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自由と信念の箱船で恍惚と不安を抱きストロングスタイルで爆進します!
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12月はツイッタでの垂れ流しを止めて,こちらのブログという穴蔵に書いていくことにした。

昔にくらべて,まとまった文章を(だらだらと,しかし)まとまった分量で書くことが出来なくなってきたと感じている。それはやっぱりツイッタ的な書き方が染みついてしまっているからなんじゃないかと考えたのも,今回の方針決定の一因ではある。一番はツイッタ解毒なわけですが。

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先日,某所(ツイッタですね)で見かけた「ラボガイド」という,教員が自ラボの学生向けに作っている小冊子を,ご厚意で拝見させていただいたのだけど,それがまぁ素晴らしいデキでして,「自分にはこんなこと出来ないなあ」と思ったのです。でもそもそもどうして拝見させていただいたかというと,自分もそういうモノを作る必要があると感じているからこそで,であれば,「出来ないなぁ」とか言ってないで,作らねばならないのです。

ラボガイドには2つの要素があるわけです。1つは現実に目の前にある実験室という意味での「ラボ」のガイドで,そこにあるモノ,そこで起こるコト,それらを研究視点と安全衛生視点の両面から網羅的に記載した書物。日々の実験などに追われ,色んなことがドンドン口伝になっていくのは良くない。良くないというか,悪い。ちゃんと口伝されない一番の要因は,実は実験者自身が適切な理解を持たないまま実験をしていることなんじゃないかと疑っている。もちろん自戒をこめて。つまり,他人に伝えるための労力が問題なのじゃなくて,他人に伝えることで対象としているモノ・コトに対する理解不足が露呈することを恐れていて,それを隠蔽するために,他人に伝えないということです。「どうして液体窒素で冷やすとガスが捕まるのか?」「イオンソースとは何ぞや?」などなど,ちゃんと説明しろと言われるとシドロモドロになる案件は山のようにあるわけです。

ラボガイドのもう1つの要素は,研究者が集まる「場/集団」という意味での「ラボ」のガイドで,セミナーとか役割分担とか共同生活とかそういう部分のルールの類がこれにあたる。これはPIの色が強く出る部分,というかPIの趣味で決まるってことですね。

いま自分は国の研究所にいて,大学教員ではないんだけども,まぁ広い意味では研究者養成に携わっているわけですよ。実際,学生やポスドクのホストになっていたり,試料を持って分析にくる学生(研究者)も受け入れているので。そういうことを考えると,早急にラボガイド(的なもの)を作っておく必要があるでしょう。というか,そういうモノ無しに,色んな人がラボを往来している現状というのはすごくマズイ。しかも今自分は外国にいるし。本当にマズイ。

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早いものでもう4ヶ月が経過した。すっかり(悪い意味で)落ち着いてしまっているので,生活習慣をかなり根深いところから掘り返して混ぜ返さねば,せっかくの遊学の意味がない,と考えていながら何もせず過ごしている。

それもこれも何が究極的な原因かと問われれば,おそらく「今後の生き方」が定まっていないことにある。今後の行き方と言うと仰々しいけども,すごく簡単に言ってしまえば,「サイエンスでエクセレンスを目指す」ということを目標にするのか,はたまたそれは手段であって目的は別のところ(大学教育的なモノなど)に明確に設定するのか,ということだ。もともと後者であったわけだけども,今の(日本の)ラボにいて「当面,在籍している間はエクセレンス路線で行こう」と決めて暮らしていた。

エクセレンス路線に対して,やっぱり煮え切らない気持ちというか,「なんか違うんじゃないかなー」という気持ちが捨てきれないでいる。それには2つの(もしかすると2つ以上の)視点がある。

1つは,今の業界でエクセレンスとされるサイエンスが,もうちょっと長い展望で見た時のエクセレンスから乖離してるんじゃないかということだ。自分の業界で言えば,物理・化学・生物・地質のあらゆるデータをテンコ盛りにして1つの論文として発表するとか,新規な手法で新規なデータを出すとか,モデルを仮定してフィットさせて見せるとか,まぁそういうのが「エクセレンス」と位置付けられているように感じられる。でも実際にうごめいている世界は,100個程度の元素だけから成り立っていて,あらゆる生物は物理化学法則に従っていて,まぁそういうシンプルなものだと思っている。シンプルな対象を,あえて「こねくりまわす」ような手法で論じて,そうやって出した結論が「新しい」ものだとして,それって何かおかしいんじゃないかと。「多彩な調味料が複雑に絡み合って絶妙なハーモニーを奏でていてめっちゃ美味しい料理。だけど素材の味は皆無」みたいな。違うか。でもイメージとしてはそんな感じで,つまり「白米・塩・うまい!」の方が理想なんじゃないか,というような意味だ。これまたちょっと違うけども「食事の目的って一次的には栄養摂取であって健康のためよね。味覚は二次的な要素だし健康を害するようではアレよね」というような意味のことが言いたいわけだ。「体には悪いけど美味しい!」って食事の必要性や,そのエクセレンスは大いに認めるところなわけだけども,それが主流になるというのはやはり歪んでいるのではないでしょうか。

もう1つのエクセレンス路線に対する「違うんじゃないかなー」ってのは,エクセレンスを目指す層の厚みとか質とか,そういう部分で「猫も杓子もエクセレンス」ってのは違うんじゃないかと。逆の見方で言うと,研究者と呼ばれる層のみんなが「エクセレンス」ばかり向いていて,これとは別に非研究者というグループがあって,その境界が完全に抜け落ちてしまっているんじゃないんかね,ということだ。すべての人を「研究者/非研究者」と分類することと,研究者の内側で「エクセレンス/非エクセレンス」と分類するとして,この「研究者でありながら非エクセレンスという存在は必要か否か」ということが悩みなのだ。さらにこれには志向の問題と,能力の問題と,両面があると思う。つまり「エクセレンスな(研究が出来る)研究者」でありながら「非セクセレンス路線を取る」ということに意味というか意義というか,それがあるんじゃないかと考えているということ。

まあとにかくそういうことで,悶々と悩み,鬱々としているわけです。続く。
日本の健康保険を継続しているため,そちらで読み替えられるらしい。
日・スイス社会保障協定 申請書一覧(加入免除手続き) 【日本年金機構】

情報は知っていたが,どうせ無理だと思って諦めていた。
しかしヨメ氏が駐在妻ネットワークから「やるべし」と言われたとのことで,
ダメ元で動いてみることに。

まず日本の勤務先に連絡。
すると「厚生年金保険・健康保険・船員保険適用証明書」で進めてくれるとのこと。
ちなみに日本の健康保険は「科学技術健康保険組合」である。

次に現地の保険会社。うちはSWICA
ウェブサイトから問い合わせをして「メイルで連絡」にチェックした。
しかし翌日に電話がかかってきた。英語電話つらい。
曰く「まずは市役所でconfirmation letterをもらえ。それを持ってうちに来い」と。

ということで市役所。(Zurich市の場合はKreisburoが窓口)
窓口姉さんも英語が苦手なのだが,お互いがんばって意思疎通。
姉さんがチューリッヒ州の保険局(Gesundheitsdirection)に電話で確認してくれた。
曰く「日本からの適用証明書が必要。それに所定の用紙*を添えて市役所に提出」と。
その後は,市役所から州保険局に連絡して,また市役所に証明書が届くらしい。
それを受け取って,保険会社に行って,これまでの契約分のキャンセル手続きとなる。
(*英語書式[Application for exemption from health insurance obligation])

保険会社の支払いについて,直接SWICAを訪問して確認。
ここまでの状況は,8月から住んでいて,すでに最初の3ヶ月分の掛金は支払い済み。
また「11月末が契約更新の期限」とウェブサイトに記載があった。
窓口兄さんとお話。
曰く,
「11月末期限とは別件。これは国内で契約会社を乗り換える場合の申告期限。」
「日本の保険でカバーするという本件の場合,期限はない。書類が出来たら手続き。」
「obligationとしての基本保険に入る必要が無いという本件の場合,全額返金。」
「ただし解約手続きまでに同保険を利用した場合は解約不可となる。」
と。
まだ解約をしていないし,返金もされていないので予断を許さぬ状況ではあるが,
本当に全額返金だとしたら,大助かりだ。

それにしても,SWICA兄さん,会社としての儲けが無くなる案件なのに,
ずっと笑顔で,拙い英語に嫌がる素振りも見せず,すべて懇切丁寧に教えてくれた。
彼の人柄なのか,スイスの国民性なのか。
SWICAが損する案件だけに,適当に言いくるめられるのでは無いかと構えていったのだが。
人を疑ってかかっている自分の人柄に問題があるんだな。
日本の免許証をスイスのものに書き換える手続き。
視力検査が必要ということで町の眼鏡屋へ。

ボクは左眼2.0,右目0.1以下といういわゆるガチャ目。
日本の免許では別室に置いてある「視野判定器」で片目視野を測定し,
130度以上(?)を記録しているので,免許にはメガネ制限がかかっていない。
スイスではどんな検査をするのかな,と。

単純な視力検査は日本と同じ。
両目で覗き込む器械で,気付かぬように片目ずつ遮断される。
【E】の字が色んな四方向を向いているのを回答する。
左眼は全問正解。右目は一問もわからず。
ここまではいつも通り。

次にガチャ目検査。
左眼視野には横向きに1~5の数字が映ってて,右目視野には縦線が映ってる。
(というのはコッソリと片目ずつ閉じて確認した)
両目を開けて見ると,縦線がグワングワンと動く。
これは,どうやら自分の焦点が定まっていなくて,
焦点を合わせようとすると右目の像が動いてしまっているのではないか,と。
その次に見せられたのは,
左眼視野に縦向きに1~3の数字が並んでいて,右目視野には横線が映っている。
これは2の位置でビタッと止まっていて動かない。
おそらく焦点を合わせる作業が左右の眼球運動であって上下の運動ではないからかと。

最後に奥行きの検査のようなもの。
説明が難しいが,自分には同一平面にすべての図が並んでいるように見えた。

「責任者に聞かないと,さらなる医者の診断が必要か否かが判断出来ない」
と言われて,少し町をぶらついて,また店に戻る。
「上司と話した結果,問題ないと言うことになりました」
「この紙にサインしたので,これを持って交通局に行ってね」
とのこと。
紙を受け取って,サヨナラ。

先人のブログによれば,10CHFとか5CHFとか,とにかく有料ということだったが,
なぜか請求はされなかった。
片目問題でごちゃごちゃしていて請求し忘れられたのかも。
ラッキー。
研究に身が入らない時間が続いている。「研究しなきゃ」と「研究したからって何になるんよ」という間で揺れ動いている。博士院生の時からちょっと研究が落ち着くとこの精神状態になってしまう。

それってのが,自分から能動的に取りかかることが出来ない低モチベーション,まぁやる気が無いってことですが,そこから来ているのか。はたまた,現代研究というものに対する厭世観的なものから来ているのか。まぁ両方ともってのが正解ではあるんだろうけども,どっちの方がより自分にとってクリティカルなんだろうかと考えたりしている。

他人の関わる仕事については,向こうから襲いかかってくるから否応なしだからか,はたまた自分の”良い人”的部分がくすぐられるからか,いずれにせよ,わりと頑張れる。あぁ”良い人”がくすぐられるというのは,良く思われたい(ゲス)と助けて上げたい(天使)と,両方ともだな。

「常識を疑え」という立ち位置をとるなら,今の自分の状況でもっとも疑うべきは,現在の科学業界の在り方が科学にとってベストなのか,あるいは,現在の地球科学の取り組み方はベストなのか,とかそういうことなんだろうと思う。業界の在り方については,グローバル(笑),ドメスティック(文科省主導ってことですね),ローカル(大学とか海洋業界とか),あとまぁ所属ラボとか協働研究関係周辺もそうかもしれない。とにかく色んなスケールで,一体どうなのよ?ということを,もうちょっとマジメに考えていかないとなぁと。

総論的には,日本の常識的振る舞いをしていると「局所最適」「兵站軽視」「縁故重視」を指向してしまいがちである。なので,そこを是正というか,常に反省しながら,前に進んでいけるような,,,いや違うな,,,本当に前に進んでいくべきなのだろうか,本当にそっちが「前」なのだろうか,と自問自答することをやめないようにすべきだと。そういう風に考えているわけだ。

一方でサイエンスなので,つまり未知のものに取り組むわけで,どこかで「えいや」と飛び込んで行くことも大事。そんな結果が出るかどうかもわからない博打を一緒になって打ってくれる人なんてのは結構な縁故がある人に限られるわけで。結局は相反する2つの動機と行動を並立させねばならぬわけだ。アンビヴァレントな純情な感情は空回り,なのです。


とか何とか言っていてもしょうがないので,もうちょっと考え続けることと,もうちょっとまとめて書き連ねていくことを増やそうと思っているわけです。

苦手とする実践・集中・継続です。
10月27日 チューリッヒ男飲み会
チューリッヒで働く人の飲み会。初参加。
別に男性限定ではないらしいが,なんとなく名称が「男飲み」らしい。
Bahnhoff str.にほど近いワインバーで。
www.moevenpick-wein.com
医者・金融・建築・メーカーなど多彩な業種の方々が。刺激的。
冷えたロゼではじめて,ハムとチーズの盛り合わせなど。
ガブガブ飲んで1人100CHF弱だった。

10月29日 リギ山 Mt Rigi
Rapperswil経由でArth-Goldauに行って登山鉄道で頂上まで。
地上の天気はグズグズだったが,登山電車が雲海を突き抜けた後は快晴。
頂上からArth-Goldauまで歩いて下山。
壮観な景色,土と雑草の道,滝,雲海などを眺めつつ下山。
最後,町に出るあたりの経路が全然わからなくて焦った。
正解は「看板に従い誰かの家の放牧地を突き抜ける」だった。
ナギとリュウも歩かせて4時間で下山完遂。(タマは背負いっぱなし)
翌朝から筋肉痛。

10月30日 ETH Active Sunday
体育館に体操器具が出してあって子供を遊ばせるイベント。
開館時刻に行ったが受付で長蛇の列。
妻子を中に入れ,1人で並ぶ。父はツライ。
2歳-10歳ぐらいが楽しめる難易度のアトラクション(?)が20個ぐらい。
父とナギ,母とリュウとタマにわかれて遊ぶ。
途中,飛び降りる系で顔をぶつけて気持ちが萎えていたが,90分たっぷり楽しむ。
昼から同僚日本人宅におじゃまして手鞠寿司など。その後は近所の公園。

10月31日 幼稚園の2者面談
地元幼稚園に通うナギ5歳(通常3-4歳児がいる年少クラスに在籍)の2者面談。
正規の面談らしく,公式の有資格通訳を幼稚園が手配してくれていた。
先生から子供の様子について(項目ごとに)説明を受ける。
「はじめは1人で遊んでいたが,最近はグループで遊んでいる」
「指示がわからなかった時は,後から先生に聞きに来るようになった」
「1から22までの数字が言える(クラスの人数が22人)」
「言葉はまだわからないことが多いようだ」
「シャイな部分が出てコミュニケーションが少し不足している」
みたいな内容。
すべて「はい」と相鎚を打つだけ。
話を聞きながら感じたのは,
おそらくこれは「進級審査の中間報告」のようなもので,
年長に進級するためにクリアすべき項目を伝えられているのだろうな,と。
そんなことを考えていたら,
「次の面談は任意ですがどうします?」
と聞かれたので「ぜひやりたい」と回答。

11月7日 夜サッカー 0回目
同じ町の日本人妻の夫氏が参加しているというサッカーチームの存在を知る。
毎週月曜20-22時とのこと。
「今日は仕事で参加出来ない」と言われたが,もう抑えきれなくて見学へ。
30代チームは10人来ていた。
保険の問題とかありそうだったので,プレイには参加せず見学。
3vs3のミニゲームと2vs2のキックバレーをグルグル回してプレイ。
各人の足下レベルはマチマチだが,総じて球際が激しい。
これは大変そうだが,来週が楽しみ。

11月8日 かぶ提灯
幼稚園のイベント。
カブを切り抜いて(ハロウィンのカボチャみたいに)提灯にして練り歩くイベント。
1745集合でワイン畑を練り歩いて19時ぐらいに幼稚園着。
そこから焚き火でソーセージを焼いて食べて解散。
気温0度,小雨交じりで夜に1時間以上を外で過ごすという苦行であった。
チューリッヒ駅からちょっと行った(ETHから降りたところの)交差点では,混雑する時間帯に警官が立って,手信号で車や歩行者をさばいている。複雑な形状だし,トラムの路線も複数あるし,機械的な信号よりも渋滞が起きにくいのだろうと推察している。

そのこと自体がすごく興味深い。定期的に切り替わる信号でもなく,トラムなどから能動的な信号操作をするわけでもなく,警官が頭で考えて手で捌くのが,一番「効率的」だということなんだろう。「AIの発達で社会に革命が」とか「ディープラーニングでどうこう」とか,そんな感じのことで騒がしい昨今であるが,たとえばこんなところにも,「なんかよくわからんけども人間がやる方が効率的」という事象が発見できるのである。高度成長時代を生きた人々に対して「成長神話乙www」という態度になってしまうのも仕方がない。

それ以上に驚いたのが,目の前にあるカフェのお兄さんが,手信号のお立ち台にいる警官にコーヒーを届けていたことだ。あれは一体どういうことなんだろうか。警官がコーヒーを頼んだのだろうか。だとすると,いつ?という疑問が。たぶんそんなことはないと思う。おそらくカフェによるサービスなんじゃないか。「ご苦労さん」ってなもんで。そうだとしたら「ほっこり案件」だ。もう一つの疑問は「いつ飲むの?」ということ。手信号は原理的に一時も休めない。「行け」も「止まれ」も両方指示するのだから。彼女(警官)は笑顔で受け取っていたし,その様子からは「いつものこと」という感じが漂っていた。謎だ。

そして「こういうことが日本で起こるかねぇ」みたいなことも考えてしまう。渋滞の強度は?移動者達はこれほど素直に手信号に従うか?信号システムの発達は世界的にリンクしているのか?警官にコーヒーを振る舞うか?(警官は職務中にコーヒーを買うか?)まさに仕事中に警官はコーヒーを飲むか?などなど。

「世界に出て行け!」「グローバル!」という御題目には辟易とするが,「日本ではないトコロに身を置いて日本を相対化して見る」というのは大変に意義深いとも思う。いやまぁ「日本vs海外」のみならず,何にでも言えることですが。自分の考え方が,いかに身を置く環境から影響を受けているか,「あたりまえ」とは何か。海外生活(旅行でも可)の醍醐味である。
10月21日(金) チューリッヒ日本人研究者セミナー
霊長類研の半谷吾郎さんによる屋久島サル研究の話。
色々と思うところアリ。
驚きは調査のロジ。信じられない。

10月22日(土) チューリッヒ動物園
広大な敷地にノビノビと動物が暮らしている動物園,みたいな触れ込み。
いやいや,動物園にいる時点で・・・とか思いつつ。
あと至る所に「人間活動のインパクト。保全に向けて。」みたいな啓蒙系パネル。
へたしたら動物自体の紹介よりも多いんじゃないかというぐらい。
(ドイツ語のみの説明パネルも多かったので,もしかしたら英語だけ読んだバイアスかも)
「一度で回りきれない」「何度も行きたくなる」という話だったが丸一日で十分。
また行こうとは,思わないかなぁ。http://ameblo.jp/momokohime7/entry-12063218917.html

10月23日(日) 日本人誕生日会
幼児持ちの家庭で集まって誕生日会。
食事持ち寄り,アナ雪系ドレスをみんなで着るなど。ちょとツライ。
全7家庭でダンナ出席が3家庭。この辺りは日本人の集会かなーと。
現地人ダンナ氏と英語でお喋りしつつ。
ナギはドレスにご満悦,リュウは主役になれず不満げ,タマは勝手に遊んでる。

10月9日(日)
グリュイエール(Gruyere)。フランス語圏。良い天気。
まずはCailler(カイエ)のチョコレート工場。アトラクションのような(英語解説付の)チョコレート史解説の後,製造ライン見学を経て,チョコレート食べ放題の領域。水分を自分で持ち込まないとノドがやけそうになる。つづいてグリュイエールのチーズ工場。ちょうど仕込みの時間だったので見学。電車が1時間に1本しかないがチーズ工場裏の公園が充実しているので時間が潰せる。子供は満足げ。家族車両(2階に遊具がある)を利用したのでまぁまぁラクチンだった。
0723地元発ー2008地元着

10月15日(土)
ベッリンツォーナ(Bellinzona)。イタリア語圏。雨。
Bellinzona駅の新築祝みたいな行事をやっていた。チョコや風船やコーヒーに酒が入ったものなど無料配布。駅前から街中心部まで延々と出店が並ぶ。チーズの試食(食べ比べて採点するイベント)もたくさん。そのままUNESCO世界遺産だという城と城壁をめぐる。まず街中の城から丘の上の2城を見上げると雰囲気があってよろしい。残り2城へは通常観光バスで行くらしいが徒歩で登った。子供連れで30分ぐらい。雨・霧で視界が悪く山頂の城から麓の城壁がまったく見えず。単なるハイキングだった。城よりもむしろ街中の教会の方が大きくステキだった。
往復はRapperswill経由。アースゴルダウ(Arth-Goldau)からベッリンツォーナの間は山越えのため電車がすごい揺れる。携帯の画面を見ていて酔った。世界最長のゴッタルドベーストンネル(Gotthard-Basistunnel)は貫通しているが旅客利用は12月以降らしい。残念。

10月16日(日)
Suuser。地元。
こっちで知り合ったワイン好きのポスドク夫妻に来てもらう。前回は4軒をめぐってsuuserを楽しんだが今回は最初に妻子も含めてsuuserを楽しんで,その後は夫妻の語りを聞きながらのワイン試飲。ワイナリーのボスの息子氏(ドイツの学校で修行中)が英語で色々と教えてくれたり。満喫。
「科研が書けん」というダジャレがネットを飛び交うのは10月の風物詩ですね。科研って言う人と科研費って言う人がいますね。ボクの周囲は科研費だったので,科研という言い回しにはいまだ違和感を覚えてしまいます。とはいえオフィシャルに科研費データベース「KAKEN」なるものがあるので,科研の方が勢力が強いのかな?でもあの「紫シール」には「科研費」って書いてあるな。しかしあのシールはマジで誰得だし,あれの総費用を科研費に回せば若手B数件は採択数が増やせると思うので,文科省なりJSPSのエロイ人達には猛烈な反省を促す次第であります。


まぁそれはどうでもよくて,データベース「KAKEN」はすごく便利ですよね。どういう人がどういう細目でどうしうネタで採択されているかが一目でわかる。もちろん科研費以外の大きなモノを持っていて応募していないケースもあるだろうが,取り続ける人は本当に隙間無く取り続けている。研究者とはいえピンキリだというのが一目でわかる。

中には「あの人がなぜ取り続けられるの?」と思う人がいないわけではない。というのは,ある時,そういうリサーチをするのが大好きなオジサンが「基盤Sを取っている人を,片っ端からWoSでCitationを調べた」とのことだったので,その通りに調べてみたのだ。一方で,学会などで発表を聞くに「あぁこの人の研究はキレがあるなぁ」と思う人であまり科研費を取れていない人もチラホラといる。

それってなんでかなと思って,直接申請書を見たわけではないけども,ちょっとした仮説を立てている。それは「科研費の採択率には人当たりの良さが影響している」というもの。

これは直接的に人の良さが影響している,つまり「審査員がアイツは良いヤツだから良い点をつけてやろうと考えた」というようなことではなく,もうちょっとフェアなもの。日頃から人当たりの良い人は,人当たりの良い文章を書けるから,「自分の研究の意義付けの部分」で「他の研究をアゲ」た上で「自分の研究もアリですよね」と書いているのではないかと。逆に「学会で見てキレ味がある系」の人は「他の研究をサゲ」ることで「自分の研究の方が優れている」と書いているのではないか,と。

「科研費の書き方」書籍なんかを見れば書いてあることなのかもしれないけど,これは中々に重要なポイントなんじゃないかと思っている。なにせ審査員は近い分野の研究者。たとえば「モデルなんて所詮は絵空事。やはり観測が最高よ。」と書いたものがモデル研究者審査員にわたったらどう思われるか。「あのモデルはすごい。この観測をすればシナジー効果でwin-winよ。そらそうよ。」と書いたものであればどうか。

ボクは基本的にネガティブな性格なので,難点をあげつらうような書き方になってしまいがち。気をつけても2,3箇所はネガティブになってしまっている。今回は,元々ボクが科研費書類を添削していたポスドク氏に,逆に査読をお願いしたところ,ポスドク氏が「ここネガティブになってますよ」と指摘してくれた。うん。素晴らしい。

今年は基盤Bのみ。萌芽も出せるけど今回はおやすみ。
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kawagucci
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海洋系の某独法で働く研究者が思ったことをダラダラと綴っています
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