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自由と信念の箱船で恍惚と不安を抱きストロングスタイルで爆進します!
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6月9日
オーナーから詳細な情報が送られてきた。
すごく整理されていて,わかりやすい。
おそらく保険営業マンとしても優秀なのだろう。
懸案だった保険についても,
我が家に必要な分を準備した契約書を置いていってくれるとのこと。
以下オーナーによる情報
・到着時にコンタクトする場所と日時
・家の住所とGoogleマップ上に示された位置
・役場の連絡先(幼稚園や税金についてはココへ)
・幼稚園の位置(Googleマップ)
・電車の駅
・銀行(オーナーが口座を持っている銀行の担当者アドレス)
・携帯(Swisscomがいいよ)
・郵便局
・支払い(家賃と敷金)
・保険(1年契約の最適なモノ,契約書にサインするだけの状態にしておくよ)

6月13日
オーナーからメイル。
隣人が色々と手伝ってくれると言っているらしい。

6月16日
隣人にメイル。すぐに返信あり。
7月31日の空港-ホテル,8月1日のホテル-新居の移動について,
アレンジをしてくれるとのこと。大変ありがたい。

6月20日
オーナーからの情報にあった役所の連絡先に,
Kindergardenについて問い合わせたメイルの返信。
NagiはOK,Ryuは2日誕生が遅いのでダメ,とのこと。
この後「早期入園が可能って聞いたけど?」と問い合わせたが,
「used to be possible, but government is changing school law」とのこと。
Pre-schoolに入れるとなるとお金が・・・なので,
ホスト教授に「これってホント?」と問い合わせメイル。

6月21日
大型スーツケース1個と段ボール搭載用キャリー2台を密林発注。

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ということで,
大枠での準備はほとんど整ってきた気がする。
オーナーと隣人が良い人で助かっている部分が大きい。
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ちなみに仕事の方。
6月1日に5ヶ月の査読を経て主著原稿が返ってきたので対応
さらに6月になって2件査読依頼。両方受諾。
6月10日に7月航海の研究者打ち合わせ。
6月12日〜13日は和歌山で航海打ち合わせ(30分のために1泊2日)。
出発までに投稿しているはずの原稿が3つ残っている(煮込み・沖縄・チャモロ)。
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2016年6月1日
オーナーに直接メイル。
よろしくね,という程度の内容。

2016年6月2日
エージェントにチューリッヒ空港への到着日時の連絡。

2016年6月3日〜
オーナー,エージェントともに音沙汰無し。
もしかしてすごく手の込んだ”ゴースト”案件なのではないかと不安に。
現地の友人らにメイルするも,確認作業は難しいとのこと。

2016年6月7日
オーナーに6月1日と同内容のメイルを別アカウントから送信しつつ,
エージェントに「オーナーと連絡がとれない」と連絡。

2016年6月8日
オーナーから返事あり。ごめんごめん,みたいな。
エージェントからも返事があり「兵役に出ていたそうです」とのこと。
よかった。
2016年4月4日
航空券の予約。
出張時にいつも使っている旅行会社に依頼。
日頃から「出入港地が異なる三角海外出張」などの手配も依頼しているので,
片道切符などイレギュラー対応にも強いと考えて。
8月1日から現地生活をはじめるべく,
「2016年7月31日出国の片道」で依頼。
またANAスーパーフライヤーズの本人+家族会員なので,
「できればスターフライヤーズで」という条件。

2016年4月7日
航空券について「1年適用のWクラス」での往復チケットを薦められる。
往路:成田ー(ANA)ーデュッセルドルフー(LX)ーチューリッヒ
帰路:フランクフルトー(ANA)ー羽田
帰る頃には現地慣れしていると考えれば,
フランクフルトまでは電車移動も可能なので,悪くない。
ANAなのでシートも融通が効くだろう。
夫婦+子供2人分の荷物容量を合わせれば,船便輸送の必要がないかも。
4人(+1幼児)で総額80万。
幼児は復路時点では2歳だが,ANAは購入時年齢(1歳)で決まるらしい。

2016年4月8日
スイスの家探しを自力で進めることを諦める。
ETH-japanese MLで薦められたエージェントに依頼することに。
http://www.swissjapansupport.com/
即時返信あり。
希望の条件などを伝える。
いきなり4件の紹介。

2016年4月12日
エージェントから最有力候補の実地見学レポート。
いきなり「もうこれ以上はない」とのこと。
・125平米。3ベッドルーム&1バス&1シャワー
・洗濯機&乾燥機を含む家具完備
・駅&スーパー&湖&葡萄畑が徒歩5分以内
・幼稚園も徒歩10分
・斜め向かいの住人が日本在住経験があり日本語使える
・Zurichの街中での同条件と比較すると安め(3,000CHF)
・オーナー都合で2016年8月からの1年間のみという日程が完全マッチ
・大学までは電車30分+徒歩10分なのが難点か(年パスで2,160CHF)

2016年4月13日
上記条件がどんなもんか,現地人の知人とホストに相談。
意見が揃ったのは,
・Stafaは「gold coast」と呼ばれている大変niceな町である
 -南側がチューリッヒ湖に開けていて日照時間が長い
 -ロジャー・フェデラーやメガバンクの頭取などセレブが住んでいる
・立地を含めた条件と照らすと家賃はかなり安めの設定である
ということ。
ただしその後に続く言葉は,
知人が「Horgenの家具無し2,500CHFとは,家具購入などを考慮するとトントン」
ホストが「あんたの給料でこの家賃はキツイ。他も探すべき。」
悩ましい。

(2016年4月12日)
スイスでの家とはまったく別件として,
そして7月航海とも別件で,
5月2日〜5月9日の航海への乗船オファー。
乗っている場合ではないが,内容的には逃せない航海。
「キミが乗らなければ観測を省略せざるをえない」と言われれば,乗らざるをえない。
スイス関係のやりとりをGW中に進める予定であったが,ここで計画が崩壊。

2016年4月15日
GW航海があり色々と選んでいる時間的な余裕がない気がしたので,
Stafaの物件に決める方向でエージェントに書類を進めてもらう。

2016年4月15日
子供達のパスポート申請。
関内(?)のパスポートセンター。
申請時は親のみで可,受取は本人必須。
姓が公式にkawagucciなせいで書類に不備が生じたが,
大きな問題はなく取得(4月24日受取)。

2016年5月20日
エージェントへ手数料の入金。
家賃一ヶ月分3,000CHF。35万円。

2016年5月31日
不足書類があって滞在許可の話が進んでいないのではと不安に思い,
秘書(ETH事務)に状況を問い合わせたところ,
「今朝,発行された」と返信。
家族5人の滞在許可証のコピー。
同メイルに,
「あなたが入国する8.1は国民の休日だからオフィスはどこも開いていません」
との付記。
なんてこったい。
とはいえ,
「滞在許可」「移動の航空券」「現地の借家」の3つが揃ったことに。

実質的には4月頭から仕事をしながら進めて5月末に完了。
ここまで来て振り返れば,それほど大変ではなかったかな,と言える。
家をエージェントに任せたのが一番デカイ。
あと物価が高すぎて,かえってカネ勘定が大雑把になったことも即決の要因だった。
海外に住んでみたい動機の,わりと小さくない部分が,
「海外で家庭生活・子育てをしたら,どんな感じなんだろう」
というのがあったので,JSPS海外応募時点から,
「行くなら子供を連れて」という計画。

ただJSPS応募時点では単身赴任状態で,妻子は別の場所に住んでいた。
2人目以降に至っては一緒に住んだこともなかった。
なので家族とともに海外に行くとなると,まず子供達を父親慣れさせる必要がある。

そこで在外研究員に採択される段階(2015年12月)で,
2016年4月に日本で同居開始,
2016年9月から海外移住,
という計画を立てた。
(あくまで「長期出張」なので借り上げ社宅はキープしておける)

2016年1月8日〜1月31日
インド洋航海・首席。

2016年2月10日〜2月17日
沖縄航海ヒラ乗船。

2016年2月下旬
日本での自宅探し,契約。

2016年2月下旬〜3月上旬
プレスリリースで文科省の逆鱗に触れ,
次週の所属機関年次報告会での特別報告までビッチリとマークされ疲弊。
この間にスイスの家探しを各種ウェブサイトで試みるも進捗は悪い。

2016年3月中旬
ホストより「Horgen,5bedroom,2500CHF,家具無し」の紹介。
チューリッヒを去る知人宅らしい。
現地日本人会MLなどに相談。家具無しは大変との意見多数。
1年限定の滞在で家具無しはデメリットが大きいと判断し,お断り。

2016年3月中旬
ホストの秘書(ETHの事務?)より滞在許可証の必要書類一覧。
- letter of your university (template attached)
- if you are financed by a scholarship, copy of this certificate as well
- copy of your PhD certificate
- attached agreement signed by the head of your department and yourself
- copy of your passport
- foto (for the ETH card)
- form ‘Einreisegesuch’ see attached, please mention on this form all the members of your family staying with you in Switzerland
- copy of the passports of your wife and children
- copy of your family certificate
妻子のパスポートは引越の後でまとめて申請予定。
「family certificate」は戸籍謄本を自分で英訳(参考web siteは山ほどある)。
5月上旬に書類を渡しても間に合うとのこと。
ホンマかいな。

2016年3月中旬〜下旬
自分引越+妻子引越。
子供が引越&父親と同居のストレスで大変。
妻が子供対応,自分が家のインフラなど対応。

2016年3月下旬
全国共同利用公募に申請していた航海の内定通知。
7月5日〜7月15日。
出国予定の4週前〜2週前の期間。
いっそ出国後であれば誰かに主席代行をお願いできたのに。
申請者の責任として,乗れる以上は乗ることに決める。

2016年3月30日
34歳になる。
35歳になる時の自分がまったく想像できない。
2014年4月
JSPS海外PDと現職のダブルインカムでウハウハ作戦を思いつく。
この時点で残り任期は2年だったが,テニュア審査には通ると見込んで。

2014年4月12日
海外PDに申し込むべくETHのホスト教授にメイル。
これ以前に学会での面識はまったくなし。

2014年4月15日
ホスト教授より返信。
ラボはあんまり元気じゃ無いし,自分は事務局業で忙しいし,
研究分野もわりと遠いし,来ても良いけどイマイチなんじゃない?
みたいな,かなりネガティブな調子の内容。

2014年4月15日
こちらから返信。
とりあえず5月頭がJSPSの締切だから,詳細はさておき受け入れてよ。
3歳と1歳の子供がいて,スイスでの子育てにも興味を持ってるんで。

2014年4月22日
ホストより。
スイスでの子育ては良いわよ(ホストはオバチャン)。チューリッヒは安全だし。
と,急にウェルカムな雰囲気に。
「スイスでの子育て」がフックした様子。
いずれにせよJSPS申請へゴーサイン。

2014年10月
JSPSの結果は「面接」

2014年10月23日
ホストにJSPSの結果報告。
ついでに12月のチューリッヒでの面会を申し込む。

2014年10月28日
来てくれるなら会いますよ,との返信。
フランス出張と合わせて日程を確定。

2014年12月9日
チューリッヒ訪問。
午前中にご挨拶。聞き取りやすい英語。雰囲気も良い人っぽい。
ラボ見学の後,客員教授のおじさんと3人で街へ昼食に。
昼食後に解散。

2015年2月
第3子誕生。
JSPS海外申請時に「もし通ったら海外暮らしになるので」と,
予定を前倒しにして3人目の計画を立てた結果。

2015年4月
JSPS海外PDは落選。
現職のテニュア審査も落選。
残り任期1年で幼子3人という崖っぷち研究員に。

2015年10月1日
テニュア審査合格。

2015年10月6日
社内の「在外研究員」制度の募集があり応募することに。
上の子が小学校に入るギリギリ(アウト)なので,
これを逃すと相当先まで海外生活が出来なさそうだし。
ということでJSPS海外PDの際のホストに再度連絡。

2015年10月9日
いいよー,とのこと。
先方でもfundが当たってポスドクを雇う予定だとか。

2015年12月7日
在外研究員に採択され,ホストにも連絡。
9月1日からの渡航予定にする。
戻ってきたら上の子が「小1の夏休み明け」という算段。

2016年3月14日
ホストより連絡。
12月に大きな航海(IODPの首席)をやっていて連絡が遅れたとのこと。
現地の学校は8月22日に始まるので8月上旬のスイス入りを勧められる。


次回,家探しなど。

●a章●
【大学における教育の語られ無さ,に対する違和感?】
a1: 「大学生活・大学生の4年間」として多くを語られるが,大学における教育について議論になることはない。
a2: 大学が「学校」である以上,第一義には「教育の場」であることが重要だろうに。
a3: 当の大学生は大学教育を語らない
a4: 大学の教員も大学(教育)を語らない

●e章●現状
【愛されない日本の大学生】
e1: 授業料/奨学金の異常
e2: バイト
e3: 単位を取らねばならぬ
e4: 大学にずっといる学生は「つまらない大学生?」と言われる
e5: 必要なのは頭数だけ?大学が設ける「定員」

●c章●現状
【大学教員とはナニモノか】
c1: 大学教員公募・教員のアイデンティティ
c2: 教員としての資格
c3: 教員(学校)が与える資格
c4: 大学教員の業務,研究・運営・教育。教育の中の一部としての学部教育
c5: 非常勤講師

●b章●現状
【「誰が」「何を」大学教育に望んでいるのか】
b1: 医学部や法学部などの明確に職業に直結しがちな部分は除いて議論するよ
b2: 高校生ーー何かを学びたい。
b3: 大学教員ー自身の研究に関する知識・研究経験
b4: 親ーーーー
b5: 企業ーーー
b6: 納税者ーー

●d章●現状
【大学は,どのように見られているか】
d1: 卒業者の自覚としての不在
d2: 高校生に大学のことはわからない
d3: 京大入試問題
d4: ユニクロ早期就活
d5: 偏差値受験
d6: 大学の受益者は誰か,教育の意味・意義を義務教育の意味から考える
d7: 高校までと大学の質的変換?

●f章●未来
【では大学教育に求められていることはなんだろうか】
f1: 「高校までに習うこと」と「卒論で求められること」のギャップから。大学全入時代。入試。
f2: 「unlearn」こそ必要。知識の質的変換。
f3: アカデミックスキルズ(答えの無い問題を考える技術)
f4: 科学的であることとは。オボカタの例。
f5: 論理と決断は違う(安全と安心を例に「正しく怖がる」論)
子供の幼稚園で弁当がはじまったので生活サイクルがきまりつつあり,
日中にヨメが使える時間が増加したのでようやく家族経営(?)が安定。

母親と別部屋で寝させている一号二号が寝起きにグズるので,
朝食(可能なら昼食と夕食の仕込み)はボクの担当。

朝食のご飯は朝に炊きたい(一晩水に浸けた米はまずい)ので,
0600朝食にむけて0450に起きる必要がある。
でも米とおかずを仕込んだら,わりと時間が出来るので,
この30分ぐらいを使って,ブログ連載に取り組もうと思っている次第。

どうなることやら。
上二人がインフル陽性で幼稚園の入園式をキャンセル。
週明け4月11日(月)から元気に登園中。
年少新加入の二号は,やはり「よく出来る子」ポジションになった模様。
「つまらない」と言っているが,先生のおだてに気をよくしている日も。

スイス移住準備は着々。
パスポート申請は子供いらずなのでスラスラと。
受取は子供連れで関内まで行くのが不安(メンドクサイ)。
その他の書類も順調。
東大農の学位証明書(英文)がペラペラの紙で驚愕。
懸案の家探しについてはカネで解決することにして,
現地エージェントに家の手配をお願いする。
おそらく家賃35万で決まり。
ティナターナーとかロジャーフェデラーとかが住んでいる地区だとか。

新人歓迎セミナー。
自分が受入になっているJSPS-DC2振替の子を罵倒した以外は素直に。
キャリアが面白い人々,という印象。
ついにタダと同僚になって,感慨深い。

右足首の可動域が狭い(2年前ぐらいのねんざから)。
左首・左腰など体全体の左側が収縮してクセになっている。
左大腿前部の皮膚感覚が薄い。
極端な視力の影響と,ねんざをかばった生活と,その両方とが原因?
スイス行く前に整体で治しておきたい。
3月23日(水)
赤帽1台で引越。想定が甘すぎてかなり積み残しが発生。
ガスの連絡ができていなくて寒い思い。
カーテンレールを外してブラインド設置。

3月24日(木)
不動産屋に問い合わせてガス屋に連絡。
昼には対応してくれたので,まずシャワーでさっぱり。
妻子宅からの荷物受け取り,想定より多くて大変。

3月25日(金)
初めての自転車出勤。
南郷トンネル経由。うんざり。35分ぐらい。
黒眼鏡氏と2時間おしゃべりしてサッカーして帰宅。
午後ニトリの荷物

3月26日(土)
フレッツの開通工事。
ネット・光テレビ・スカパー!光の各種設定,ほぼ滞りなく。
1階のルータだけで2階の寝室にも届くっぽい。うれしい誤算。
夕方に妻子宅。

3月27日(日)
0530頃に出発。名古屋始発の「のぞみ」で移動。0930頃に到着。
昼から職場同世代の親子花見会。くたくた。

3月28日(月)
町役場で転入手続き。正式に町民に。
基本的な生活用品の買い出しを近所で。

3月29日(火)
積み下ろしのため出勤。
積み下ろしの途中で夕飯のため帰宅。

3月30日(水)
0630に自転車出勤,サッカー後,1430退勤。
1600にリュウ連れで前宅の明け渡しのため文庫。
帰りに夕飯を「ぷう」で。日本酒1杯とビール1杯。

3月31日(木)
高知出張予定も体調不良のため蒲田であきらめて帰宅。
39度。症状は悪寒と高熱のみ。寝る。インフルか。

4月1日(金)
引き続き悪寒と高熱。寝る。
「科研費落ちた●●氏ね」と念じる。

4月2日(土)
回復。しかしリュウ発症。40度超。

4月3日(日)
リュウ39度。辛そうではあるが毎食お粥をバクバク食べる。
水分も取るし,適当にアタマを冷やしているので,自宅療養。

4月4日(月)
リュウ36度。急におさまる。
大家さんに挨拶。免許証の住所変更。

4月5日(火)
リュウぶりかえし。39度。
0639バス出勤,追浜で20分待ち。トータル1時間と少し。
1705バス退勤,新逗子で20分待ち。トータル1時間と少し。
「どうにかなるでしょ」って気持ちが先行しすぎて,
あんまりマジメに取り組んでいなくて,
そのせいでかえって余計に時間を費やしている気がする。

とりあえずライフラインの稼働と布団は確保した。
あとは追々でもかまわないんだけども,
光回線でテレビもネットもやろうと思っているので,
最初の1週間は天気予報すら確認できないという不安が残る。

チューリッヒ案件が進まぬ中,リバイスの締切だけは刻々と・・・
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海洋系の某独法で働く研究者が思ったことをダラダラと綴っています
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