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自由と信念の箱船で恍惚と不安を抱きストロングスタイルで爆進します!
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2021年では1報目となる主著論文が出版されました。

Kawagucci, S., Matsui, Y., Makabe, A., Fukuba, T., Onishi, Y., Nunoura, T., and Yokokawa, T.: Hydrogen and carbon isotope fractionation factors of aerobic methane oxidation in deep-sea water, Biogeosciences, 18, 5351–5362, https://doi.org/10.5194/bg-18-5351-2021, 2021.

「年1報は最低ライン」と厳しく言われる会社にあって、今年もなんとか最低ラインは突破できたので安堵しております。2009年に学位を取っての2010年以降、筆頭著者の論文が出なかったのは2015年と2017年の2回ありますが、2015年は日英総説2報が出ており、2017年は最終責任著者論文が1報出ているので、最低ラインは突破し続けてきたといっても許してもらえるのではないでしょうか。なお現状、東北案件は共著者に預けてあり、サウジ案件は軽く書くだけ状態、さらに冷凍装置案件はリジェクトのまま追加観測待ちで塩漬け状態と、2022年と2023年への貯金は十分に用意されている状況であります。貯蓄は大事です。投資ばかりじゃ疲れます。

さて今回の論文のネタですが、2017年春に「みらい」で実施した観測の結果をまとめたものです。2017年春というと、ちょうどスイスに滞在していた時期で、航海計画のアレコレをメイルで連絡していたことを思い出します。当時は、もちろんコロナ禍前ですし、今ほどネット会議は流行していませんでした。一部の方が熱心に繋ごうとしてくれて、でも手慣れていないからトラブル続出、といった具合でしたね。4,5年前ですか。時代を感じます。航海で採取した試料を、科研費雇用の技術スタッフ(実質ポスドク)だった大西雄二さん(現・京大生態研)にも手伝ってもらい同位体分析を進めました。その他のデータは、一緒に乗船したみなさんと、ウチのラボメンバーの頑張りですね。

2018年12月のAGUで同内容を発表していますから、わりとチャッチャか分析を進めてデータを整理していたようです。たぶん当時は「大西さんに書いてもらおう」とか思っていたのだと記憶していますが、その後わりと早い段階で大西さんは転出されてしまい(斡旋したのはボクなので自業自得ですが)、整理されたデータが取り残された状態が続いていました。ようやく今年度になって、2021年4月3日からプロジェクト関係で名ばかり首席の3週間の航海があったもので、時間だけはある(ただしネットには繋がらない)ので暇つぶしがてら執筆に取り掛かったのでした。書き始めたら数日でしたね。いつも通りチェン氏に英文を見てもらって(大幅に修正加筆されて)、共著者に連絡して、6月中旬に投稿。特に厳しいコメントのない査読を経て9月受理。

この論文は「熱水プルーム」「メタン」「同位体比」「微生物代謝」というボクの研究のド真ん中、100%中の100%な内容です。恩師蒲生&師匠角皆の系譜であるプルームメタン同位体の仕事に、高井軍の微生物生態学的なデータも加えたものですから、ここまでの研究者人生の総決算のようなものです。というのは言い過ぎです。そこまでではない。しかしちょうど移籍と時期が重なったのでシンミリした風味が出てしまった。

肝心の内容については、論文を読んでいただければ結構なんですが、とにかくデータが美しい。CTD多連採水器を使って鉛直15m間隔で熱水プルームを採水して色んな成分を分析したところ、鉛直分布で見るとバタバタしたように見える。これに対して、マンガン濃度は熱水海水混合でしか変動しないと仮定して、他成分を規格化することで混合以外での挙動を抽出する。メタン/マンガン比は単調減少が見えて、これはメタン消費だろう、と。メタン/マンガン比とメタン同位体比をプロットすると、概ね1つのトレンドに見える。でもまだパラパラと外れ値がある。そこで1細胞辺りのATP量を見て一桁高い細胞がいた水深にフォーカスすると、16S群集でも明らかに熱水プルームを消費している連中がいる。この層のデータだけを使ってあらためて濃度と同位体組成の関係を見てやると、ものすごくキレイなトレンドが見える。そしてそれはピッタリとレイリー蒸留の対数変化に合うから(かなり小さな誤差で)分別係数を求められる。熱水プルームはメタンが濃いので炭素だけじゃなく水素の同位体比も分析できて、炭素と水素の変動はキレイに直線を示す。おぉ素晴らしい。素晴らしい。

ついつい「オタクの早口」になってしまうわけですが、こういう天然環境観測でこれほど美しいデータが取れると、もう本当に感動してしまうわけです。2つの意味で。

1つには環境と微生物との交わりが分子レベルの基質ー酵素関係で説明できることで、なんだかよくわからない自然ではあるけども、科学が磨き上げた理解で見ると整然と機能しているのだということ。実験室でコントロールした培養系じゃなくって、どこかの海にあるカルデラに充満していた水の中でさえ、こんなにも整然と物事が進行しているのか、と。

もう1つは、そんな自然の働きについての科学の理解を、完全に追認できるだけの技術が存在していて、それを自分とその周辺の人間で上手に利用できていること。船上作業も分析作業も、現代化された奴隷のようなもので、汲んだ水を瓶に移し替える作業とか、瓶に入った水からガスを抽出して冷やしたり温めたりする作業とか、延々と同じことを繰り返して、同じようにすることこそがキモだから本当に同じように繰り返すので、ときに人間としての尊厳を失っている気分にはなるのだけど、その結果がこうして人類の知の到達点のようなものを示してくれるというのは、やはりグッとくるものがあるわけです。ボクはこの論文の範疇では乗船も分析も一切やっていませんけども、感動します。

こうしてウッカリ感動してしまうから、また「嫌だなぁ」とか思いながらも、船に乗って水を汲んできつつお金のかかる実験室を維持してしこしこと分析する毎日を過ごしてしまうのですね。
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海洋系の某独法で働く研究者が思ったことをダラダラと綴っています
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