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自由と信念の箱船で恍惚と不安を抱きストロングスタイルで爆進します!
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最近つづけざまに2つの原稿を読んで,色々と考えてしまった。

原稿の英語が拙いとか,記述がわかりにくいとか,まぁそういうのも深刻な問題ではあるのだけれども,一番の問題は「世界観」がまったく見えてこないことだ。
世界観というと,もやっとしたモノのようであるけども,もうちょっと具体的に言うなら,「論文で対象としている場で関与する物質動態の概要」みたいなモノである。

そういう世界観が見えてこなくて,ただ単に,観測した数値と,想定したプロセスとだけが書かれていて,これで説明できるよねオーケーオーケー,というような議論が展開されている。
たとえば「コレが起こるためにはアレが必要だよね(アレについて言及無し)」とか「コレが存在するなら必然的にアレも存在するよね(アレについて言及無し)」とか,そういうこと。

それで考えさせられるのは,こういう「論文原稿における世界観の欠落」というのは,論文原稿を書くことの技術的困難から生じているのか,それとも(原稿を書くという行為を経ない脳内の段階で)そもそも世界観が欠落しているのか,どっちなんだろうかということ。

もちろんこれを「他山の石」とせねばならないことは,言うまでもない。
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6月2日(金)
幼稚園終わりの一号が12時前に帰宅してすぐ出発。
1223地元駅発。HBでホットドッグとカフェラテを購入。友人家族と合流。
1302HB発のBrig行きのICに乗車。家族車両あり。
Vispにて乗換6分でZermatt行き。首尾良く。

Zermattの1つ手前のTäsch駅で下車。
Guest House St. Martinに宿泊だが,部屋の鍵は駅前のCity Hotelで受け取る。
5人部屋(2シングル2部屋)を2泊で390CHF。
他の部屋には住んでいる人もいる様子。
荷物を置いてZermattに向かう。
Täsch-Zermatt間のシャトル電車はプラットフォームが別で,乗車には専用チケットが必要。

友人家族と再合流して街ブラ。
どうやらこの週末から夏シーズンが開始らしい。
夕食はおしゃれっぽいイタリアン。
レモンリゾット・子供ピザ・カルツォーネ・ラビオリとビールで140CHF。
宿に戻って就寝。


6月3日(土)
6時起き,7時にCity Hotelで朝食。8時にZermattで合流。
08:30発のケーブルカーでSunneggaスネガー展望台へ。

駅を出ると正面にマッターホルン。壮観。
駅から出て左手下に見えるショボイ水溜まりがLeisee。
逆さマッターホルンの撮影スポットで子供の遊具もある。
別客のピザデブが子供遊具の水揚げポンプをバシャバシャしたせいで,
Leiseeの湖面が揺らぎ逆さマッターホルンが撮影できず,
揺らぎが無くなるのを待ったら雲がかかってイマイチになった。
まったく。

友人妻&次子はケーブル下山ということで別れて徒歩下山へ。
まず6番コースで下り,途中で「Zermatt行き」というショートカットコースへ。
途中でモーマットを見かけるなどしつつ100分ほどで終了。
昼は教会広場から少し駅に戻った山側にあるレストラン。
ラクレット・ソーセージ・子供シュニッツェル・子供牛フィレ(これはウマい)
ビールも飲んで100CHF。

天気がもつか怪しかったが,ゴルナーグラート(Gornergrat)展望台へ。
友人夫&次子はホテル待機。
頂上は雲が多く暗かったが4000m級の山々と氷河はやはり壮観。
1駅分歩いて降りたかったが,雲行きが怪しく子連れなので安全第一で断念。
下山して公園で遊んだところで降雨。
DENNERでHeida AOC Valaisのワインを購入。
Taschに戻ってケバブ屋で夕飯を購入(42CHF)。
DENNERで購入したツェルマットビールとともに宿で食べる。


6月4日(日)
朝から雨。
7時にホテルで朝食を取って,荷造りをしてチェックアウト。
0945頃Täsch発の電車に乗ってVisp経由でHBまで戻る。
13時頃HB着の後,バーキンで昼食をとって解散。地元駅に戻る。
人それぞれに「思い」があるのは悪いことじゃない。
その「思い」によって発露する行動が規定されるものだろう。
しかし「思い」によって,他人を見る目が偏向せぬよう注意することは必要だ。

『ヒトは見たいものしか見ない』
あるいは
『ヒトは見たいものを見る』
というフレーズに初めて触れたのは,
たぶん実家に置いてあった何かのマンガだった。
すごく心に残っていて,今でもよく頭に浮かぶ。

最近,自分の発言に対して,他人から返ってくる,
「あなたはこう思っているんでしょ」
という返事がまったく的を射ていないことが多くなってきた(気がする)。

それはもちろん多分にボクが粗暴な人間であるという印象を与える風貌であり,
またそういう言動をしているからかもしれない。
しかしボクは(自分で言っちゃいますけど)わりとマイルドというか,
見解のダイヴァーシティに対しては寛容というか柔軟なのです。
ウソとか誤りには厳しいですけど。

ボクとしては「みんなのため」と思って行動することが多いのだけど,
それをやっぱり「アイツは自分のことだけを・・・」と捉えるヒトもいる。
でもそういうヒトって大抵の場合,
そのヒト自身が「みんなのためと言いつつ自分のため」という行動をしている。

みんな「自分の考え方」というのがあるのはもちろんなんだけども,
結構な割合のヒトが,
「他人も自分と同じような考え方をしているだろう」という前提でいる気がする。
それが色んな問題(?)の根源にあるんじゃないだろうか。

この類型の強固な一例としては,
科学者が抱きがちな「理論的に正しいから自分の意見は正しい」みたいなヤツ。
そんなわけないじゃない。
5月11日(木)
09:35 LH1185 チューリッヒ〜フランクフルト
窓から地表がよく見えた。内陸の短距離フライトは窓側が良い。
フランクフルトでソーセージ&ビール&シャワー。

12:10 NH204 フランクフルト〜羽田
24時間前チェックインで無事にプレミアムエコノミー。空席チラホラ。
一度目の食事がなぜか自分だけ配られなかった。
食後の飲料配布の時に気付いてもらえるまでメニュー表を持って待ってた。
ほぼ寝られず。
映画『恋妻家宮本』『夜に生きる』『いまを生きる』
ビデオ『Jリーグなんたら』『プレミアリーグなんたら』


5月12日(金)
06:35 羽田着
通信用プリペイドSIMを購入して京急。
07:40追浜バスに少しだけ間に合わずタクシーで出勤。
日本に落とす荷物と,スイスに持ち帰るAmazon購入品の整理。
09時出勤の同僚と,今年度採択の科研費の打ち合わせ。

10時に同僚の車で職場を出て葉山自宅。連続排水の除湿器を階段にセット。
11時にトンカツ屋でカツ丼。昼サッカーにも参加(食後&寝不足で吐きそう)
所内で資源成因・資源環境・概算要求・同位体分析など打ち合わせ連発。

18時バスが(一般公開対応者のためか)満車で断念。
同僚の車で送ってもらう最中に飲み会の存在を知りそちらに合流。
おいしいビールの一次会,泣いて飲む二次会。
終電を逃したが夜のうちに川崎まで移動してチェックイン。京急Exイン。


5月13日(土)
08時頃起床。それほど悪くはない体調。松屋で牛丼&温玉。
部屋に戻ると一気に二日酔いが襲ってくる。身動きとれず。

12時半に池上・久松温泉で友人の海外赴任壮行会。
12時開始予定で15人ぐらい参加の予定も自分が3番目。
主賓も13時過ぎ到着というゆるい感じで。しかし苦しくて飲めず。
16時前に後ろ髪をひかれる思いで途中離脱(カラオケまで行きたかった)

17時前に東大山上会館。恩師退職祝賀パーティー。
当然関係者が多数集まるので,開始前にババッと各種打ち合わせをする。
『伝説の男』堤眞と再会。
30km先の海で風呂代わりに泳ぐ,サクラを眺めて自転車で180km走るなど。
68歳(のはず)だが言動がまったく変わっていない。頭も身体も元気いっぱい。

18時恩師祝賀パーティー。
関係者が多数すぎるので恩師とは喋れずじまい。
ひたすらブリの刺身を食べ続ける。
二次会で隣の席に座って,ずっと聞きたかったことをいくつか。
 ・恩師の恩師(初代教授)が海洋化学をはじめた経緯(自分のルーツ)
 ・別筋の恩師(2代目教授)に対する思い
 ・色々やってるがどの研究が先生にとって「会心の作」なのか
 ・やはりチョキだけは別格なのか
などなど。
大筋は思っていた通りだったが,細かいところが先生独特の感覚で,面白かった。
アマピーとお喋りしながら帰路。
ここにきて回復模様なので川崎で壱角家。
ここにきて時差ボケなので26時頃まで眠れず。


5月14日(日)
朝はリンガーハット。
新入り外国人従業員(トルコ系?)にパートおばちゃんが指導している。
グローバル化ってのはこういうことなんじゃないかと思ったり。
部屋でゆっくりして10時前にチェックアウト。

川崎中央郵便局から前日着ていたスーツなどを実家に送付。
スーツケースを持ったまま葉山自宅へ。除湿器の稼働状況確認。正常。
葉山のローゼンでスイス地元の日本時妻への土産ラーメンを大量購入。
スーツケースに詰め込んで羽田へ。13時過ぎにチェックイン。
羽田国際線ターミナルのラーメンフードコート的なところ。
これまた従業員が外国人。
ムスリムかもしれないけど,豚骨チャーシューメンを作るのは良いのか,とか考えたり。

15時にメイルが入り,横浜でExポスドク女史とお茶。
人生相談的な会話。
任期付職と妙齢女性,研究テーマの取捨選択と人間関係,人生哲学の確立,など。

19時過ぎに横浜ヨドバシ地下で高級親子丼,それほどおいしくない。
羽田に移動してラウンジ潜入。
同世代の某スーパー研究者と遭遇。ちょろっと話す。

00:50 NH203 羽田〜フランクフルト
5時間ぐらい眠る。
映画『Hidden Figures』よかった。
あとはバラエティなど流してボーッとしつつ。
フランクフルトでの入国。
スイスの滞在許可証でEU Citizenラインから入国できるのか試すの忘れてた。
ラウンジで焼きソーセージとビール。

07:40 NH6249 フランクフルト〜チューリッヒ
日本の雑誌を読んでたら隣席のオバチャンに「それどうやって読むの?」と聞かれる。
トラム〜Kloten〜S7で自宅まで。1008着。
昼食後,泥のように眠る。
友人(研究者)を訪問するプチ旅行。子供一人連れ。

飛行機もあるし電車でも色んなルートがありえるが,一番安い方法を選択。
スイス国内でジュネーヴGeneveまで移動し,フランスSNCFのTERでリヨンLyonまで。
Zurich-Geneveが往復89CHF(子供はKiner Ticket入手済みなので無料)。
Geneve-Lyonが片道42EUR(大人1名 6歳1名)。
いずれも当日購入。

4月27日(木)
地元駅07:23発でZurihHBへ。HB08:03発でGeneveへ。がら空き(子供遊び場車両無し)。車内でホットドッグ食べてる時にケチャップこぼした。

GeneveでSNCFに乗るのはSBBと同じ駅の7-8番ホーム。券売機で購入後,パスポートコントロールを通過して待合室。フランス側には売店皆無でWifiもない。ギリギリまで越境しなければ良かったと後悔。

TERは片側廊下で8人個室の車体。相部屋がいなかったのでノンビリ過ごす。シートのクッションが切れているなどやや汚い。同路線にTGVも走っているが,料金が割高。TERでも不快でなかったしトイレはキレイだったので問題なし。SwisscomのプリペイドSIMは,フランスでも使用可だが割高。基本は機内モード&Wifiで使用。

Lyon Part-Dieu駅に到着後,駅前で問題無く友人と合流。まずは観光市場(Les Halles Paul Bocuse)へ。その後に街のパン屋。とにかく安い。パン・オ・ショコラが1EURぐらい。エスプレッソが1~1.5EUR。チューリッヒの半額。ローヌ川の川べりで昼食。

大広場(Place Bellecour)で一旦おわかれ。広場の北側から南側へとブラブラと歩いてPerracheからトラムT1でENS de Lyonまで。ラボのお茶部屋にオジャマした後にスーパーで買い出しをして友人宅。元気な子供達と一緒に夕飯。クネルQuenelle。

11時半に子供が就寝して,そのままだらだらお喋り。親・夫婦・男女など様々な人間関係について。

4時前に就寝して7時過ぎに子供に起こされる。8時過ぎに朝食クロワッサンをいただき,子供をピンポンに送っていく間に自宅Wifiを借りてメイル確認。寝不足と飲酒でお腹の調子が悪い。

一緒に出て西側の旧市街へ。移動中にピットインして緊急用のストッパを投入。

ローマ劇場Teatres Romainまでケーブルカーで登って,ノートルダム大聖堂からLyon全体を遠望。

昼食はBouchon Le Laurencin 。リヨン料理Lyonnaise cuisineという分野がある。リヨンサラダ(ポーチドエッグとベーコンがたっぷり),牛の胃tripeのトマト煮込み(柔らかく煮えている),クリームブリュレとエスプレッソ。子供用のハンバーグにも焼き加減を聞かれる。

サンジャ教会Saint Jeanを見てからPart-Dieuに移動。出発時に間違って購入したチケットの払い戻し。英語があまり通じず,なんとなくウヤムヤになったが損はしなかった。電車待ちの間,お茶をしてお別れ。

14:36発。中央通路の4人ボックス席。子供は寝不足から寝っぱなし。10分遅れで出発して10分遅れでGeneve到着。12分の乗換時間ではタッチ差で間に合わず(他にも同じ状況の人が多数)。30分後の電車を待って帰路。車内は混雑も何とか座れた。20:38地元駅。Mega Kebabによって帰宅。
幼稚園が春休み(4月後半の2週間)だというのにスイスに寒波がやってきてチューリッヒは氷点下で強風で降雪もあるという週間予報。家の中に数日間もガキンチョどもと一緒に閉じこもるなんてもう発狂しそうなので,急遽スイス南方のイタリア語圏Ticino州に二泊三日の家族旅行(これまた発狂しそう)を組んでみた。

言葉など街の雰囲気もイタリアっぽいのだけど治安やサービスはスイス水準なので大変に好印象。風景がどことなく日本ぽい(山の植生かな?)。しかし日本からスイスに海外旅行へ行くとして『スイス感』があるかと言えば微妙なところである。


4月18日(火)
電車は大人2人往復で140CHF。時刻指定で安くなるチケットもあったが,子連れなので不測の事態に備えて通常料金で(SBBのindividual)。ゴッタルドトンネルGotthardtunnelが開通したので,時間も短縮し,揺れも少なくなって,Ticinoへのアクセスは格段に向上している。

ベリンツォーナで乗り換えてLocarnoへ。少し街を歩いてから湖畔のレストラン。Ristorante-Pizzeria La Tegola。アンチョビのピザ(ナポリ?)がおいしかった。

店を出てAsconaまでテクテク歩く。子連れで1時間ぐらいかな。

14時頃にHotel Mulino Ascona到着。5人1部屋があって,キッズプレイスペースがあるということで選択。可も無く不可も無く。隣に公園と学校があって,子供はそこで遊べた。Ticino州内の公共交通機関の無料パスをもらえた(ホテルの料金に含まれていたみたい)。

湖畔を通り抜け丘を登ってParco Parsifal, Monte Verità公園へ。登りがきつく途中で道に迷ったので疲労困憊。

夜はバスにのってLocarnoのRistorante Campagna Trattoria。Forcaという謎の肉料理を堪能。一号が疲労困憊の体調不良だったので早々に宿へ撤退。就寝。


4月19日(水)
ケーブルカーとロープウェイでカルダダCardadaに登ってから,下りハイキング。Locarno駅前に出るコースを選んだが,足場も視界も悪くあまりよくなかった。昼食もとれずじまい。Asconaに戻るバスの中で3号が嘔吐。ハイキングの間ずっと背負子に乗っていて体が冷え切っていたのが影響したかも。

Ascona湖畔でパニーニとビールとリヴェラ。高い。南端の公園で少し遊ぶ。

夜はホテル最寄りのOsteria Ticino。キッズメニューのリゾット,ボロネーゼ,カルツォーネなどすべて美味。ハウスのロゼワインも美味。全部で80CHFと安い。素晴らしかった。


4月20日(木)
Ticino州の無料パスでルガーノLuganoまで行けることが判明したので移動。駅から湖畔まで歩いて,街の肉屋(Mion Frutta e Verdura SA)でパンとハム各種を買って湖畔で食す。ハムおいしい。

湖畔を歩いて南下し,ケーブルカーに乗ってサン・サルヴァトーレ。360度展望。景色キレイ。遠くにはミラノが見える。

降りてバスで街に戻って16時頃にSBB乗車。地元まで戻っていつものMega Kebabで締め。
そのままなんだけどもグーグルアカウントの無料分(17GB)がGmailだけでパンパン(>16GB)になってきたので,破綻する前に手を打つことにした。カネで解決というのがもっとも早いのだけれども,それもちょっと違うなぁと思って,別の手を考えてみた。以下は覚え書き。

1.グーグルで2個目のアカウントを作成
2.メイル:旧アカウントへ転送しているメイルを新アカウントへの転送に書き換え
3.メイル:旧アカウントから新アカウントへ転送開始
4.メイル:旧アカウントの「連絡先」のみをインポート。
5.カレンダー:[.ics]形式でエクスポート&インポート
6.サイト:権限者に新アカウントを追加,権限を移行,旧アカウントの権限を削除
7.Scholar:旧アカウント公開のまま(各種サイトや共著者などリンク維持のため)
8.Scholar:新アカウントは非公開で同情報を入力(検索&サジェストのみで運用)

あまり大した作業はしていない。
アカウント切替も簡単にできる(Firefox for MacとAndroid)。
ラクチンかも。
しばらく様子見。

追記(4月7日)
8.メイル:フィルタを旧アカウントからインポートした。
1号が幼稚園から泣いて帰宅した。半べそとかじゃなくて,顔を真っ赤にしながらグッとこらえて家まで辿り着いて,それが決壊しかかってボロボロ涙が出て,でも大泣きするのは堪えて,という様子だった。自分の子だとかを抜きにしても,大人として,胸が痛い。

帰り道で,同じ団地の悪ガキ(同世代の男児と女児。両親とも現地人)から,脱いだ上着でバシバシ叩かれたらしい。悪ガキどもは遊び半分というか,からかっているというか,まぁイタズラのつもりだったんだろう。上着だから基本的には叩いても痛いものではない。しかし何度もバシバシやられると,数回はファスナーの金具など固いモノがあたり,猛烈に痛い。そんな経験は自分にもあるから,1号の報告を聞いていて,ただただつらかった。

一緒に通園している別の女児(A嬢。ママはアジア系)は不思議ちゃんキャラなのだが,1号のやられている様子を見ていて,ママに報告したらしい。「ワタシは何もできなかった。どうしたら良かったの?」と。それでママと一緒になって,お菓子とおもちゃの詰め合わせを作って,うちに遊びに来てくれた(我が家は1号慰安旅行に出ていたが戻ってきたところで出会えた)。

A嬢ママを通じて,A嬢の見ていた様子を聞く(1号の申告通りだった)。そのまま外でしばらく遊んで,その後はじめてウチの中まで来てくれて,晩ご飯になってママが迎えに来るまでしっかり遊んでいた。1号もすっかり気を取り戻した様子で,晩ご飯を食べて,お風呂に入ってとしていた。

突然,家の呼び鈴が鳴った。悪ガキ男児がパパに連れられてやってきた。パパ曰く「本当にすまなかった。謝らせる。」。それでシュンとしてしまっている男児も謝罪の言葉を述べて,握手して,帰っていった。どちらかと言うとパパが息子に怒っている様子だった(このパパは日頃から息子に厳しいと感じているので印象通り)。

つづいて悪ガキ女児がママに連れられてやってきた。こちらのママは,先週ボクが誤って怒らせてしまったママさん。ママ曰く「たくさん叩いたみたいでごめんなさいね。そちらも叩いたみたいだからお互い様よね。これでノーサイドね。」。ボクは立ち会っていないのだけど(3号のウンチ処理をしていた),ヨメ氏が言うには顔を引きつらせてイヤイヤ謝っている様子だったらしい。悪ガキ女児の方も,ママと同じような感じで,いちおう謝って握手して帰っていったらしい。

どうやらA嬢ママから悪ガキ両親に連絡がいったらしい。そしてその後,またA嬢ママから話を聞いていると,どうやらA嬢が団地キッズの中で不思議ちゃん的な振る舞いをするのも,悪ガキ達となじめない(同じような目にあっていた,の隠語か?)から,1人で遊ぶようになったことが原因みたい。

ということで約一週間にわたって団地キッズファミリーとの軋轢があったが,最終的に起こった明らかな事実としては「第三者が見ているところで悪ガキが身体的暴力をはたらき」「両親がそれを把握し親子ともども謝罪した」ということ。言葉の壁などがあって疑ったり疑われたりとかいうグレーゾーンが続いていたが,それを突破したところで決着(?)がついた。1号は,親のピリピリ感とか,わざわざ謝罪にきた事の重大さを感じているようで,団地キッズと距離をおいて(でも通園など必要な時は無視したりせず)付き合っている。


1号は,叩かれて堪えていたのも含めて,親のワガママで異国に連れてこられた中で,本当によくやっていると思う。日本にいれば明日から小学生になる歳だが,卒園式や入学式,小学1年生1学期が無いことを補ってあまりある経験と成長をしてくれているのではないだろうか。本を読んだり数字を理解したり,そういう目に見える能力では18ヶ月後にうまれた2号の方が現時点で格段に優れているが,1号には他人と共生していける希有な才覚があるように(曇った父の目からは)見える。外ではガマンしてしまう性格なので,父という存在を,精神を解放させられるような相手として認識して育っていってくれれば良いなと思っているところである(現状はうまくいっているが数年たてば,ねぇ)。
我が家のガキンチョの所業の積み重ねにより,団地において完全なるトラブルメーカーとして認定されておる様子である。

うちのガキンチョは地元の団地キッズの中では年齢が低い。言葉も(ガキンチョどもは通じていると言うが)それほど通じていない。しかし地元キッズにベッタリ甘えているので,おそらく団地キッズとしては迷惑な存在なのであろう。

当初は優しく接してくれていたが,一緒に遊ぶことが増えた頃から,あるいは簡単な意思疎通が出来るようになってきた頃からか,わりと明確に面倒臭そうな態度であしらわれている。それはウチのガキンチョどもが遠慮しなくなってエスカレートしている部分と,団地キッズがうちのガキンチョに飽きてきた部分と,両方があるのだろうけども。とはいえ,複数の家庭で一緒になって遊んだりはしている,というのが今の状況。

数日前,団地の小川で遊んでいた際に,団地キッズが「水に入れよー」とガキンチョをけしかけて,ガキンチョが水に入ってずぶ濡れになった,ということがあったらしい。ボクが見に行ったのはすべてが終わった後だったけど,たしかに団地キッズは濡れていなくて,ガキンチョはずぶ濡れだった。それだけのことなんだけども,ガキンチョに言わせると「入りたくなかったけど言われたから水に入った」ということだった。その時にはヨメ氏と「いじめというか,からかわれているのかねぇ」という話をして,その時はそれで終わった。

それで昨日。また小川で遊んでいたらしい。その流れで,なぜか知らんが,ガキンチョが団地内の茂みにウンチをしたと,団地ママ1から言われ,あわてて対処をするべく家から出て現場に行った。とりあえずウンチは片付けて,その場でガキンチョと話をした。その間に,団地キッズのほとんどは家に帰っていった。うちのガキンチョが言うところには「今日も水に入れと言われた」「本当はイヤだったけど入った」「そこでウンチをしたのは,家に帰ると言ったが帰らせてもらえなかったから」とのこと。

ボクとしては,これはまぁ半分本当で,半分言い訳なんだろうな,ぐらいのつもりで受け止めていた。そこに団地ママ2があらわれて,残っていた自分の子供を連れて帰る様子だった。だからちょっと話を聞こうと思って話しかけた。

「ガキンチョが,本当は水に入りたくなかった,と言ってるんだけど,何か知ってる?」と聞いた。いま思えば,これは聞き方が大変まずかった。団地ママは「strange」と言った。ボクは「ボクもstrangeだと思っている。でもガキンチョはそう言ってる。事実を知りたいんだ。何か知ってる?」と言った。すると団地ママは強い口調で「ガキンチョは先日も喜んで自分たちから水に入って遊んでいた。入らせたくないなら自分で監視するべき。我々のresponsibilityじゃない。」と言い放ち,帰っていった。

団地ママの言うことは大変にごもっともで,ボクもそう思う。直接見てもいないのに,自分の子供の言い分だけを聞いて,よその子供を疑うような言い方をするのは,大変よくない。ボクのクセで,まず事実関係とか聞き取りとかをして十分情報を集めてから何があったのか考えたいので,つい聞いてしまったのだ。でもこの場合,「聞く」ということそのものが「疑いを投げかける」という意味にとられることに対して,あまりに無頓着だった。


それでまぁその場はもうオシマイなんだけども,家に帰ってから悶々と悩んだ。あと4ヶ月暮らさねばならぬ団地で,団地キッズ達と完全に決裂してしまうのは,ガキンチョにとっても親にとっても,絶対に避けたい事態である。言葉の通じない相手と遊ぶというのはガキンチョにとってまたとない成長機会だ。

茂みでウンチをするというのが,コチラの人にとってどれほどの悪行なのか,ちょっとわからない。立ちションレベルすらしない国柄なのか,はたまたノグソも余裕なのか(もちろん団地内では御法度であろうが,たとえばハイキングの時にとかそういう意味合いで)。また「子供がやったこと」について,「子供がやることは仕方が無い」となるのか,それが「親の教育/監督が行き届いていない証拠だ」となるのか,その辺りも不明だ。これが日本であれば,大体の線引きというか,この辺まではオッケーかな,みたいなのがわかるのだが。

また「子供同士の人間関係」について,親がどのように関与していくのが「ノーマル」なのかがわからない。4-10歳ぐらいの子供達が団地で遊んでいるところで,親がそこにいて見ていることが,どういう意味を持つのだろうか。すでに団地ママと一悶着あった上で,これからボクが子供の遊びを見ているとしたら,それは団地キッズにとって「監視されている」というイヤな目線になりはしないか。はたまた,これでもなお見ていないとしたら,団地ママに「トラブルを放置する迷惑家族/教育放棄」と受け取られるのか。

そもそも「人前で自分の子供を叱ること」とか「子供に対しての叱り方」とか,どういう振る舞いがコッチの人々にとって虐待と受け止められるのか・しっかり教育していないと受け止められるのか,そういうのもサッパリわからない。さてさて,どうしたものか。

目の調子が悪い。日本から戻って特に気になりだしたが,もしかしたら日本に行く前から悪かったかもしれん。

症状は,比較的近いところを見た時(たとえばラップトップの画面を通常の距離感で見る時)に,左眼の視野の中心がぼやける。遠くを見る視力は問題無い。遠くを見ると,相対的に視野の中心というのが気にならないからかもしれん。

元々,左眼がよく見えて(2.0),右眼があまり見えない(0.1)。ラップトップの画面は,右眼の視力でキレイに見えるギリギリの距離。調子の良い時は右眼と左眼でうまく橋渡しができて,近いところから遠いところまで問題無く見える。しかし疲れてくると焦点が合わなくなることはこれまでにもママあって,近くも遠くも二重に見えていた。今回はそれのすごいヒドイバージョンみたいで,ラップトップの文字が全然見えない。

あ,でも今いろいろと見てみたら,単純に左眼で近いところが全体に見えにくいだけかもしれん。だとすると,元々の遠視に加えて老眼がはじまっているということだろうか。それは困った。

日本眼科学会>一般のみなさまへ>目の病気,を素人ながらに調べると,症状は「中心性漿液性脈絡網膜症」に近いかもしれん。30-50代の働き盛りでおこる,ストレスが原因,ステロイド剤の副作用と,すべて当てはまる。

しかし目の充血,ゴロゴロ感もあるので,アレルギー性結膜疾患かもしれん。日本に帰ったせいで雑草(ぶたくさ?)や花粉のアレルギーが出ているという可能性は大いにある。

いずれにせよ,目が見えにくいというのは,文筆業のようなモノである研究職にとっては大変つらい。とはいえ,極端に近づいたり離れたりすれば十分に読み書き可能なので,あまり視力を言い訳にせず,仕事をせねばならぬ。

なおこちらの病院にかかると日本の保険で云々という面倒が生じるので,今のところ通院はしていない。いよいよヤバければ,5月の一時帰国時に眼科に行こう。最悪7月末の本格帰国まで放置しても,将来的なダメージという意味ではさほど差はないだろうから。
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海洋系の某独法で働く研究者が思ったことをダラダラと綴っています
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