自由と信念の箱船で恍惚と不安を抱きストロングスタイルで爆進します!
けん玉プロジェクト、実施しました
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ご支援、ご協力いただいた皆さまへの感謝を込めて、
簡単にご報告いたします
まず下記はすべて「ボクが見た」「5月14日土曜の大槌町」の様子であり、
他の時期や被災地の状況と同一視することはできないでしょうから、
その点は留意ください
==感想==
剣玉を渡したとき、子供に笑顔が見られた
それがたとえ一過的なものであったとしても、
一瞬でも笑顔になってくれたことが何より嬉しかった
これだけで大成功だと思った
(写真3葉を末尾掲載)
(写真3葉を末尾掲載)
被災地では子供同士が集まって過ごしているようだが、
外は風塵もひどく、また大きな広場は自衛隊などの駐車スペースになっており、
サッカーなど外でのスポーツは出来ない状況で、
避難所の子供たちは寝転んで本などを読んでいた
実際のところ、
剣玉を渡すまでは、剣玉というものが受け入れられるか自信が無かった
でも、剣玉(や縄跳び)のような、
狭いスペースで、一人でも皆でも、体を動かしながら遊べる遊具は、
学校の先生に前向きな印象で受け入れられたようだった
「学年全員分が無いと、中途半端には受け取れない」
という思いもあるようだったが、
150本持っていったので、その問題はクリアできていた
これは剣玉とは直接は関係ないが、
被災地の現状を自分の目で見られて良かった
写真で見たような風景ではあるが、
自分の目で見るとまったく実感が異なる
すでに燃料も入ってきていて、道路状況も戻ってきているので、
可能な人は、ボランティアなどせずとも、
見るだけで良いので、行くべきだろう
むしろ5/14時点の大槌町においては、
素人の体力自慢程度のボランティア力では、
街の復興といういみでは、まだまだ役に立つことはできない様子
(自衛隊、土木事業者などの重機が求められている状況という意味)
そういう意味で、
子供のケアという視点に集中して実行したことが結果的に成功だった
と、
上記、すべて自画自賛ですが、その意味で、
つまりは「自分は何もしていない」という気持ちを払拭できたという意味でも、
関東圏の住人としては良かったな、と思う
と、またも自画自賛(すんません)
==事前準備状況==
けん玉協会認定の「新富士」を100本購入
ゼニがどこかから協会非認定のものを50本入手
協会関係者の方から教本15冊提供いただく
さらにオシャフネさんがナワトビと折り紙を適当量追加
==記録==
5/14
3:30起床
4:00朝比奈IC(横横道路)出発
5:10柏AORI到着
ヤマネが路上で待っていたので熱烈ハグ
5:30出発
タダとオーツカ君と3人で出発
11:30遠野の手前で給油
ガソリン不足ということは無い様子
13:00大槌手前の鵜住居に至る
絶句、言葉がない
トンネルをくぐって町に曲がる交差点
角のローソンは開いていたが海側のマストは無残な姿
駅前を通過してORI沿岸センター
泊り込んで実験した施設が、
ひょうたん島へのピアが、
船舶観測用具の倉庫が、
もう表現しようがない状況
ここでタダが突然「イワマさんち行こうや」と言い出す
イワマさんはセンター宿舎の寮母さん
おうちを訪問し温かく迎えてもらい、当時から今に至る話を色々と聞く
いつもどおりの軽い口調で話されるが、やはり壮絶な状況だった様子
電気40日目、水道50日目に回復したが、それでも大槌町全体で言えば早いほうとのこと
さらにあの元気なイワマさんも今後の復興という話になると、
「本当に復興できるかねぇ・・・」という具合
やはり傷は深いのだろう
大槌小の生徒会長にタダが剣玉を仕込む
むしろイワマ旦那さんが熱中していたが、
結局3時間、イワマさんちで剣玉を楽しむ
生徒会長の担任と連絡をとり、大槌小へは剣玉を後日受け渡す算段
16:00赤浜小へ
グラウンドは駐車場と焚き火でいっぱい
体育館が避難所になっているが、一見して子供は見当たらない
イワマさんが先生(?)に話をつけてくれて、先生が子供を集めてくれる
すると奥から出てくるわ出てくるわ、総勢20名ぐらい
剣玉のダンボールを開けたら子供がみんな取りに来てくれて、
そのままみんなでカチャカチャと楽しむ
剣玉2段のタダ先生が妙技を見せると、子供たちは大喜び
さらに自分でもやろうとチャレンジしはじめる
子供たちには笑顔が見られた
17:00大槌町離脱
5/15
01:30柏AORI着
総走行距離1400km
(朝比奈ー柏ー大槌ー柏ー朝比奈)
総走行時間20時間
(柏ー大槌は片道で9時間弱)
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