが丸一日で十分。
また行こうとは,思わないかなぁ。http://ameblo.jp/momokohime7/entry-12063218917.html

10月23日(日) 日本人誕生日会
幼児持ちの家庭で集まって誕生日会。
食事持ち寄り,アナ雪系ドレスをみんなで着るなど。ちょとツライ。
全7家庭でダンナ出席が3家庭。この辺りは日本人の集会かなーと。
現地人ダンナ氏と英語でお喋りしつつ。
ナギはドレスにご満悦,リュウは主役になれず不満げ,タマは勝手に遊んでる。

10月9日(日)
グリュイエール(Gruyere)。フランス語圏。良い天気。
まずはCailler(カイエ)のチョコレート工場。アトラクションのような(英語解説付の)チョコレート史解説の後,製造ライン見学を経て,チョコレート食べ放題の領域。水分を自分で持ち込まないとノドがやけそうになる。つづいてグリュイエールのチーズ工場。ちょうど仕込みの時間だったので見学。電車が1時間に1本しかないがチーズ工場裏の公園が充実しているので時間が潰せる。子供は満足げ。家族車両(2階に遊具がある)を利用したのでまぁまぁラクチンだった。
0723地元発ー2008地元着

10月15日(土)
ベッリンツォーナ(Bellinzona)。イタリア語圏。雨。
Bellinzona駅の新築祝みたいな行事をやっていた。チョコや風船やコーヒーに酒が入ったものなど無料配布。駅前から街中心部まで延々と出店が並ぶ。チーズの試食(食べ比べて採点するイベント)もたくさん。そのままUNESCO世界遺産だという城と城壁をめぐる。まず街中の城から丘の上の2城を見上げると雰囲気があってよろしい。残り2城へは通常観光バスで行くらしいが徒歩で登った。子供連れで30分ぐらい。雨・霧で視界が悪く山頂の城から麓の城壁がまったく見えず。単なるハイキングだった。城よりもむしろ街中の教会の方が大きくステキだった。
往復はRapperswill経由。アースゴルダウ(Arth-Goldau)からベッリンツォーナの間は山越えのため電車がすごい揺れる。携帯の画面を見ていて酔った。世界最長のゴッタルドベーストンネル(Gotthard-Basistunnel)は貫通しているが旅客利用は12月以降らしい。残念。

10月16日(日)
Suuser。地元。
こっちで知り合ったワイン好きのポスドク夫妻に来てもらう。前回は4軒をめぐってsuuserを楽しんだが今回は最初に妻子も含めてsuuserを楽しんで,その後は夫妻の語りを聞きながらのワイン試飲。ワイナリーのボスの息子氏(ドイツの学校で修行中)が英語で色々と教えてくれたり。満喫。
「科研が書けん」というダジャレがネットを飛び交うのは10月の風物詩ですね。科研って言う人と科研費って言う人がいますね。ボクの周囲は科研費だったので,科研という言い回しにはいまだ違和感を覚えてしまいます。とはいえオフィシャルに科研費データベース「KAKEN」なるものがあるので,科研の方が勢力が強いのかな?でもあの「紫シール」には「科研費」って書いてあるな。しかしあのシールはマジで誰得だし,あれの総費用を科研費に回せば若手B数件は採択数が増やせると思うので,文科省なりJSPSのエロイ人達には猛烈な反省を促す次第であります。


まぁそれはどうでもよくて,データベース「KAKEN」はすごく便利ですよね。どういう人がどういう細目でどうしうネタで採択されているかが一目でわかる。もちろん科研費以外の大きなモノを持っていて応募していないケースもあるだろうが,取り続ける人は本当に隙間無く取り続けている。研究者とはいえピンキリだというのが一目でわかる。

中には「あの人がなぜ取り続けられるの?」と思う人がいないわけではない。というのは,ある時,そういうリサーチをするのが大好きなオジサンが「基盤Sを取っている人を,片っ端からWoSでCitationを調べた」とのことだったので,その通りに調べてみたのだ。一方で,学会などで発表を聞くに「あぁこの人の研究はキレがあるなぁ」と思う人であまり科研費を取れていない人もチラホラといる。

それってなんでかなと思って,直接申請書を見たわけではないけども,ちょっとした仮説を立てている。それは「科研費の採択率には人当たりの良さが影響している」というもの。

これは直接的に人の良さが影響している,つまり「審査員がアイツは良いヤツだから良い点をつけてやろうと考えた」というようなことではなく,もうちょっとフェアなもの。日頃から人当たりの良い人は,人当たりの良い文章を書けるから,「自分の研究の意義付けの部分」で「他の研究をアゲ」た上で「自分の研究もアリですよね」と書いているのではないかと。逆に「学会で見てキレ味がある系」の人は「他の研究をサゲ」ることで「自分の研究の方が優れている」と書いているのではないか,と。

「科研費の書き方」書籍なんかを見れば書いてあることなのかもしれないけど,これは中々に重要なポイントなんじゃないかと思っている。なにせ審査員は近い分野の研究者。たとえば「モデルなんて所詮は絵空事。やはり観測が最高よ。」と書いたものがモデル研究者審査員にわたったらどう思われるか。「あのモデルはすごい。この観測をすればシナジー効果でwin-winよ。そらそうよ。」と書いたものであればどうか。

ボクは基本的にネガティブな性格なので,難点をあげつらうような書き方になってしまいがち。気をつけても2,3箇所はネガティブになってしまっている。今回は,元々ボクが科研費書類を添削していたポスドク氏に,逆に査読をお願いしたところ,ポスドク氏が「ここネガティブになってますよ」と指摘してくれた。うん。素晴らしい。

今年は基盤Bのみ。萌芽も出せるけど今回はおやすみ。
現地語(スイスドイツ語)はもちろん英語での会話もダメだ。

今でもよく覚えているのは,中2の2学期あたりで14点を取ったこと。その後から英語の授業をマジメに受け始めた。関係代名詞が登場するあたりだった。中1の時にアルファベットの書き方から英語の授業がはじまり「なんだ,ローマ字みたいなもんか」と思って勉強しなかったのが諸悪の根源(?)だろうか。故ロジャー先生によるMとNの発音講座もまったく違いがわからず,嫌がらせを受けているような気分になったのを覚えている。当時はもちろんこんなに英語を使う人生になるとは思っていなかった。

そんなわけで,中1で習うような簡単な英会話の能力がスッポリと抜け落ちている。いわゆる「how are you?」「Fine, thank you, and you?」のようなヤツ。特に英語と真剣に向き合い始めたのが研究業界に入ってからだということもあり,とにかく「疑問文」がわからない。どうやって疑問文を作るか,どうやって回答するか。身体的な言語としてパッと出てこない。あと曜日や家にあるモノなど,基本的な生活用語もパッと出ない。

そんなことを抜きにしても,たぶん語学習得能力が極めて低いように思う。これは具体的にはなんとも言えないんだけど,なんとなく。耳が悪いのか,精神が悪いのか。「習うより慣れろ」の環境に身を置けばなんとかなるのかもしれないが,そういう環境に身を置くことが面倒だと思っている精神構造が,なにより問題なのだろう。

子供達は幼稚園や保育所,アパートの子供達との遊びの中で,数字や挨拶,「トイレ行きたい」などの簡単なフレーズは喋るようになっている。ヨメ氏も(第2外国語がドイツ語だったらしいが)2桁の数字が聞き取れるようになってきたらしく,スーパーのレジで言われていることがわかるらしい。ボクはもちろん(?)寮歌で覚えた「アイン・ツバイ・ドライ」しかわからない。

もうちょっと落ち着いたら(つまり科研費シーズンが終わったら)言語習得にも時間を割いてみる,かもしれない。とにかく英語だ。

週末は日帰りで家族旅行(遊びの遠征)をしている。先週末はグリュイエール。まぁ中味は何でも良いんだけど,家族旅行について。

自分の実家は家族旅行をほとんどしなかった。盆正月の帰省(電車バスで1時間半)ぐらい。記憶にある範囲での宿泊付旅行は香住と京都で,香住は台風でほぼ泳げず,京都はバルセロナ五輪と重なって実父はホテルでテレビ観戦していた。それぐらいしか記憶がない。

だから家族旅行の必要性がぜんぜんわからない。単純に自分たち大人が旅行を楽しむことが目的だとすると,自分は家族と一緒だと旅行を楽しめないので,やっぱりいらない。子供に色んな経験をさせることを目的とするなら,週末に遠征する旅行でなくても良いし,むしろ日々の生活の方が重要なんじゃないかと思う。

ヨメ氏の実家は隙あらば家族旅行という具合で「休みだしどこか行こうよ」というのは「おなか空いたからごはん食べよう」ぐらいの勢いだ。おそらく自営業で家族が一緒にいるのがあまりにも当然で,というか家族が別々に行動するという状況の方が珍しいぐらいなので,”家族旅行”というのがほぼニアリーイコールで”旅行”なのだろう。

そう考えると自分の実家は,父親は団塊営業職でほぼ家にいなかったし(いても寝てたし),母親もパートに出ていたので,幼稚園の時から他人の家に預けられていて,小学校からカギっ子で,中学では熱心に部活,高校ではバイトと塾,大学からは独り暮らしと,「家族と一緒にいる」という状況の方がむしろレアだった。だから妻と子供という単位の家族構成になった今でも「家族と一緒」という状況そのものに居心地の悪さを感じるのだろう。

それぞれの子供と二人きりになれば,人間同士として付き合うことができる。でも「家族」って単位で行動するのが,何とも「気持ち悪い」。自分は一個人として振る舞いたいのだけれど「父親」という役割がまとわりついてくるからだろうか。ヨメ氏は専業主婦指向というか,昭和的な母親像というか,「家庭にあって夫を支え子供を育む妻」的なものを理想として抱いているような気がしているので,そうなるとそのカウンターとして自分には「父親」的なモノを求めているのではないかと感じないわけではない(このあたり他人の心情なので表現が大変にむずかしい)。家族旅行について不満に思ったりしていたけど,根本的には「家族像」が夫婦でかなりかけ離れていることがあるんだな。ちょっとそこについて「臭いものにフタ」的な対応を続けすぎたのかもしれない。

書き始めた時に思っていたところと違う場所に着地しちゃった。まぁそういうこともあるわな。

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HN:
kawagucci
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非公開
自己紹介:
海洋系の某独法で働く研究者が思ったことをダラダラと綴っています
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