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自由と信念の箱船で恍惚と不安を抱きストロングスタイルで爆進します!
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海外に住んでみたい動機の,わりと小さくない部分が,
「海外で家庭生活・子育てをしたら,どんな感じなんだろう」
というのがあったので,JSPS海外応募時点から,
「行くなら子供を連れて」という計画。

ただJSPS応募時点では単身赴任状態で,妻子は別の場所に住んでいた。
2人目以降に至っては一緒に住んだこともなかった。
なので家族とともに海外に行くとなると,まず子供達を父親慣れさせる必要がある。

そこで在外研究員に採択される段階(2015年12月)で,
2016年4月に日本で同居開始,
2016年9月から海外移住,
という計画を立てた。
(あくまで「長期出張」なので借り上げ社宅はキープしておける)

2016年1月8日〜1月31日
インド洋航海・首席。

2016年2月10日〜2月17日
沖縄航海ヒラ乗船。

2016年2月下旬
日本での自宅探し,契約。

2016年2月下旬〜3月上旬
プレスリリースで文科省の逆鱗に触れ,
次週の所属機関年次報告会での特別報告までビッチリとマークされ疲弊。
この間にスイスの家探しを各種ウェブサイトで試みるも進捗は悪い。

2016年3月中旬
ホストより「Horgen,5bedroom,2500CHF,家具無し」の紹介。
チューリッヒを去る知人宅らしい。
現地日本人会MLなどに相談。家具無しは大変との意見多数。
1年限定の滞在で家具無しはデメリットが大きいと判断し,お断り。

2016年3月中旬
ホストの秘書(ETHの事務?)より滞在許可証の必要書類一覧。
- letter of your university (template attached)
- if you are financed by a scholarship, copy of this certificate as well
- copy of your PhD certificate
- attached agreement signed by the head of your department and yourself
- copy of your passport
- foto (for the ETH card)
- form ‘Einreisegesuch’ see attached, please mention on this form all the members of your family staying with you in Switzerland
- copy of the passports of your wife and children
- copy of your family certificate
妻子のパスポートは引越の後でまとめて申請予定。
「family certificate」は戸籍謄本を自分で英訳(参考web siteは山ほどある)。
5月上旬に書類を渡しても間に合うとのこと。
ホンマかいな。

2016年3月中旬〜下旬
自分引越+妻子引越。
子供が引越&父親と同居のストレスで大変。
妻が子供対応,自分が家のインフラなど対応。

2016年3月下旬
全国共同利用公募に申請していた航海の内定通知。
7月5日〜7月15日。
出国予定の4週前〜2週前の期間。
いっそ出国後であれば誰かに主席代行をお願いできたのに。
申請者の責任として,乗れる以上は乗ることに決める。

2016年3月30日
34歳になる。
35歳になる時の自分がまったく想像できない。
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2014年4月
JSPS海外PDと現職のダブルインカムでウハウハ作戦を思いつく。
この時点で残り任期は2年だったが,テニュア審査には通ると見込んで。

2014年4月12日
海外PDに申し込むべくETHのホスト教授にメイル。
これ以前に学会での面識はまったくなし。

2014年4月15日
ホスト教授より返信。
ラボはあんまり元気じゃ無いし,自分は事務局業で忙しいし,
研究分野もわりと遠いし,来ても良いけどイマイチなんじゃない?
みたいな,かなりネガティブな調子の内容。

2014年4月15日
こちらから返信。
とりあえず5月頭がJSPSの締切だから,詳細はさておき受け入れてよ。
3歳と1歳の子供がいて,スイスでの子育てにも興味を持ってるんで。

2014年4月22日
ホストより。
スイスでの子育ては良いわよ(ホストはオバチャン)。チューリッヒは安全だし。
と,急にウェルカムな雰囲気に。
「スイスでの子育て」がフックした様子。
いずれにせよJSPS申請へゴーサイン。

2014年10月
JSPSの結果は「面接」

2014年10月23日
ホストにJSPSの結果報告。
ついでに12月のチューリッヒでの面会を申し込む。

2014年10月28日
来てくれるなら会いますよ,との返信。
フランス出張と合わせて日程を確定。

2014年12月9日
チューリッヒ訪問。
午前中にご挨拶。聞き取りやすい英語。雰囲気も良い人っぽい。
ラボ見学の後,客員教授のおじさんと3人で街へ昼食に。
昼食後に解散。

2015年2月
第3子誕生。
JSPS海外申請時に「もし通ったら海外暮らしになるので」と,
予定を前倒しにして3人目の計画を立てた結果。

2015年4月
JSPS海外PDは落選。
現職のテニュア審査も落選。
残り任期1年で幼子3人という崖っぷち研究員に。

2015年10月1日
テニュア審査合格。

2015年10月6日
社内の「在外研究員」制度の募集があり応募することに。
上の子が小学校に入るギリギリ(アウト)なので,
これを逃すと相当先まで海外生活が出来なさそうだし。
ということでJSPS海外PDの際のホストに再度連絡。

2015年10月9日
いいよー,とのこと。
先方でもfundが当たってポスドクを雇う予定だとか。

2015年12月7日
在外研究員に採択され,ホストにも連絡。
9月1日からの渡航予定にする。
戻ってきたら上の子が「小1の夏休み明け」という算段。

2016年3月14日
ホストより連絡。
12月に大きな航海(IODPの首席)をやっていて連絡が遅れたとのこと。
現地の学校は8月22日に始まるので8月上旬のスイス入りを勧められる。


次回,家探しなど。

●a章●
【大学における教育の語られ無さ,に対する違和感?】
a1: 「大学生活・大学生の4年間」として多くを語られるが,大学における教育について議論になることはない。
a2: 大学が「学校」である以上,第一義には「教育の場」であることが重要だろうに。
a3: 当の大学生は大学教育を語らない
a4: 大学の教員も大学(教育)を語らない

●e章●現状
【愛されない日本の大学生】
e1: 授業料/奨学金の異常
e2: バイト
e3: 単位を取らねばならぬ
e4: 大学にずっといる学生は「つまらない大学生?」と言われる
e5: 必要なのは頭数だけ?大学が設ける「定員」

●c章●現状
【大学教員とはナニモノか】
c1: 大学教員公募・教員のアイデンティティ
c2: 教員としての資格
c3: 教員(学校)が与える資格
c4: 大学教員の業務,研究・運営・教育。教育の中の一部としての学部教育
c5: 非常勤講師

●b章●現状
【「誰が」「何を」大学教育に望んでいるのか】
b1: 医学部や法学部などの明確に職業に直結しがちな部分は除いて議論するよ
b2: 高校生ーー何かを学びたい。
b3: 大学教員ー自身の研究に関する知識・研究経験
b4: 親ーーーー
b5: 企業ーーー
b6: 納税者ーー

●d章●現状
【大学は,どのように見られているか】
d1: 卒業者の自覚としての不在
d2: 高校生に大学のことはわからない
d3: 京大入試問題
d4: ユニクロ早期就活
d5: 偏差値受験
d6: 大学の受益者は誰か,教育の意味・意義を義務教育の意味から考える
d7: 高校までと大学の質的変換?

●f章●未来
【では大学教育に求められていることはなんだろうか】
f1: 「高校までに習うこと」と「卒論で求められること」のギャップから。大学全入時代。入試。
f2: 「unlearn」こそ必要。知識の質的変換。
f3: アカデミックスキルズ(答えの無い問題を考える技術)
f4: 科学的であることとは。オボカタの例。
f5: 論理と決断は違う(安全と安心を例に「正しく怖がる」論)
子供の幼稚園で弁当がはじまったので生活サイクルがきまりつつあり,
日中にヨメが使える時間が増加したのでようやく家族経営(?)が安定。

母親と別部屋で寝させている一号二号が寝起きにグズるので,
朝食(可能なら昼食と夕食の仕込み)はボクの担当。

朝食のご飯は朝に炊きたい(一晩水に浸けた米はまずい)ので,
0600朝食にむけて0450に起きる必要がある。
でも米とおかずを仕込んだら,わりと時間が出来るので,
この30分ぐらいを使って,ブログ連載に取り組もうと思っている次第。

どうなることやら。
上二人がインフル陽性で幼稚園の入園式をキャンセル。
週明け4月11日(月)から元気に登園中。
年少新加入の二号は,やはり「よく出来る子」ポジションになった模様。
「つまらない」と言っているが,先生のおだてに気をよくしている日も。

スイス移住準備は着々。
パスポート申請は子供いらずなのでスラスラと。
受取は子供連れで関内まで行くのが不安(メンドクサイ)。
その他の書類も順調。
東大農の学位証明書(英文)がペラペラの紙で驚愕。
懸案の家探しについてはカネで解決することにして,
現地エージェントに家の手配をお願いする。
おそらく家賃35万で決まり。
ティナターナーとかロジャーフェデラーとかが住んでいる地区だとか。

新人歓迎セミナー。
自分が受入になっているJSPS-DC2振替の子を罵倒した以外は素直に。
キャリアが面白い人々,という印象。
ついにタダと同僚になって,感慨深い。

右足首の可動域が狭い(2年前ぐらいのねんざから)。
左首・左腰など体全体の左側が収縮してクセになっている。
左大腿前部の皮膚感覚が薄い。
極端な視力の影響と,ねんざをかばった生活と,その両方とが原因?
スイス行く前に整体で治しておきたい。
3月23日(水)
赤帽1台で引越。想定が甘すぎてかなり積み残しが発生。
ガスの連絡ができていなくて寒い思い。
カーテンレールを外してブラインド設置。

3月24日(木)
不動産屋に問い合わせてガス屋に連絡。
昼には対応してくれたので,まずシャワーでさっぱり。
妻子宅からの荷物受け取り,想定より多くて大変。

3月25日(金)
初めての自転車出勤。
南郷トンネル経由。うんざり。35分ぐらい。
黒眼鏡氏と2時間おしゃべりしてサッカーして帰宅。
午後ニトリの荷物

3月26日(土)
フレッツの開通工事。
ネット・光テレビ・スカパー!光の各種設定,ほぼ滞りなく。
1階のルータだけで2階の寝室にも届くっぽい。うれしい誤算。
夕方に妻子宅。

3月27日(日)
0530頃に出発。名古屋始発の「のぞみ」で移動。0930頃に到着。
昼から職場同世代の親子花見会。くたくた。

3月28日(月)
町役場で転入手続き。正式に町民に。
基本的な生活用品の買い出しを近所で。

3月29日(火)
積み下ろしのため出勤。
積み下ろしの途中で夕飯のため帰宅。

3月30日(水)
0630に自転車出勤,サッカー後,1430退勤。
1600にリュウ連れで前宅の明け渡しのため文庫。
帰りに夕飯を「ぷう」で。日本酒1杯とビール1杯。

3月31日(木)
高知出張予定も体調不良のため蒲田であきらめて帰宅。
39度。症状は悪寒と高熱のみ。寝る。インフルか。

4月1日(金)
引き続き悪寒と高熱。寝る。
「科研費落ちた●●氏ね」と念じる。

4月2日(土)
回復。しかしリュウ発症。40度超。

4月3日(日)
リュウ39度。辛そうではあるが毎食お粥をバクバク食べる。
水分も取るし,適当にアタマを冷やしているので,自宅療養。

4月4日(月)
リュウ36度。急におさまる。
大家さんに挨拶。免許証の住所変更。

4月5日(火)
リュウぶりかえし。39度。
0639バス出勤,追浜で20分待ち。トータル1時間と少し。
1705バス退勤,新逗子で20分待ち。トータル1時間と少し。
「どうにかなるでしょ」って気持ちが先行しすぎて,
あんまりマジメに取り組んでいなくて,
そのせいでかえって余計に時間を費やしている気がする。

とりあえずライフラインの稼働と布団は確保した。
あとは追々でもかまわないんだけども,
光回線でテレビもネットもやろうと思っているので,
最初の1週間は天気予報すら確認できないという不安が残る。

チューリッヒ案件が進まぬ中,リバイスの締切だけは刻々と・・・
3月下旬に葉山へ引越。
まずは自分が動いて,次の週に家族が来る。
電車がない葉山に,車を持たずに引っ越すのはかなり大変っぽい。
日々の食料品ならまだしも,家具家電の買い出しは車がないとつらい。
部屋の採寸もできてないし。
ワンルームから一軒家だから必要になる物品数も膨大だし。
ナギは転園だし,リュウは初めての幼稚園だし。
たぶん総額200万ぐらい出費する。

さらに9月出発予定だったチューリッヒ引越が,
「8月22日から幼稚園はじまるから,それまでに引っ越すべし」
とホストに言われ,急遽8月上旬に前倒し。
7月上旬に10日間の首席航海があるのに・・・。
先に(全然別件として)チューリッヒに行く同僚からの情報に期待しつつ,
早めに動かねばならぬ案件は進めていかねば。
VISA関係は先方でどうにかしてくれるっぽいけど,
住居などはなかなかに手強そう。

4月以降,そして8月以降と,
自分がいない間のラボ運営の算段もせねば。
実験自体の実質ではもう何年も自分では何もしてないけど,
モノ・カネ・ヒトは寝業でゴニョゴニョしているので,
その部分の引継というか伝達もしておく必要があろう。

そして元ポスドクとの共同論文改訂と,
WHOI留学実験論文と,
航海データ論文(複数)と。。。
ふらっとフクスクに現れやがったので。

別に細かいことは何でも良いんだよ。

生きていてくれればそれで十分。

そりゃ元気で楽しそうにいてくれた方がより良いけどね。

兄弟みたいなモンなんだよ。
インド洋航海。

AUVの方は準備万端なんだけども,
表層の方はちょいちょいと心配な要素があって,
やや不安ではある。
しかしやるしかないのだから,やるのである。

まずは移動。
鼻が詰まっている状態での飛行機は怖い。

航海の概要は以下。

平成27年度3船利用課題公募に対し提案した『中央インド洋海嶺南緯 8-17 度域における熱水域探査: AUV「うらしま」潜航調査』および『インド洋における窒素固定を中心とした栄養塩動態の把握』の2課題を実施するYK16-E01航海を,2016年1月11日(モーリシャス)〜1月31日(モーリシャス)に実施する。2課題のうち,前者が「中央インド洋海嶺・AUV潜航・海底熱水活動探査」という海洋底科学的な関心・手法で実施する課題であるのに対し,後者は「インド洋低緯度域・表層採水・窒素固定代謝活性」という海洋科学的な関心・手法で実施する課題である。このように両課題はまったく異なる科学的な関心・手段に基づいている。そんな両課題を同時に提案するきっかけは,これまでに深海潜航調査および海洋科学調査の両航海に参加した経験にある。特に「うらしま」潜航調査航海では,乗船研究者の人数がそれほど多くならない。このため「よこすか」のベッド・ラボには十分な余裕が生じる。しかしこれは裏を返せば,調査機会の損失といえるかもしれない。そこで調査船運用の効率化という観点から,「うらしま」潜航調査を軸にしつつも,潜航調査を妨げない(≒Aフレームを使用しない)範囲で並行して推進可能な別課題の提案を考えた。「うらしま」課題で対象とする海域が貧窒素栄養海域という海洋学的特徴を有することを踏まえ,試料採取に要する時間が短い海洋表層を対象とする栄養塩動態調査(特に窒素固定代謝活性)の並行実施を提案した。なおこの企図に対しては「審査結果のお知らせ(内示)」において「Shiptimeの有効活用としてのピギーバック提案を評価する」という海洋研究課題審査部会のコメントがあった。
YK16-E01航海では,韓国の研究グループの広域CTD鉛直観測によって海底熱水活動の兆候が認められる海域において「うらしま」潜航を実施し,詳細な地形の取得・海底磁気マッピング・水塊の音響および化学組成の異常分布の描出を目指す。これらの観測から,熱水噴出口位置を特定するとともに,熱水活動の特徴について予察的な結果をえることで,無人探査機あるいは有人潜水船による調査が可能となる。また「うらしま」の着揚収の前後に「よこすか」の舷からCTDと採水器を備えたロープを投入し,表層5mおよびクロロフィル極大深度において採水を行う。所要時間は各1時間以内を目指す。採取した海水に安定同位体標識基質(窒素ガス・アンモニア)を添加し「よこすか」ファンネルデッキに設置する露天培養槽で一定時間培養し窒素固定および硝化の代謝活性を調査する。また夜間・荒天時・航走時には「よこすか」による地形・海底磁力・重力の広域調査を実施する。なおYK16-E01航海と同時期に海洋底総合調査を目的とする「白鳳丸」KH-15-5航海(1月17日〜1月26日)が極めて近接した海域で実施される。両航海では事前に研究者間で調整を行い,すでに広域調査測線が共有されている。航海中も適宜連絡を取り,2船が同海域にいることを活かした効率的な調査推進を目指す。
発表においては,得られた成果の速報に加え,「うらしま」潜航と「表層採水」の並行実施において生じた難点・問題点も紹介し,これから調査船・調査航海をさらに効率的に運用するための課題をコミュニティと共有したい。
プロフィール
HN:
kawagucci
HP:
性別:
非公開
自己紹介:
海洋系の某独法で働く研究者が思ったことをダラダラと綴っています
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