自由と信念の箱船で恍惚と不安を抱きストロングスタイルで爆進します!
2月26日から3月8日までKR18-03航海に行ってた。成果はそれほどでもないのだけれども,幾人かの新しい学生や,存在は知っていたものの接点のなかった人と一緒に過ごすことが出来て,そちらの方面では実りあるものだった。それで,その一緒に過ごすことの出来た人から,大航海の主席を張れる若手世代の研究者が見当たらないという話をしていたのだけれども,キミはそれが出来る人かもしれんねぇ,というような主旨のことを言われたりした。まぁそのこと自体に関しては,ハッキリ言ってしまえば自信をもっている部分なので「そうですよ」ということなのだが,それでもそれなりに乗船経験のある人からパッと会って一緒に航海をしている時に言われたことで,やはり嬉しかった。
そんな航海の思い出話は,それはそれなのだけども,1月末に出た某公募について応募するかどうかずっと悩んでいて,それがいまいちブログを書く気になれない要因でもあった。公募のことって,まぁ書きにくい案件なわけだけども,一方で読みたい案件でもあって,このブログはそういうことをわりと書いてきたし,そういうことを公に残して伝えていくことも大事だというのは,ある種の信念でもあるので,そこの葛藤があった。なんで「書きにくい」かというと,公募ってのは相手があるもので,さらに非公開を原則として運営されているものでもあって,だからそれをこういう公開の場に書き連ねること自体が,バイアスになってしまうというか,ハッキリ書けば悪印象を与えると想像されるわけです。
とか悶々としていて,上の航海に出る前に書類は揃えたけれども,出すか出さないかは決断できずに,とりあえず封筒に入れるところまでは準備して,それで航海に出かけたと。この航海自体がある意味では特殊なもので,プロジェクトとして動く航海なので,基本的にはプロジェクトの目的に従った調査観測を実施しなければならない。でも,プロジェクトの目的に従う範囲で,自分たちのサイエンスを進めることは否定されない。そういう位置づけの航海をやると「プロジェクトのお題目に寄せた」計画にする人もいるが,ボクはそれがあんまり良いことだとは思わなくて,というのも一般公募の航海日数が激減している現在の業界環境を見渡せば,プロジェクト航海の機会をうまく利用してサイエンスを進めないと,業界の基盤がもうガタガタになってしまい取り返しがつかなくなる。だから「プロジェクトのお題目は気にしながらサイエンスも進める」ような計画にして進めたくって,そのために自ら名乗りを上げて首席をやった。それで,じゃあ我が社の中に「そういう風」に動く研究者が自分以外にいるかというと,まぁ限られていて,だとすると,自分が外に出るよりも,自分は中に残って「そういう風」に振る舞う方が,業界全体にとって,特に次世代の学生にとって,自分という研究者が役に立つ(というと変な感じだけど)んじゃないかと考えるわけです。
色々と悩む中で,色々な人に相談をしたんだけど,やっぱりそれぞれ言うことが違う。大別すると「長く同じ場所にいて何らかの事業(研究でも教育でも)を樹立したいなら移籍」「むこう5年程度の視野で言えば残留すべき」という軸と,「アンタは大学で学生と触れあうべき」「アンタは所で海洋調査研究と運営運航とをつなぐべき」という軸と,そんな感じであった。つまり「自身の目標のためにどうするか」ということと「ボクの存在が社会にとって活かされるかどうか」ということだと思う。それで驚くほど,前者に興味がなくて,ボク自身の判断基準が「社会にとってボクが役に立つのはどっちかな」ということにフォーカスされていることに気づいた。
でもそれっていうのは,自分の弱点の裏返しでもある。弱点というのは,それほど「良い研究」を出来ないという実力に対する部分と,それほど「研究をしたい」という情熱がないという心持ちの部分。さらに深く突っ込むと「実力と心持ち」ってのは,まさに公募で問われるところであって,それを公募という審査の場に晒すことに,すごく精神的な抵抗があるのだな,と気づいた。自分の弱点を見せられない。そういう部分こそが最大の弱点だなと。
それでもなお言えることは,ボクの特長は「たくさんの人がいてたくさんの研究分野があって,そんな集団全体の利益最大化のために,計画を立てたりそれを現場で実行したりする広い意味での研究能力を含めた人間力」だと思う。これは強がりとかじゃなくて,たぶん希有なモノの持ち主であり,それもかなりのモノだと確信している。そういう自負があって,実際に先の航海ではそれを指摘されて(褒められて),まぁとにかく自信を持っている。自信を持っているから,楽しんで取り組めている。逆に言うと「たくさんの人がいて,たくさんの研究分野があって」という状況にあって「俺が俺が」とか「アイツはイラン」とか「下々は黙ってろ」とか,そういう態度を露出させる人に対しては強い嫌悪感を抱くので,出来るだけそういう人からは離れたところに身を置いていたい。
そんでまぁじゃあどうするって話で。
どうしようかしら。
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そんな航海の思い出話は,それはそれなのだけども,1月末に出た某公募について応募するかどうかずっと悩んでいて,それがいまいちブログを書く気になれない要因でもあった。公募のことって,まぁ書きにくい案件なわけだけども,一方で読みたい案件でもあって,このブログはそういうことをわりと書いてきたし,そういうことを公に残して伝えていくことも大事だというのは,ある種の信念でもあるので,そこの葛藤があった。なんで「書きにくい」かというと,公募ってのは相手があるもので,さらに非公開を原則として運営されているものでもあって,だからそれをこういう公開の場に書き連ねること自体が,バイアスになってしまうというか,ハッキリ書けば悪印象を与えると想像されるわけです。
とか悶々としていて,上の航海に出る前に書類は揃えたけれども,出すか出さないかは決断できずに,とりあえず封筒に入れるところまでは準備して,それで航海に出かけたと。この航海自体がある意味では特殊なもので,プロジェクトとして動く航海なので,基本的にはプロジェクトの目的に従った調査観測を実施しなければならない。でも,プロジェクトの目的に従う範囲で,自分たちのサイエンスを進めることは否定されない。そういう位置づけの航海をやると「プロジェクトのお題目に寄せた」計画にする人もいるが,ボクはそれがあんまり良いことだとは思わなくて,というのも一般公募の航海日数が激減している現在の業界環境を見渡せば,プロジェクト航海の機会をうまく利用してサイエンスを進めないと,業界の基盤がもうガタガタになってしまい取り返しがつかなくなる。だから「プロジェクトのお題目は気にしながらサイエンスも進める」ような計画にして進めたくって,そのために自ら名乗りを上げて首席をやった。それで,じゃあ我が社の中に「そういう風」に動く研究者が自分以外にいるかというと,まぁ限られていて,だとすると,自分が外に出るよりも,自分は中に残って「そういう風」に振る舞う方が,業界全体にとって,特に次世代の学生にとって,自分という研究者が役に立つ(というと変な感じだけど)んじゃないかと考えるわけです。
色々と悩む中で,色々な人に相談をしたんだけど,やっぱりそれぞれ言うことが違う。大別すると「長く同じ場所にいて何らかの事業(研究でも教育でも)を樹立したいなら移籍」「むこう5年程度の視野で言えば残留すべき」という軸と,「アンタは大学で学生と触れあうべき」「アンタは所で海洋調査研究と運営運航とをつなぐべき」という軸と,そんな感じであった。つまり「自身の目標のためにどうするか」ということと「ボクの存在が社会にとって活かされるかどうか」ということだと思う。それで驚くほど,前者に興味がなくて,ボク自身の判断基準が「社会にとってボクが役に立つのはどっちかな」ということにフォーカスされていることに気づいた。
でもそれっていうのは,自分の弱点の裏返しでもある。弱点というのは,それほど「良い研究」を出来ないという実力に対する部分と,それほど「研究をしたい」という情熱がないという心持ちの部分。さらに深く突っ込むと「実力と心持ち」ってのは,まさに公募で問われるところであって,それを公募という審査の場に晒すことに,すごく精神的な抵抗があるのだな,と気づいた。自分の弱点を見せられない。そういう部分こそが最大の弱点だなと。
それでもなお言えることは,ボクの特長は「たくさんの人がいてたくさんの研究分野があって,そんな集団全体の利益最大化のために,計画を立てたりそれを現場で実行したりする広い意味での研究能力を含めた人間力」だと思う。これは強がりとかじゃなくて,たぶん希有なモノの持ち主であり,それもかなりのモノだと確信している。そういう自負があって,実際に先の航海ではそれを指摘されて(褒められて),まぁとにかく自信を持っている。自信を持っているから,楽しんで取り組めている。逆に言うと「たくさんの人がいて,たくさんの研究分野があって」という状況にあって「俺が俺が」とか「アイツはイラン」とか「下々は黙ってろ」とか,そういう態度を露出させる人に対しては強い嫌悪感を抱くので,出来るだけそういう人からは離れたところに身を置いていたい。
そんでまぁじゃあどうするって話で。
どうしようかしら。
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