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自由と信念の箱船で恍惚と不安を抱きストロングスタイルで爆進します!
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年始の宴会を過ぎた頃からダイエットをはじめた。
動機は色々とあって,もう一度フルマラソンとか,体質の改善とか,
まぁとにかく太り気味で醜かったことは間違いないのでやってみた。
やったことは,
体重と食事内容を朝晩に記録する,夕食は炭水化物を抜く,の2点。
夕食の茶碗に白米を盛るかわりに冷や奴を盛って,それ以外は普通の食事。
間食は控え,朝食のコンビニパンもやめ,牛丼や弁当にした。
2月末時点で86から70まで16キロも落ちて,あとはそのまま今に至る。
体重の数字はさておき,体型は完全に変わった。
脂肪とともに筋肉も落ちたようで,体感的には衰えた。
痩せたことで体質が今まで以上に繊細になった。
酒でも船でも酔いやすくなったし,すぐに胃が痛くなるようになった。
今までが鈍感だったと考えれば,
これも改善と捉えられるのかもしれないけど。
肉体的には疲労の回復が遅くなった。
痩せていきながら筋肉をつけるべきだったが,何もしないまま。
2013年は簡単なトレーニングを日々続けようと思う。

あとは飲食習慣の改善。
東洋医学的に見てボクの症状は「冷・甘・水」が過剰で,
特に消化器系の内臓機能が低下している状態らしい。
中国整体のオッサンに言うには,
「生活習慣病は,生活習慣から病気になることではなくて,
 そんな生活習慣が常態化していること自体がそもそも病気」らしい。
ということで,
最大悪とされるコーラ・ビールはもとより,
ケーキやチョコなどの加工砂糖製品もダメとのこと。
良い代替品を模索していかねばならないが,
とりあえず2013年は「冷・甘・水」を控える生活にしてみよう。

職業的には1月に面接をして3月にポスドクではない研究員になった。
いわゆる「読売グループ内の人事異動」もあって所属はかわったが,
仕事をする上では何も変化がないまま。
2012年は首席2回以外は航海に行っていない。D3以来の少なさ。
さらにコバヤシさんも卒業,コンノの加入もあって,
実験とか観測とかいう意味では本当に何もしていない1年だった。
その割には論文が出たわけでもなく,本当に何をしていたのかわからない。

6月に息子がうまれ7月から家族4人での生活をはじめた。
これまで目覚ましを使わず朝起きたらそのまま出勤する生活だったが,
朝は子供たちとご飯を食べてお風呂に入れてからの出勤になった。
朝のフレッシュな頭で仕事に向かうことが出来なくなった。
家庭内に書斎を作ろうと模索もしたが,
そもそも家で勉強や仕事をする習慣が無いし,
時間的な制約が大きくてうまく機能しなかった。

さらに子供が2人になると,母親1人ではカバー出来ないことが多く,
なにかと家庭的な任務に従事せねばならなくなった。
そんな生活をする中で,
核家族・専業主婦という形態に対する疑問が前よりも深まり,
精神的にしんどくなってきた。
自分が一人で家族を養うだけのカネを稼がねばならない中で,
その自分がカネを稼ぐ意味の仕事に従事できないというのは,
どう考えても矛盾に満ちていて,自分の現状に対して納得が出来ない。
何をもって家族なのかとか考え出すとキリがないので,
今に至ってなお悶々としながらの生活が続いている。

研究を続けること自体に対する罪悪感も日に日に増してきている。
科学が人の生活を豊かにするとしても,
やはり負の側面みたいなものもあって,
だから,
大勢で必死になってスピードをあげて取り組むものじゃないと思う。
科学の本質的な部分を考えると,
ってそれが何なのかは明確には言えないのだけれども,
「ゆっくりで良いじゃない」
「立ち止まって考えて,また歩き出せば良いじゃない」
と思っている。
でも今の科学業界は競争原理ばかりで,
科学の負の側面に気付きながらも,それを「必要悪」と言い張っている。
ボクの中にそれを「下品」と感じる部分があって,
そういうところから距離を置きたいと考えている。
とか言いながら,
当面の自分の生活のための稼ぎを得るために科学を続けていて,
そういう自分も下品だなぁと思っている。

政治や経済や社会の諸々をながめていて,
実質的な意味での教育の不調を感じる。
それは先に言った科学の負の側面に対する態度も含まれるけど,
日本人の知性や態度が,かなり危険な水域にきていると思う。
そう考えた時に,
教育という部分に自分が携わるべきなんじゃないか,
という気持ちが強い。

家庭内の教育,学校教員としての教育,それ以外の方法での教育。
今一番現実的な選択肢である,
「自身の子供と暮らしながら大学教員」
というのが,
自分が関わることができる人間の数と強度を考えた時に,
果たして最適解なのかどうか,と悩む。
ものすごく身近にいる人に対して,
かなり強い強度で話をしても伝わっていないということがあったり,
逆にパッと会って話しただけで感じ入っていたり,
その辺りは判断が難しい。
極論的には,
家庭的な密着感で双方向性を重視するのか,
マスに対して投げっぱなしでいくのか,になるのかな。
ボクは「ああせい,こうせい」というのは極力言わないで,
「自分はこう考えている」「お前はどう考えているんだ」
というスタンスで他人と接するようにしている(つもり)。
でも,ボクがボクの意見を伝えた時に,
それを強要や強制や絶対解みたいに受け取られることが多くて,困る。
これまた悩ましい。
細かいところのあれこれはさておき,
つまるところ現実的な落としどころとしては,
「科学研究をしない大学教員」になりたいわけです。
理想的には「私塾」なのだけれども,
そうなると家族の問題がまたしても浮上したりして,
ぐるぐるしてしまいます。
2013年は,
「消費型科学研究からの脱却」とか,
「高等教育の理想と実践」とか,
そういうようなものを模索していくってことになるんだろうか。

まぁ,ゆっくりやっていこう。
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kawagucci
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自己紹介:
海洋系の某独法で働く研究者が思ったことをダラダラと綴っています
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