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自由と信念の箱船で恍惚と不安を抱きストロングスタイルで爆進します!
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モラトリアムを,
「人間の成長の中で社会的責任を猶予される期間。学生生活はよくモラトリアム期間と言われる」
ということにすると,
じゃあその期間にはいったい何をどうすればいいのだろうか。

つまり,
なぜ社会的責任を猶予されているのか。
どうして猶予期間が必要なのか。

それはたぶん,
親が子に対して責任を持つ「子供」の期間から,
自らが責任を持たねばならない「大人」の期間に移行するのに,
心身(生活能力を含む)を適合していくためなんだろう。

親と子の関係は,ある意味で「主従」であるわけで,
つまり,
「従」から「主」への切り替えの促進が,
モラトリアム期間に,
つまりは大学(教養)教育に求められているものなんじゃないか。

偏見を承知で言えば,
高卒でそのまま就職するということは,
「親」から「雇用主」へと「主」が変わるだけで,
「従」であるという自分自身には変化がないのかもしれない。
もちろん,昨今はオンザジョブトレーニング(OJT)などと言われるが,
仕事を通じて人格が独立していくという考え方もあろう。
とはいえ,まず職に就いた時点では,「従」なのだろう。

これは単に高卒・大卒という話では無く,
「ブルーカラー」が「従」でなければならない性質であるのに対し,
「ホワイトカラー」が「主」であることが認められている,
という具合に解釈しても良いかもしれない。

そうやって考えていくと,
同世代の半数以上が大学に進学するってのは,
半数以上がホワイトカラー予備人員になるってことかもしれないけど,
社会構造的に,そんなにホワイトカラーっていらないだろうから,
「大卒だけどブルーカラー」って層がかなり分厚くなってきて,
そうなると,
大学がモラトリアム期間を過ごす場で,
学生を「従」から「主」に変える場で,
ってのは,
だんだん無理になってくるのかもしれない。
つまり,
大学で従から主へとアイデンティティを変化させたけど,
社会に用意されている仕事はブルーカラーしかない,みたいな。




これはあんまり良い筋の展開じゃない。
やめやめ。

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