自由と信念の箱船で恍惚と不安を抱きストロングスタイルで爆進します!
主著者・コレスポ著者・共著者で、役割が違うみたいな話。
まぁ実践的にはそうかもしれん。
でも一応の理念上は、すべての著者は等しく責任があるという設定じゃないのか。
ボクはそう(すべての著者の責任は等しいという理念があると)思っているのだけど、
大部分の人はそう思ってはいないように感じる。
これはジャパンだからなのか、国際的にそうなのか、それはわからんけども。
コレスポについては、単なる連絡担当係だと思っている。
だから全然重視していない。
慣習的にボスキャラである証拠みたいになってるけど、そんなん知らん。
投稿作業みたいな面倒なことを担当してくれるんだから「どうぞどうぞ」である。
自分が共著者である場合。
自分が主著者で書き進めるのと同じ強度で原稿に向かう。
世間的には「主著者を尊重して」「主著者の書きたいように」という意識があるようだ。
そこは中身の意味で、つまりデータの吟味を一番深くしているだろうから、
詳細な部分の書きぶりに見えない背景があっての文脈が込められていることもあると思う。
そんな文脈を残しておくべきだろうと考えることも、ありえるとは思う。
でも、まずはそんなことは忖度しないで、書いてあることをそのまま読んでコメントする。
まったくの書き直しや、大規模な組み替えも提案する。
共著者側から提示されるものに対して、主著者がどう対応するかの問題であって、
最初から主著者(の心情?)を慮って、共著者側から薄い反応しか返さないのは、ありえない。
ありえないというか、原稿を向上させる意味で、それじゃ役立たずだ。
主著者が共著者のコメントを反映するか否かは、主著者の判断だ。
その結果、共著者として重要だと思うコメントが反映されないならば、
なぜ反映しないのかと説明を求める権利が共著者にはあるし、主著者はそれに回答する義務がある。
それが出来ない場合は(過去に実際そういう事態があったけど)、共著者から抜ける。
投稿原稿に責任が持てない(納得がいっていない)以上、著者であり続けるべきではない。
自分が主著者である場合。
ボクは自分が共著者である場合と同じぐらいの貢献を、共著者に求める。
求めるけど、返ってくるのは「一般的な共著者」の水準の内容でしかない。
これはとても困る。
困るんだけど、それ以上のことを要求は(基本的には)しない。
たぶん、共著者としては「主著者のことを慮って」いるのだろうから。
そんな配慮はいらないし、その心持ちは原稿の向上に振り向けてもらいたい。
まだ原稿にインプットが欲しくて回覧した時には何の返事もしなかった共著者が、
投稿原稿への承認を求めるメイルには即レスだったりすることは、しばしばある。
しばしばというか、とても頻繁にある。
共著業績が増えてラッキーとか思っているのだろうか。
そういうのマジファ◎ックです。
研究者の看板を降ろしてもらいたいね。
じゃあ「著者に誰を含めるのか」という、いつもの問題になる。
ひとつは「ラボテクは共著に加えるべきか」問題。
うちの研究所では「会社が人件費を払っている職員」であるラボテクが多い。
論文に使うデータの多くは、ラボテクから出てくる。
研究成果への貢献はとても(とてもとても)大きい。
しかし、うちのラボテクの多くは、英語の原稿を通読できる能力がない。
ボクは「英語を読めない人は原稿に責任を持てない」という理由で「著者に含めない」ことにしている。
要するに「研究に対する貢献」よりも「原稿に対する責任」の方を重視する。
だからもちろん、英語の読み書きが出来る人は、ラボテクだろうが著者に加える。
この辺りは、同部署の同僚でも、人によって判断が異なる。
多くの場合は「著者に含める」ようにしていると思う。
おそらく、ラボテクの人事評価に配慮しているのだろう。
あるいは「誰も損はしない」のだから著者に加えるという判断もあるだろう。
他人の判断については、思うところはあるが、口は挟まない。
ボクの中では、ラボテクどうする問題よりも厄介なのが、研究者の共著者だ。
先に述べた「看板を降ろしてもらいたい」部族の方々。
成果に関わるデータを出している。
個人の能力として論文の読み書きは出来る。
だから最初から著者群に加えることになる。
しかし、とにかく原稿に対してウンともスンとも言わない。
でも投稿承認のメイルには返事をする。
とても(とてもとても)態度が悪い。
なんだかなぁ、である。
まぁ実践的にはそうかもしれん。
でも一応の理念上は、すべての著者は等しく責任があるという設定じゃないのか。
ボクはそう(すべての著者の責任は等しいという理念があると)思っているのだけど、
大部分の人はそう思ってはいないように感じる。
これはジャパンだからなのか、国際的にそうなのか、それはわからんけども。
コレスポについては、単なる連絡担当係だと思っている。
だから全然重視していない。
慣習的にボスキャラである証拠みたいになってるけど、そんなん知らん。
投稿作業みたいな面倒なことを担当してくれるんだから「どうぞどうぞ」である。
自分が共著者である場合。
自分が主著者で書き進めるのと同じ強度で原稿に向かう。
世間的には「主著者を尊重して」「主著者の書きたいように」という意識があるようだ。
そこは中身の意味で、つまりデータの吟味を一番深くしているだろうから、
詳細な部分の書きぶりに見えない背景があっての文脈が込められていることもあると思う。
そんな文脈を残しておくべきだろうと考えることも、ありえるとは思う。
でも、まずはそんなことは忖度しないで、書いてあることをそのまま読んでコメントする。
まったくの書き直しや、大規模な組み替えも提案する。
共著者側から提示されるものに対して、主著者がどう対応するかの問題であって、
最初から主著者(の心情?)を慮って、共著者側から薄い反応しか返さないのは、ありえない。
ありえないというか、原稿を向上させる意味で、それじゃ役立たずだ。
主著者が共著者のコメントを反映するか否かは、主著者の判断だ。
その結果、共著者として重要だと思うコメントが反映されないならば、
なぜ反映しないのかと説明を求める権利が共著者にはあるし、主著者はそれに回答する義務がある。
それが出来ない場合は(過去に実際そういう事態があったけど)、共著者から抜ける。
投稿原稿に責任が持てない(納得がいっていない)以上、著者であり続けるべきではない。
自分が主著者である場合。
ボクは自分が共著者である場合と同じぐらいの貢献を、共著者に求める。
求めるけど、返ってくるのは「一般的な共著者」の水準の内容でしかない。
これはとても困る。
困るんだけど、それ以上のことを要求は(基本的には)しない。
たぶん、共著者としては「主著者のことを慮って」いるのだろうから。
そんな配慮はいらないし、その心持ちは原稿の向上に振り向けてもらいたい。
まだ原稿にインプットが欲しくて回覧した時には何の返事もしなかった共著者が、
投稿原稿への承認を求めるメイルには即レスだったりすることは、しばしばある。
しばしばというか、とても頻繁にある。
共著業績が増えてラッキーとか思っているのだろうか。
そういうのマジファ◎ックです。
研究者の看板を降ろしてもらいたいね。
じゃあ「著者に誰を含めるのか」という、いつもの問題になる。
ひとつは「ラボテクは共著に加えるべきか」問題。
うちの研究所では「会社が人件費を払っている職員」であるラボテクが多い。
論文に使うデータの多くは、ラボテクから出てくる。
研究成果への貢献はとても(とてもとても)大きい。
しかし、うちのラボテクの多くは、英語の原稿を通読できる能力がない。
ボクは「英語を読めない人は原稿に責任を持てない」という理由で「著者に含めない」ことにしている。
要するに「研究に対する貢献」よりも「原稿に対する責任」の方を重視する。
だからもちろん、英語の読み書きが出来る人は、ラボテクだろうが著者に加える。
この辺りは、同部署の同僚でも、人によって判断が異なる。
多くの場合は「著者に含める」ようにしていると思う。
おそらく、ラボテクの人事評価に配慮しているのだろう。
あるいは「誰も損はしない」のだから著者に加えるという判断もあるだろう。
他人の判断については、思うところはあるが、口は挟まない。
ボクの中では、ラボテクどうする問題よりも厄介なのが、研究者の共著者だ。
先に述べた「看板を降ろしてもらいたい」部族の方々。
成果に関わるデータを出している。
個人の能力として論文の読み書きは出来る。
だから最初から著者群に加えることになる。
しかし、とにかく原稿に対してウンともスンとも言わない。
でも投稿承認のメイルには返事をする。
とても(とてもとても)態度が悪い。
なんだかなぁ、である。
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アイデア勝負の論文を投稿していたのだけど、とても厳しい査読結果が返ってきた。
コメントを読むと「まったくおっしゃる通り!」という内容。
今回の論文に限らず、厳しい査読結果に触れるとフッと湧き上がる思いがある。
査読者が、ボク自身よりも、一番真摯にボクの研究に向き合ってくれている、と。
じっくり検討して最後まで詰め切って書いたという自信がないからなんだろうな。
あるいは、勉強不足の自覚があるから、そこを突かれて狼狽しているのかもしれない。
さらに、これは自分の暗部だなぁ、と嫌な気分になるのだけども。
その流れで、一緒にやってる研究者を呪ってしまうのだよね。
議論してくれない、高めあってくれない、と。
「こんなアイデアを考えた!」と吹っかけた時に「結構なお点前で」的な反応しか無い。
レベルが低いんだよ、みんな。
そしてそれ以上に自分。
Tweet
コメントを読むと「まったくおっしゃる通り!」という内容。
今回の論文に限らず、厳しい査読結果に触れるとフッと湧き上がる思いがある。
査読者が、ボク自身よりも、一番真摯にボクの研究に向き合ってくれている、と。
じっくり検討して最後まで詰め切って書いたという自信がないからなんだろうな。
あるいは、勉強不足の自覚があるから、そこを突かれて狼狽しているのかもしれない。
さらに、これは自分の暗部だなぁ、と嫌な気分になるのだけども。
その流れで、一緒にやってる研究者を呪ってしまうのだよね。
議論してくれない、高めあってくれない、と。
「こんなアイデアを考えた!」と吹っかけた時に「結構なお点前で」的な反応しか無い。
レベルが低いんだよ、みんな。
そしてそれ以上に自分。
39になった。
このままいけば、次は40だ。
年齢はただの数字だし、ましてキリ番()に意味はない。
しかし、自己変革する理由にするには最適だ。
最近、肉体的不調が続いている。
数年つづく左太股外側の神経不調。
上半身左側に偏る腰・背中・脇・首の癖と痛み。
右手首から前腕にかけての鈍痛(12月航海以降か)。
首のアトピー(マスク代わりフェースカバーのこすれ)。
などなど。
コロナ禍の一年、360日ほど飲酒して、毎日コーヒーと甘いものを食べた。
目に見えて体型も体重も悪化した。
目に見えない内臓機能も、たぶん悪化している。
39歳の2021年度は、何はなくとも、体調回復に努める。
まずはダイエット。
2008年2月の東京マラソンで68kg、その後の1人暮らしダイエットで72kg。
40歳は、少なくとも72kg、出来れば70kgで迎える。
多少、筋肉が落ちてもかまわない。
運動量はすでに十分なので、無闇に食べなければ、すぐに痩せるはず。
次に飲酒習慣の改善。
まあ飲まないだけだから、やればできる。
あとは大量飲水の習慣。
乾燥肌を避け、筋肉を柔らかくする。
食事とコーヒー以外に、1日2Lの水道水。
いきなり20日間の航海なので、徹底してみようと思う。
Tweet
このままいけば、次は40だ。
年齢はただの数字だし、ましてキリ番()に意味はない。
しかし、自己変革する理由にするには最適だ。
最近、肉体的不調が続いている。
数年つづく左太股外側の神経不調。
上半身左側に偏る腰・背中・脇・首の癖と痛み。
右手首から前腕にかけての鈍痛(12月航海以降か)。
首のアトピー(マスク代わりフェースカバーのこすれ)。
などなど。
コロナ禍の一年、360日ほど飲酒して、毎日コーヒーと甘いものを食べた。
目に見えて体型も体重も悪化した。
目に見えない内臓機能も、たぶん悪化している。
39歳の2021年度は、何はなくとも、体調回復に努める。
まずはダイエット。
2008年2月の東京マラソンで68kg、その後の1人暮らしダイエットで72kg。
40歳は、少なくとも72kg、出来れば70kgで迎える。
多少、筋肉が落ちてもかまわない。
運動量はすでに十分なので、無闇に食べなければ、すぐに痩せるはず。
次に飲酒習慣の改善。
まあ飲まないだけだから、やればできる。
あとは大量飲水の習慣。
乾燥肌を避け、筋肉を柔らかくする。
食事とコーヒー以外に、1日2Lの水道水。
いきなり20日間の航海なので、徹底してみようと思う。
0から1を見出す
1を8まで進める
8を10まで仕上げる
ボク自身は、
0から1が出来ないかと考えることが好きで、
1から8を素早くすることが得意で、
8から10はまったく苦手で興味もない
この辺りに、研究の進め方の個性が出ると思う。
Tweet
1を8まで進める
8を10まで仕上げる
ボク自身は、
0から1が出来ないかと考えることが好きで、
1から8を素早くすることが得意で、
8から10はまったく苦手で興味もない
この辺りに、研究の進め方の個性が出ると思う。
何もしない日々が過ぎていく。
これが「定年制ボケ」なのだと言われたら、それまでだ。
研究に対する内発的動機がないから、強制力がないと研究から離れてしまうのだ。
書かねばならないデータはある。
しかし、どうにも没入できない。
研究グループとしてどうかとなると、よりダメだ。
互いの顔が見えすぎるほど見えるのに、研究の中身が見えない。
とても(とてもとてもとても)悪い状態にある。
ある種の「不信感」とさえ言えるかもしれない。
ここまで至ってしまうと、如何ともしがたい。
この部分の対策は、本気で考えている。
じゃあ狭義の研究を離れて、広義の研究はしているのかというと、こちらもダメだ。
手を広げるフェーズであることには意識的だが、それぞれの勉強があまりに不足している。
それぞれの計画で、孤独に進めるしかない状況は、かなりツラい。
議論しながら修正して進んでいきたいが、議論の壁になる相手が見つからない。
グループとしての機能不調が、ここにも関わってくるわけだ。
立ち直れなくなるほどツラくなる前に、劇的な手を打つしかない。
そんなことはしたくないけど、仕方ないのだろう。
まずは整理・整理・整理
Tweet
これが「定年制ボケ」なのだと言われたら、それまでだ。
研究に対する内発的動機がないから、強制力がないと研究から離れてしまうのだ。
書かねばならないデータはある。
しかし、どうにも没入できない。
研究グループとしてどうかとなると、よりダメだ。
互いの顔が見えすぎるほど見えるのに、研究の中身が見えない。
とても(とてもとてもとても)悪い状態にある。
ある種の「不信感」とさえ言えるかもしれない。
ここまで至ってしまうと、如何ともしがたい。
この部分の対策は、本気で考えている。
じゃあ狭義の研究を離れて、広義の研究はしているのかというと、こちらもダメだ。
手を広げるフェーズであることには意識的だが、それぞれの勉強があまりに不足している。
それぞれの計画で、孤独に進めるしかない状況は、かなりツラい。
議論しながら修正して進んでいきたいが、議論の壁になる相手が見つからない。
グループとしての機能不調が、ここにも関わってくるわけだ。
立ち直れなくなるほどツラくなる前に、劇的な手を打つしかない。
そんなことはしたくないけど、仕方ないのだろう。
まずは整理・整理・整理
メッシ問題。
世界最高のプレイヤーであるメッシ。
ピッチ上ですべてを解決できるプレイヤー。
メッシは、単にプレイヤーとして優れているだけだ。
いや、プレイヤーとして優れているだけ"だった"、という話をこれからするのだけども。
メッシの存在は、もはやイチプレイヤーとしての枠を超えている。
メッシのプレイは、ピッチ上の問題を隠してしまう。
選手の人事はもちろん、監督の人事にも、メッシの意見は影響を及ぼすという。
メッシの在籍期間はクラブ最長である。
メッシをかわいがったコーチや先輩、対等に話ができるプレイヤーは、クラブを去っている。
メッシのアイコンとしての価値は、クラブの価値と比肩している。
経営陣も、メッシの意向は無視できない。
メッシが少し不満を漏らせば、周囲があわてふためく。
メッシが少し褒めると、贔屓と嫉妬が渦巻く。
本人はまったく望んでいないのに、すべてがとても大きく受け取られる。
メッシは、たぶん、ただ単に楽しいサッカーをプレイしたいだけなのに。
メッシが楽しみを求めることが、大きなことになりすぎている。
そういう存在になってしまったメッシは、この後、どうすべきなんだろうか。
バルセロナに残ってプレイを続けるのか。
バルセロナを去ってプレイを続けるのか。
プレイを止めるのか。
王の末路を造ることは、難しい。
王の末路は、本人にしか造れない。
王として最大の仕事であると同時に、とても私的なことだ。
Tweet
世界最高のプレイヤーであるメッシ。
ピッチ上ですべてを解決できるプレイヤー。
メッシは、単にプレイヤーとして優れているだけだ。
いや、プレイヤーとして優れているだけ"だった"、という話をこれからするのだけども。
メッシの存在は、もはやイチプレイヤーとしての枠を超えている。
メッシのプレイは、ピッチ上の問題を隠してしまう。
選手の人事はもちろん、監督の人事にも、メッシの意見は影響を及ぼすという。
メッシの在籍期間はクラブ最長である。
メッシをかわいがったコーチや先輩、対等に話ができるプレイヤーは、クラブを去っている。
メッシのアイコンとしての価値は、クラブの価値と比肩している。
経営陣も、メッシの意向は無視できない。
メッシが少し不満を漏らせば、周囲があわてふためく。
メッシが少し褒めると、贔屓と嫉妬が渦巻く。
本人はまったく望んでいないのに、すべてがとても大きく受け取られる。
メッシは、たぶん、ただ単に楽しいサッカーをプレイしたいだけなのに。
メッシが楽しみを求めることが、大きなことになりすぎている。
そういう存在になってしまったメッシは、この後、どうすべきなんだろうか。
バルセロナに残ってプレイを続けるのか。
バルセロナを去ってプレイを続けるのか。
プレイを止めるのか。
王の末路を造ることは、難しい。
王の末路は、本人にしか造れない。
王として最大の仕事であると同時に、とても私的なことだ。
しかし研究指導が失敗する類型というのは確実にある。
それは避けねばならん。
弊社には国際ポスドク制度というのがある。
年々名前が変わっている気がするが、制度としては変わっていない。
分野を問わず、何でも良いから、弊社で研究をしたいポスドクを公募する。
毎年6名ぐらい採用枠がある。
任期は3年間、公募にかかる書類はすべて英語、というもの。
1次が書類審査、2次が全職員参加可能な公開セミナー。
それなりに妥当なメンバーが選出されているように思う。
「好きなことをやっていい」
「ファシリティは自由に使っていい」
そういう呼びかけをしている。これは非常に魅力的である。
しかし現実には、うまく回っていない。
既存の職員は「国際ポスドクは(便宜上の所属はあるが)自由独立である」と言われている。
これを真に受けて「余計なことは言わないよう」に接する。
そもそもシャイなので、そんな態度をとろうとすると、まったく会話が発生しない。
何も知らないところにポンと放り込まれて、誰に何を聞けば良いかもわからない。
そんな状態に置かれる国際ポスドク達。
教育や指導の要諦は「待つ」「引き出す」と言われている。
しかし間違えてはいけない。
「待つ」というのは「何もしない」ではない。
「引き出す」というのは「引っ張りだす」ではない。
安全安心な場を作って、適当に刺激を加えて、「待つ」のだ。
そうすると、研究指導の要諦は「便宜を図る」ことなのかもしれない。
必要十分な水準を想定して情報と素材と機会を紹介する。
ハードルの低い投書箱として存在しておく。
適当なタイミングで飴(と鞭)を差し出す。
そんなことを考えている。
Tweet
それは避けねばならん。
弊社には国際ポスドク制度というのがある。
年々名前が変わっている気がするが、制度としては変わっていない。
分野を問わず、何でも良いから、弊社で研究をしたいポスドクを公募する。
毎年6名ぐらい採用枠がある。
任期は3年間、公募にかかる書類はすべて英語、というもの。
1次が書類審査、2次が全職員参加可能な公開セミナー。
それなりに妥当なメンバーが選出されているように思う。
「好きなことをやっていい」
「ファシリティは自由に使っていい」
そういう呼びかけをしている。これは非常に魅力的である。
しかし現実には、うまく回っていない。
既存の職員は「国際ポスドクは(便宜上の所属はあるが)自由独立である」と言われている。
これを真に受けて「余計なことは言わないよう」に接する。
そもそもシャイなので、そんな態度をとろうとすると、まったく会話が発生しない。
何も知らないところにポンと放り込まれて、誰に何を聞けば良いかもわからない。
そんな状態に置かれる国際ポスドク達。
教育や指導の要諦は「待つ」「引き出す」と言われている。
しかし間違えてはいけない。
「待つ」というのは「何もしない」ではない。
「引き出す」というのは「引っ張りだす」ではない。
安全安心な場を作って、適当に刺激を加えて、「待つ」のだ。
そうすると、研究指導の要諦は「便宜を図る」ことなのかもしれない。
必要十分な水準を想定して情報と素材と機会を紹介する。
ハードルの低い投書箱として存在しておく。
適当なタイミングで飴(と鞭)を差し出す。
そんなことを考えている。
我が意を得たりのツイートに出会った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
白石忠志 @ShiraishiJP
今の自分の専門も大事にしたいのですが、自分の興味関心を再定義して10年後くらいには全く違う分野に詳しい人になっていたいとも思うのです。
午前0:29 · 2021年2月22日
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ここ数年で、この再定義というのを終えた感触がある。
具体的な契機はないのかもしれないが、スイスに行って帰ってきてから、かな。
教員公募で不採用だったことがトリガーになっている気もする。
これまで「メタンを中心とした同位体地球化学で生態系構造を解読する」みたいなテーマで研究を進めてきていた。
博士論文のテーマでもあり、定義するでもなく自分の研究として定着していた。
今もこれは続けているし、たぶんこれからも(後継者が育つまでは)続けることになると思う。
でも、もう自分の興味関心の中心は、ここにはない。
自分の興味関心というと、ちょっとそぐわないかもしれない。
正確には、自分が為すべき(成すべき?)こと、みたいな概念だ。
これは明確に定義できている。
メタンの地球化学という時代からすれば、これは再定義と言えるだろう。
『自身に備わった深海(底)生態系に関する知見と調査経験』を活用し、
『人類の深海利用拡張と環境影響評価の統合プロジェクト』を牽引することだ。
鉱床養殖も、深海CCSも、サウンドスケープも、ポストイベント調査も、古典海洋調査も。
全部をまるっと引き受ける意味づけをした枠組みを作って、それを駆動させる。
そういうマネージャー的な仕事を第一義の仕事に据えて動く。
その上で、1人のプレイヤーとして、欠けている機能を補うために動く。
サウンドスケープ観測だったり、メタンの地球化学だったり。
ここでは、マネージャーたる自分が主で、プレイヤーたる自分は従。
マネージャー的立場からしたら、使い勝手の良いプレイヤーである。
そして、ここまでをベースに進めておきながら、最後の一線でピリッとした研究者であるために、新奇な開発にも取り組む。
再定義は、こんな感じで終わっている。
しかし重要なことは、元ツイートの「全く違う分野に詳しくなる」の部分。
広範な分野を俯瞰するのは得意だけども、やっぱり何かガッと詳しい分野を作りたい。
それには勉強をせねば。
Tweet
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
白石忠志 @ShiraishiJP
今の自分の専門も大事にしたいのですが、自分の興味関心を再定義して10年後くらいには全く違う分野に詳しい人になっていたいとも思うのです。
午前0:29 · 2021年2月22日
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ここ数年で、この再定義というのを終えた感触がある。
具体的な契機はないのかもしれないが、スイスに行って帰ってきてから、かな。
教員公募で不採用だったことがトリガーになっている気もする。
これまで「メタンを中心とした同位体地球化学で生態系構造を解読する」みたいなテーマで研究を進めてきていた。
博士論文のテーマでもあり、定義するでもなく自分の研究として定着していた。
今もこれは続けているし、たぶんこれからも(後継者が育つまでは)続けることになると思う。
でも、もう自分の興味関心の中心は、ここにはない。
自分の興味関心というと、ちょっとそぐわないかもしれない。
正確には、自分が為すべき(成すべき?)こと、みたいな概念だ。
これは明確に定義できている。
メタンの地球化学という時代からすれば、これは再定義と言えるだろう。
『自身に備わった深海(底)生態系に関する知見と調査経験』を活用し、
『人類の深海利用拡張と環境影響評価の統合プロジェクト』を牽引することだ。
鉱床養殖も、深海CCSも、サウンドスケープも、ポストイベント調査も、古典海洋調査も。
全部をまるっと引き受ける意味づけをした枠組みを作って、それを駆動させる。
そういうマネージャー的な仕事を第一義の仕事に据えて動く。
その上で、1人のプレイヤーとして、欠けている機能を補うために動く。
サウンドスケープ観測だったり、メタンの地球化学だったり。
ここでは、マネージャーたる自分が主で、プレイヤーたる自分は従。
マネージャー的立場からしたら、使い勝手の良いプレイヤーである。
そして、ここまでをベースに進めておきながら、最後の一線でピリッとした研究者であるために、新奇な開発にも取り組む。
再定義は、こんな感じで終わっている。
しかし重要なことは、元ツイートの「全く違う分野に詳しくなる」の部分。
広範な分野を俯瞰するのは得意だけども、やっぱり何かガッと詳しい分野を作りたい。
それには勉強をせねば。
出世しかない。以上。
住宅ローンを見たりすると、はよ返したいなぁと思うわけだが、
同業の友人が「夜は株を触って、これまで数百万の利益になっている」とか、
同僚でも「奥さんがずっとフルタイムなので正直金は余っている」とか、
そういうこと言うわけですよ。
焦るわけです。
でも、じゃあ株とか投資をやるかとなると、絶対に向いてない。
ずっとソワソワしちゃう。
副業もそう。そっちが気になって仕方がないはず。
給料爆増を目指して転職活動すれば、金銭的にはワンチャンあるかもしれん。
しかし日常の環境として、今の職業以外は考えられない。
そうなると、結局、出世して給料を上積みしていくしかない。
じゃあどうやって出世するんだというと、自分から出来ることはない。
上から評価されての出世しかないと思うと、なんのことはない、仕事を進めるしかないのだ。
仕事がんばるしかない。
つまんない結論だけども。
Tweet
住宅ローンを見たりすると、はよ返したいなぁと思うわけだが、
同業の友人が「夜は株を触って、これまで数百万の利益になっている」とか、
同僚でも「奥さんがずっとフルタイムなので正直金は余っている」とか、
そういうこと言うわけですよ。
焦るわけです。
でも、じゃあ株とか投資をやるかとなると、絶対に向いてない。
ずっとソワソワしちゃう。
副業もそう。そっちが気になって仕方がないはず。
給料爆増を目指して転職活動すれば、金銭的にはワンチャンあるかもしれん。
しかし日常の環境として、今の職業以外は考えられない。
そうなると、結局、出世して給料を上積みしていくしかない。
じゃあどうやって出世するんだというと、自分から出来ることはない。
上から評価されての出世しかないと思うと、なんのことはない、仕事を進めるしかないのだ。
仕事がんばるしかない。
つまんない結論だけども。
ラボで教員と院生にトラブルが起こった。
これはどうやら教員側に明確な非がある。
そんな場合でも、院生には「解決」にむけた「打ち手がない」。
以下、順を追って考えるべきなのだろうが、まだ生煮えなので、順不同かもしれない。
まず「教員によるハラスメントである」という認定を受けにくい問題。
各機関に「ハラスメント相談室」が設置されるようになった。
聞き及ぶ範囲では、相談室そのものは、よく機能しているらしい。
一方で、相談室に行くハードルは高いままである。
メイルにしても、足を運ぶにしても、心理的な障壁は大きい。
「相談した」ということが漏洩したら怖い、と考えるのも無理はない。
また、大学院のラボ環境は専門ごとにかなりの違いがあり、説明が難しい。
ハラスメントの状況を説明するにも、背景から延々と話すのは面倒で、理解してもらえるか不安である。
相談に至るまでに、そんなハードルがある。
相談できたとして、相談室が信用のできるものかは、正直わからない。
部局の教員が相談員を兼ねていたりすると、守秘義務などガバガバかもしれない。
そうすると、怖くて相談はできない。
相談して、秘密が守られた上で、「あなたのケースはハラスメントと言えます」と認定されたとする。
しかし、相談者の多くは「コトを大きくしたくない」から、外部に公表することがためらわれる。
「コトを大きくしたくない」から、教員への罰を求めない場合もあるだろう。
ワタシが状況から救われれば、それでかまわない。
ワタシと教員の相性の問題であり、教員に罰を与えることは期待しない。
罰によって、結果的にワタシが教員を傷つけることになるのは、ワタシにとって負担である。
しかし、第三者に認定されたことで、気が楽になる効果はあるかもしれないが、実質的には何も変わらない。
当該教員(同僚にも読み替え可)にも、加害者かもしれませんよ、という情報すらいかないかもしれない。
教員から避難するため、同じ部局の中でラボを変えることもありえる。
しかし、同部局には関係者が大勢いるので、明らかに不自然で、噂はすぐに広まるだろう。
被害者であるワタシが移籍をせねばならんのも解せない。
部局を超えて移籍をする可能性もある。
別の部局で似たような研究をしているラボがある場合もある。
しかし、学籍の問題があり、学内といえど、移籍の手続きは容易ではないだろう。
大学を変えるのは、本当に大変だ。
地方大であれば、引越など生活環境の大幅な変更も不可避だ。
私的な出費もかさむし、そこまで築き上げた生活基盤もメチャクチャになる。
費用が補償されるとしても、割に合わない。
そもそもワタシは被害者だ。
仮に当該教員に制裁が下るとする。
しかしワタシは、ラボ同僚は好きなので、ラボ同僚が困るのは本意ではない。
あるいは、ラボで進めている研究には意義を感じているので、進捗を止めたくない。
ワタシは、当該教員だけを抜きにしてこのラボで研究を続けたい、ということもあるだろう。
当該教員にだけ罰が下れば良いが、それはなかなか難しい。
当該教員が逆上したら、ラボ環境も悪化するだろう。
と、こんな具合。
ボクが考える範囲では、どの分岐を辿っても、ツラい。
まず自分に、当該ハラスメント以外の不利益が発生する。
さらに、第三者への影響がデカい。
論点?は大きくわけて2つ。
加害者の処分に解決の意義があるか(第三者の不利益を度外視しても被害者を救済できるのか)
被害者が報われる解決の道筋があるか(学術的・金銭的なサポートを誰がどうやって負うのか)
もちろんハラスメントが無くなれば良いけど、それはまだまだ先だろう。
いま発生してしまう被害者の救済を、的確に行う道筋は見つけておきたい。
学術的な部分を考慮すると、学会の出番という気もするが。
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これはどうやら教員側に明確な非がある。
そんな場合でも、院生には「解決」にむけた「打ち手がない」。
以下、順を追って考えるべきなのだろうが、まだ生煮えなので、順不同かもしれない。
まず「教員によるハラスメントである」という認定を受けにくい問題。
各機関に「ハラスメント相談室」が設置されるようになった。
聞き及ぶ範囲では、相談室そのものは、よく機能しているらしい。
一方で、相談室に行くハードルは高いままである。
メイルにしても、足を運ぶにしても、心理的な障壁は大きい。
「相談した」ということが漏洩したら怖い、と考えるのも無理はない。
また、大学院のラボ環境は専門ごとにかなりの違いがあり、説明が難しい。
ハラスメントの状況を説明するにも、背景から延々と話すのは面倒で、理解してもらえるか不安である。
相談に至るまでに、そんなハードルがある。
相談できたとして、相談室が信用のできるものかは、正直わからない。
部局の教員が相談員を兼ねていたりすると、守秘義務などガバガバかもしれない。
そうすると、怖くて相談はできない。
相談して、秘密が守られた上で、「あなたのケースはハラスメントと言えます」と認定されたとする。
しかし、相談者の多くは「コトを大きくしたくない」から、外部に公表することがためらわれる。
「コトを大きくしたくない」から、教員への罰を求めない場合もあるだろう。
ワタシが状況から救われれば、それでかまわない。
ワタシと教員の相性の問題であり、教員に罰を与えることは期待しない。
罰によって、結果的にワタシが教員を傷つけることになるのは、ワタシにとって負担である。
しかし、第三者に認定されたことで、気が楽になる効果はあるかもしれないが、実質的には何も変わらない。
当該教員(同僚にも読み替え可)にも、加害者かもしれませんよ、という情報すらいかないかもしれない。
教員から避難するため、同じ部局の中でラボを変えることもありえる。
しかし、同部局には関係者が大勢いるので、明らかに不自然で、噂はすぐに広まるだろう。
被害者であるワタシが移籍をせねばならんのも解せない。
部局を超えて移籍をする可能性もある。
別の部局で似たような研究をしているラボがある場合もある。
しかし、学籍の問題があり、学内といえど、移籍の手続きは容易ではないだろう。
大学を変えるのは、本当に大変だ。
地方大であれば、引越など生活環境の大幅な変更も不可避だ。
私的な出費もかさむし、そこまで築き上げた生活基盤もメチャクチャになる。
費用が補償されるとしても、割に合わない。
そもそもワタシは被害者だ。
仮に当該教員に制裁が下るとする。
しかしワタシは、ラボ同僚は好きなので、ラボ同僚が困るのは本意ではない。
あるいは、ラボで進めている研究には意義を感じているので、進捗を止めたくない。
ワタシは、当該教員だけを抜きにしてこのラボで研究を続けたい、ということもあるだろう。
当該教員にだけ罰が下れば良いが、それはなかなか難しい。
当該教員が逆上したら、ラボ環境も悪化するだろう。
と、こんな具合。
ボクが考える範囲では、どの分岐を辿っても、ツラい。
まず自分に、当該ハラスメント以外の不利益が発生する。
さらに、第三者への影響がデカい。
論点?は大きくわけて2つ。
加害者の処分に解決の意義があるか(第三者の不利益を度外視しても被害者を救済できるのか)
被害者が報われる解決の道筋があるか(学術的・金銭的なサポートを誰がどうやって負うのか)
もちろんハラスメントが無くなれば良いけど、それはまだまだ先だろう。
いま発生してしまう被害者の救済を、的確に行う道筋は見つけておきたい。
学術的な部分を考慮すると、学会の出番という気もするが。