自由と信念の箱船で恍惚と不安を抱きストロングスタイルで爆進します!
航海に参加すると,
「このサンプルは自分のじゃなくて誰それのサンプルです」
とか言う人がいる。
まったくもってなっとらん。
それに関わった以上,
関わったすべての人にとって,
それは「自分の試料」だろう。
分析についても同じことがままある。
「これは自分の分析じゃなくて誰それさんの分析です」
なんて人がいる。
でもそんなことはありえないだろ。
じゃあ今お前がやっている作業はなんなんだ?分析じゃないのか?
その分析の主体はお前じゃないのか?じゃあ誰なんだ?
その分析値はどうなるんだ?論文にはならないのか?
論文になった時に誰がどうやって分析したと記述するんだ?
「It's none of your business」と,
「It's none of my business」とは,
対称ではない。
共同作業において,
前者には自己の分担に対する責任と自覚があり,
後者では共同作業全体に対しての責任と自覚が皆無だ。
激しい自己主張で他人の権利を侵害しない範囲で,
各々が当事者意識を持って物事に取り組まないと,
世の中は無責任な無法地帯になってしまう。
他人の権利を侵害することと,
自分が責任を持って物事にあたるのは,
まったくもって別問題だ。
この国の人間関係においては,
「It's none of my business」というあっさりした態度が好まれるが,
それと仕事上の立場でのあるべき態度は違う。
研究者は職業柄,仕事とプライベートの線引があいまいではあるが,
あいまいであるからこそ,
その線引に自覚的である必要がある。
と,
自戒も込めて。
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「このサンプルは自分のじゃなくて誰それのサンプルです」
とか言う人がいる。
まったくもってなっとらん。
それに関わった以上,
関わったすべての人にとって,
それは「自分の試料」だろう。
分析についても同じことがままある。
「これは自分の分析じゃなくて誰それさんの分析です」
なんて人がいる。
でもそんなことはありえないだろ。
じゃあ今お前がやっている作業はなんなんだ?分析じゃないのか?
その分析の主体はお前じゃないのか?じゃあ誰なんだ?
その分析値はどうなるんだ?論文にはならないのか?
論文になった時に誰がどうやって分析したと記述するんだ?
「It's none of your business」と,
「It's none of my business」とは,
対称ではない。
共同作業において,
前者には自己の分担に対する責任と自覚があり,
後者では共同作業全体に対しての責任と自覚が皆無だ。
激しい自己主張で他人の権利を侵害しない範囲で,
各々が当事者意識を持って物事に取り組まないと,
世の中は無責任な無法地帯になってしまう。
他人の権利を侵害することと,
自分が責任を持って物事にあたるのは,
まったくもって別問題だ。
この国の人間関係においては,
「It's none of my business」というあっさりした態度が好まれるが,
それと仕事上の立場でのあるべき態度は違う。
研究者は職業柄,仕事とプライベートの線引があいまいではあるが,
あいまいであるからこそ,
その線引に自覚的である必要がある。
と,
自戒も込めて。
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