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自由と信念の箱船で恍惚と不安を抱きストロングスタイルで爆進します!
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2017年10月より日本学術会議の連携会員に選出され,「若手アカデミー委員会」「地球惑星科学委員会」「科学者委員会(学協会連携分科会のみ)」の委員となっている。

2018年4月2日は,地惑委の人材育成分科会に出席。その中で「大学教育WG(仮)」の議論に参加。

印象的だったのは3点。

1,某委員から。
『まず第5期科学技術基本計画とか,そういうものをちゃんと読んで対応方針を策定すべき』
『国が公開している計画も読まずにアレコレと議論しても無意味』
『計画を把握した上で,われわれがすべきことは,
国の方針に乗っかって「地惑人材は産業界等に必要だ」というロジックを組み立てるのか,
国の方針に逆らってでも「地球科学研究をふくむリベラルアーツこそが必要なんだ」と言うか』
『現実には両面から攻めることになるだろうけども,そういう視点で議論をしないと』
至極真っ当な現状認識と会議運営方針。我が意を得たり。

2,別の委員から。
『高校教育の物理・化学・生物・地学の中での地学の位置づけが曖昧』
その通り。
地球科学はホリスティックなので,物理化学生物の基礎的な理解の上に成立するもの。
一方で,防災・環境・資源など,物理化学生物の範疇に無い地球科学としての理解も重要。
「民主主義国家の国民に必須の知識・思考法を習得するための地学教育」という位置づけ。
意見はごもっともである。
一方で大学受験が強調されるこの国の風潮がある。
そこの整合性というか,落としどころというか。どこに最適解があるのか。
個人的には,高校地学の教科書の冒頭に物理化学生物と地学の相対的な位置づけのポンチ絵を載せるべき,またそのポンチ絵こそを学術会議・地惑委から発出して引用可能としておくべき,という意見。

3,自分から。
まずスイスでの仏人のコメントを引用。
『フランスの大学は入学が厳しく卒業が容易。だから卒業生のレベルが低く,大学院のレベルが低い』
そこから,
『これはまさに日本で起きていることと同じでしょう』
『日本の大学教育の人材育成・人材輩出というなら,進級卒業のハードルで「卒業生の質」を保証すべきでは?』と意見。
これに対し某委員が『つまり「教育の質」の問題ですね』と応答。
しかしボクは『「教育の質」ではなく「卒業生の質」です』と反論。
しかし某委員より『それを我々は「教育の質」と言うのである』とのコメント。
うーん。
ボクは「教育の質」という言葉に,「教育」とは何かという大問題と,それはさておいても「教育」を授け方と受け方の双方の意味合いが込められていて,論点がボケてしまうと考えている。
ボクは「教育」というのは結果で判断されるものだと考えているので,だからこそ「卒業生の質」という結果で議論すべきだという立場。
つまり教員が『我々はこのような教育を授けました』と自己申告したとて,結果として「卒業生の質」にそれが反映されていなければ意味が無い。
『我々教員による「教育の質」は高いものであった』と言い張ることは無理筋だ。

3点いずれもコメントが指摘している問題意識は『論点を隠してしまう使い古された言い回し』と『論点が明示されている(あるいは明確にしうる)のに自前の経験で論を構築しようとすること』との,2点に対するアンチテーゼというか,反論だと言える。

しかし委員の半数ぐらいは,自説に拘泥するというか,ここ数年の「文脈」に絡め取られているようで,話が噛み合わない印象。
何より「地惑委」の中の「人材育成分科会」なのに,地惑の範疇を超えたところへの言及に時間の大きな部分が割かれていて,何とも言えないなぁと。

むずかしい。
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3/27 寝違え発症。実父の東京出張の帰りに一号二号を宝塚まで連れ帰ってもらう。

3/28 三号の幼稚園説明会の後、ヨメ三号は愛知まで移動。ボクは朝イチで新橋の整骨院にかかり乃木坂からの福岡志賀島。夜道のレンタカー走で泣きそうに。

3/29 各々現地泊。

3/30 ボクは朝イチで博多発の新幹線。新大阪で一号二号実父母と合流。名古屋で実母二号が下車してヨメと合流。新横浜でボクと一号が下車(実父はそのまま出張へ)。
帰って着替えさせて習い事へ送り出す。その隙に逗子のカイロ。ひより食堂で夕飯。

3/31 朝から自転車で森戸デニーズ。一号ヘロヘロ。昼は散歩がてら和か菜。帰って習い事へ。夜はしょうざん。お風呂の後に、出汁とりと味付けを一通り経験させる。

4/1 朝はうどん。自宅界隈で自転車とサッカーをしてから文庫の称名寺で花見。離脱して葉山に戻り習い事。終わるや飛び出して新横浜。一号単独で新幹線。名古屋まで。途中駅もないし、グリーン車の車掌にお願いもしたので、たぶん大丈夫。無事にヨメと合流できたらたっぷり甘やかしてもらえることでしょう。
2月26日から3月8日までKR18-03航海に行ってた。成果はそれほどでもないのだけれども,幾人かの新しい学生や,存在は知っていたものの接点のなかった人と一緒に過ごすことが出来て,そちらの方面では実りあるものだった。それで,その一緒に過ごすことの出来た人から,大航海の主席を張れる若手世代の研究者が見当たらないという話をしていたのだけれども,キミはそれが出来る人かもしれんねぇ,というような主旨のことを言われたりした。まぁそのこと自体に関しては,ハッキリ言ってしまえば自信をもっている部分なので「そうですよ」ということなのだが,それでもそれなりに乗船経験のある人からパッと会って一緒に航海をしている時に言われたことで,やはり嬉しかった。

そんな航海の思い出話は,それはそれなのだけども,1月末に出た某公募について応募するかどうかずっと悩んでいて,それがいまいちブログを書く気になれない要因でもあった。公募のことって,まぁ書きにくい案件なわけだけども,一方で読みたい案件でもあって,このブログはそういうことをわりと書いてきたし,そういうことを公に残して伝えていくことも大事だというのは,ある種の信念でもあるので,そこの葛藤があった。なんで「書きにくい」かというと,公募ってのは相手があるもので,さらに非公開を原則として運営されているものでもあって,だからそれをこういう公開の場に書き連ねること自体が,バイアスになってしまうというか,ハッキリ書けば悪印象を与えると想像されるわけです。

とか悶々としていて,上の航海に出る前に書類は揃えたけれども,出すか出さないかは決断できずに,とりあえず封筒に入れるところまでは準備して,それで航海に出かけたと。この航海自体がある意味では特殊なもので,プロジェクトとして動く航海なので,基本的にはプロジェクトの目的に従った調査観測を実施しなければならない。でも,プロジェクトの目的に従う範囲で,自分たちのサイエンスを進めることは否定されない。そういう位置づけの航海をやると「プロジェクトのお題目に寄せた」計画にする人もいるが,ボクはそれがあんまり良いことだとは思わなくて,というのも一般公募の航海日数が激減している現在の業界環境を見渡せば,プロジェクト航海の機会をうまく利用してサイエンスを進めないと,業界の基盤がもうガタガタになってしまい取り返しがつかなくなる。だから「プロジェクトのお題目は気にしながらサイエンスも進める」ような計画にして進めたくって,そのために自ら名乗りを上げて首席をやった。それで,じゃあ我が社の中に「そういう風」に動く研究者が自分以外にいるかというと,まぁ限られていて,だとすると,自分が外に出るよりも,自分は中に残って「そういう風」に振る舞う方が,業界全体にとって,特に次世代の学生にとって,自分という研究者が役に立つ(というと変な感じだけど)んじゃないかと考えるわけです。

色々と悩む中で,色々な人に相談をしたんだけど,やっぱりそれぞれ言うことが違う。大別すると「長く同じ場所にいて何らかの事業(研究でも教育でも)を樹立したいなら移籍」「むこう5年程度の視野で言えば残留すべき」という軸と,「アンタは大学で学生と触れあうべき」「アンタは所で海洋調査研究と運営運航とをつなぐべき」という軸と,そんな感じであった。つまり「自身の目標のためにどうするか」ということと「ボクの存在が社会にとって活かされるかどうか」ということだと思う。それで驚くほど,前者に興味がなくて,ボク自身の判断基準が「社会にとってボクが役に立つのはどっちかな」ということにフォーカスされていることに気づいた。

でもそれっていうのは,自分の弱点の裏返しでもある。弱点というのは,それほど「良い研究」を出来ないという実力に対する部分と,それほど「研究をしたい」という情熱がないという心持ちの部分。さらに深く突っ込むと「実力と心持ち」ってのは,まさに公募で問われるところであって,それを公募という審査の場に晒すことに,すごく精神的な抵抗があるのだな,と気づいた。自分の弱点を見せられない。そういう部分こそが最大の弱点だなと。

それでもなお言えることは,ボクの特長は「たくさんの人がいてたくさんの研究分野があって,そんな集団全体の利益最大化のために,計画を立てたりそれを現場で実行したりする広い意味での研究能力を含めた人間力」だと思う。これは強がりとかじゃなくて,たぶん希有なモノの持ち主であり,それもかなりのモノだと確信している。そういう自負があって,実際に先の航海ではそれを指摘されて(褒められて),まぁとにかく自信を持っている。自信を持っているから,楽しんで取り組めている。逆に言うと「たくさんの人がいて,たくさんの研究分野があって」という状況にあって「俺が俺が」とか「アイツはイラン」とか「下々は黙ってろ」とか,そういう態度を露出させる人に対しては強い嫌悪感を抱くので,出来るだけそういう人からは離れたところに身を置いていたい。

そんでまぁじゃあどうするって話で。
どうしようかしら。
社会人になっていつの間にか知り合っていた一派(つまり単なる友人)で熱海旅行が企画されたので行ってきた。一派のリーダー的存在(?)が海外赴任からの一時帰国をされるのに合わせたもの。「日本で友人に会ってだらだらする」という具合で。

本体は昼前集合でビーチコーミングなどをカマしておられたそうだが,こちらは都合により午後から。一号ナギは土日の両日にサッカーがあり,三号タマは旅行に連れて行くのは難しいお年頃(イヤイヤ期)なので,二号リュウのみを連れ出す。午前中は幼稚園の授業参観だったそうで,12時過ぎに家を出る。

大船でシュウマイやらカラアゲやらを買い込んで意気揚々と東海道線に向かったが,快速アクティーは満席だったので立ち食いする。すぐに一席空いたのでリュウを座らせたが,次の駅で杖を突いたお婆さんが乗ってきたので「こういう時は譲りなさいよ」という教育的指導とともに立たせる。せっかく立つのだからと運転席まで移動したが,窓の位置が高くて前が見えない。残念。左手に見える海で気を引きながらなんとか熱海に到着。リュウはすっかり不機嫌モード。

熱海駅で同じく子連れ途中参加の母子と合流。先方のツーとリュウは同じ5歳で,生まれも1日違いとのこと。リュウは大人相手に物怖じしないのだが,ツーはまだモジモジ。タクシーに乗り込んで本隊の待つ台湾茶屋へ。運転手がお喋りなオジサンだったので,いつものように自分に適当な設定を作って相鎚を打ち気持ちよく喋ってもらう接待モードを発動した。後からツー母に「人格障害なのかと思った」と言われてしまった。違うよ。人格障害なんじゃないよ。何でもガチ回答&理詰めで押してしまう対人能力障害な素の自分を出さないために,いい加減なキャラ設定をして乗り切る対人スキルなんだよ。

台湾茶屋は,正面に初島を望みつつ,ホスピタリティが服を着て歩いているようなオジサンの給仕で,おいしい茶と菓子をいただくという,素晴らしいとかしか言いようがない場所だった。だったんだけど,すっかりコンビ芸を繰り出し始めたキッズがうごめきはじめ,茶瓶を倒しそうで怖いから縁側に封じ込めたら景色が見えなくなって,挙げ句に障子を破る不始末までやらかしてしまい,申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。なお茶屋では本隊とは別テーブルで,合流したのに目も合わないし会話もないという不思議さであった。

いったん宿(ワンルームマンションの部屋貸しみたいなところ)に戻って荷物を置いて,日帰り入浴に向かう。この辺りから唯一の男性大人参加者にリュウが懐き「先生!先生!」と呼び始めた。なぜ先生なのかは不明。男組四人で男風呂に向かう前にツー母に確認したところ「頭から湯をかぶるのに抵抗がある」とのことだった。ということで,バンバン頭からかけて洗ってやった。半ベソではあったが,それほど泣き叫ぶでもなく(頑張ってガマンしていたんだろうけども)問題なかった。偉いぞツー。

日帰り入浴を出た足で,二年前にも行った居酒屋へ。最初,給仕をしているオバサンがあきらかに不機嫌であったが,どうやら忙しくてテンパってただけのようで,他の客が減ってからはサービスも良くなっていった。テーブルが2つに分かれているのを良いことに,リュウは先生に丸投げして,のんびり飲食する。キッズが飽き始めたので父子母子4名で先に宿へと戻る。リュウとツーの2人を布団に入れ,2人だけを残して別部屋に移動して様子を見たが,5分と経たずギブアップしたので,しばらく添い寝などで寝かしつけをする。ここらで本隊がコンビニ袋をぶらさげて宿に戻ってきたので合流(リュウは一人で寝られる便利な能力を持っているので放っておいて問題なし)。部屋では「ストリッパー話」を蒸し返され罵られるなどのかわいがりを受けつつ01時ぐらいまで飲む。

06時に目覚めたリュウが「先生!もう6時だよ!起きなきゃ!」とか騒ぎ出したし,ツーも母が寝ていて退屈なのかウロウロしているので,慌てて2人を連れ出す。散歩とか言うとまた「早く帰ろうよー」がはじまりそうなので「熱海探検隊だ!」という名目を立ててみたところ思いのほかノってきた。海を眺めて,波打ち際で誰が一番奥まで足跡をつけられるかをやって,ブラブラして,コンビニによって,帰る。「探検隊はウンチとかシッコとか言わないんだぞ」って言ってみたら,「探検隊は○○だ」という善行題目を唱える流れになり,「探検隊は大きな声で返事する」「探検隊は疲れたとか言わない」「探検隊はテキパキ歩く」「探検隊は終わりと言われたらすぐ止める」など普段叱られているような内容を吐露しはじめた。なんや理解しとったんやな,と。探検隊全行程で一時間ぐらいは稼いだと思う。

部屋に戻ったらムクムク起き出してきて,屋上露天風呂に行く組や,コンビニに朝ご飯を買い出しに行く組や,部屋でオリンピックのハイライト集を見る組などにわかれて行動。部屋でゴロゴロしながら会話もせずスマホをいじってるだけの時間が30分ぐらいあったけど,そういう時に張り切って話しかけたりしない関係が良いよなぁとシミジミする。

10時のチェックアウトで,本隊は純喫茶で引き続きダラダラするとのことだったが,キッズが暴走することは火を見るより明らかなので離脱して帰路につく。駅まで歩きながら「顔の似てない同年代の子供二人を連れて熱海の朝を歩く男女」というこの状況は世間から見たら一体どういうことになるんだろうね,というようなことをポツポツ話す。足湯を経てゴージャスに新幹線で帰る母子と別れる。

大船構内でラーメンを食べて帰宅。ちょうど一号ナギがサッカーから戻り,一号二号を連れて一色海岸に向かい一時間ほど歩いて帰宅して17時に早めの夕飯を食べさせて18時には自室に引っ込んだ。疲労困憊。しかし良い週末であった。
冬の生活。

05時頃:起床。2階の自室布団の中で携帯ネット。
0530:1階に降りて朝食&夕食ストックの調理。
0600:家族を起こす。料理の合間に家出準備。
0630:家族朝食開始。自分は出発。
0715:職場着。朝ご飯とかコーヒーとか。
0800:仕事開始。
1215:サッカー&昼食
1400:仕事復帰
1600:職場発
1645:帰宅。入浴。
1740:お迎えミッション
1800:夕食
1930:自室に入る
2030:就寝

朝自転車40分,昼サッカー30分,夕自転車40分なので,運動しすぎ。
それに付随して肉体疲労回復と称して,寝過ぎ。
かといって,
自転車ではない通勤だと渋滞とか乗継とかで余計な時間とお金がかかるし,
昼サッカーがないと日中の仕事が長すぎてキレがなくなるし,
削り代がもう無いんだよなぁ。

もうちょっと早く起きて仕事も出来るが,
北向き角地の自室が暖房をつけても寒いので,
未明に布団から出て何かをするのは不可能に近い。
どういう研究者になりたいか,みたいなことを考える時に,研究者である以前にその人の特徴はどういうもので,それはどういう対象に取り組むときに最も効力を発揮するのかというのを考えるわけです。

同じ作業を狂い無く繰り返しできるとか,狙っている結果が出なくても想定を信じてブレずに続けられるとか,複数の仕事を並行して進められるとか,まぁとにかく色々な側面で,人としての特徴ってのはあると思う。

その特徴ってのが,必ずしも今まさに取り組んでいる研究とマッチしていないということも,ままある。それは研究を始める時のテーマ決めってのは往々にして先生が適当に指定したもので,その延長線上に自分の研究が置かれるためで,しばらく研究を続けてから,自分の特徴と照らし合わせて,もっともマッチしているところに落とし込むというのは(しかも一定以上の業績を出し続けながらテーマを変えていくというのは),かなり難易度の高いことだ。

なにより,自分の特徴というのを自分で正確に把握するというのは難しい。好きな研究テーマが,自分の特徴とマッチしていないときに,特徴ベースでテーマを選ぶことはマレで,やはり好きなテーマに取り組んでしまうだろう。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

そんな一般論があるとして,じゃあボク自身はどうなんだ,ということである。まったくの偶然なのだけれども,たぶんボクの特徴は,航海調査で研究を進める業界に向いているんだと思う。

ボクは,ある物事を眺めるときの視野・視点・深度を自在かつ適切な具合に変えられるという特徴がある(と思っている)。他人の研究をパッと聞いてポッとわかったり,あの話とこの話は似ているようで違うとか思って見たり,そういうのって結構な異能みたい。いつだったか誰かに言われて(ヤマドンかな?),たしかにそれは全然苦じゃないし,逆にみなと話が合わないのはそういうことなのかもなぁなんて思ったり。逆に言えば,何かに没頭して集中的に取り組んだり,ある立場に身を置き続けたり,そういうことは苦手なんだけどもね。

あー,今日はここまで。
最初に聞いた時は,発表の1週間後に卒業するということで,週刊誌報道か,あるいは深刻な病気かと考えてしまった。しかしブログ発表文も,その後の配信での本人達からの情報でも,とにかく「普通の女の子に」ということなので,そういうことなのだと受け止めることにする。

「普通の女の子に」というのは,来るべき時が来たという感じがする。山口百恵が引退したのも,キャンディーズが「普通の女の子に」と発表したのも,今回の杏果と同じ22歳頃。そういう年頃である。

ももクロにはいくつかの転換期がある。2010年あかり脱退。2012年米子の夜。2012年紅白出場。2014年国立ライブ。そしてあまり語られないけど,2017年春,杏果が大学を卒業し全員がプロに。

国立での夏菜子による「笑顔宣言」。「みんなを笑顔にする」といったその「みんな」の中に自分たちが含まれているのか。杏果卒業にあたって夏菜子が言った「仕事のことを除けば,1人の女の子として杏果の決断を全力で応援したい」というのは,杏果も「みんな」の1人なんだということ。

自分たちは「みんな」を笑顔にしたい,でもそんな自分たちも「みんな」であって,笑顔でいたい。その葛藤はZ女戦争で歌われている。みんなと同じ普通の女の子でいたい自分と,みんなの普通を守るために戦う自分の相克。

全員が(学校を卒業し)プロになったことで「みんな」との接点が減り,自分の中で「普通の女の子」像を描くことが困難になっていく。特に杏果は幼少期から芸能活動に従事しており「普通の女の子」であったことが無い。学校で触れ合う同級生に「普通の女の子」を感じながら暮らしていたのだろう。その「鏡」を失った2017年春。そこから卒業までが1年。


ももクロとは何か,ってのは色々な議論があるけども,川上マネージャーは作詞担当に対して「ある程度の要望や縛りは設定している」と言っていて,そんな歌詞が一貫して伝えているメッセージは,「努力の先に何かが約束されているわけではないけど,やらなきゃ何もはじまらないからやってみよう」「やるからには全力で,その方が楽しい」「頑張れない時は休んだって良いんだよ」「自分たちはいつでも楽しくやってるから,楽しそうと思ったら一緒にやろうよ」ということなのだ。

だから杏果が「普通の女の子になりたい」と思った時に,それを全力で目指すことこそが「ももクロ」だし,それを全力で応援することこそが「ももクロ」なのだ。杏果がももクロで無くなることが一番ももクロらしいことなのだ。

違和感や痛みは脱皮のタイミングかも
もう止めないよ,止められないよ,あかりが決めた道だもん
どんな物語も誰かの希望のカケラ
どうか諦めず,希望をその胸に
1つ目。
内藤は『ドームのメイン』に立つことを目標にした。
『ドームのメイン』というのは先人が創ったブランド。
それを消費としたのが内藤。
一方,オカダはその『ドームのメイン』というブランドを高みへ引き上げようとしている。
勝利後のリング上であえて言い放った「まだ空席がある」という言葉は,そういうこと。

2つ目。
内藤は入場時にオーバーマスクを被っていた。
リングにあがってマスクを脱いだ時点でもあらわになっていたが,
マスクを被っている時点から明らかに感涙していた。
感情が高ぶることが悪いのではない。
プロレスとは虚実皮膜。
しかし「実」を隠して「虚勢」を張るということではない。
「実」と「虚」をないまぜにして,客に読ませることこそが虚実皮膜。
生の感情をさらけ出し,さらにその上に虚を塗らなければ。
たとえば,
スターダスト内藤で号泣しながら花道を歩き,
途中でロスインゴの面々が合流,
そこからロスインゴ内藤になって不敵な笑みでリングインするとか。
まぁとにかく,やりようはあったはず。
簡単に言えば「キャラがブレている」ということ。

一方のオカダは,レインメイカーになって以降,
生の感情をさらけ出さないことに徹している。
それが「演劇的」と言われたりもするが,
徹底して「実」を消して「虚」を貫くことで,
客はレインメイカーの中に「実」を探求して遊ぶことができる。


2018年の1.4については,入場時点で勝負あり。
2019年は,どうなる?
研究に必要な「能力」という言い方をすることが多いのだけど,
研究に必要な「技術」あるいは「手順」というのもあると思う。
むしろ,
この「技術」を使いこなせているかどうかが,
この「能力」の8割ぐらいを占めているんじゃないかと。

いつも同じ話をしているんだけども,
この「研究に必要な技術」を「教えるためのメソッド」を確立したい。
4月からは,また新たなポスドクを迎え入れることになるので,
それまでに整理をして,紙に落とし込んでおきたい。

もちろんみんなの成果が詰まった論文を書き上げることも必要なのであるが,
同じぐらいの優先度でこちらも進めて行こう。
年末にAbemaTVで「朝青龍を押し出したら1000万円」という企画があった。
「朝青龍」という看板を消費するだけの企画だと思って歯牙にもかけなかった。
しかし年が明けてニュースを見ると絶賛の嵐。

8人の挑戦者が設定されているが,7人は「前座」。
それでも朝青龍は,相撲としての礼を失する挑戦者には厳しくあたる。
インタビューでも繰り返し「相撲は礼に始まり礼に終わる」と,
ネット番組の企画と言えども,土俵にあがる力士として揺るぎない誠意を示す。

千秋楽は元大関琴光喜。
暴行事件の罰として相撲界を追放された朝青龍。
賭博事件の罰として相撲界を追放された琴光喜。
ともに引退相撲の許されなかった2人。
両者とも入場からうるうる。
朝青龍はそれまでの稽古回しから黒一色の締めに変えてきた。
時間いっぱい。
左手を掲げてからの,まわし「ドンッ」。
立ち会い。前座7人とはまったく違う当たり。
低く入り鋭く寄せる朝青龍の寄り倒し。
感極まるといった表情で勝ち名乗りを受け,間を置いてからのガッツポーズ。


朝青龍「汗と肌がぶつかってる感じが,本当に夢に出てくること。相撲はこれで人生最後。おわかれ。人生に残った相撲へのアレ,夢に出てくることとか,相撲を愛したこととか,この土俵に残して,本人ダグワドルジに戻ります」

琴光喜「これで気持ちよく引退できました。自分としては引退ですけど,子供達に夢を継いでもらって,自分を超えるように指導していきたい」


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「これこそが人生だ」と夢中になって取り組んでいるものを,
ある時に突然,誰かに奪われてしまう。
その火種としての「私の非」があったことは事実であろう。
でも「奪う」のは「誰か」の判断である。
「誰か」が集団を形成して「私」を罰する。
そういうことが,この国では,多すぎる。

私刑はあまりに危険だ。
法と,法に基づく裁きに委ねる必要がある。
「目には目を,歯には歯を」

プロフィール
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kawagucci
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非公開
自己紹介:
海洋系の某独法で働く研究者が思ったことをダラダラと綴っています
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