自由と信念の箱船で恍惚と不安を抱きストロングスタイルで爆進します!
以前に日本語で総説を書いた時に「もう海底熱水関係で研究することなんてほとんどないよ」「とはいえ,まだコレコレは残ってるけどね」と記述した。その時には考えていなかったんだけど「残された最大の課題」に後から気づいて,これはやらねば,という思いがドンドンと大きくなってきた。
海底熱水活動域は広い海洋底に点々と存在している。にもかかわらず,そこに暮らす生物は,明らかに近傍の熱水域から移住してきている。ここで「近傍」と言っているのは「数十から数百キロ離れている」という意味。でも「ある程度離れた」熱水域同士では,どうも生物の交流が無いように見える。
熱水域ごとに生態系を構成する生物種を比べてみると,大洋間で明瞭に異なる「生物地理区分」が見える。これの原因は「生物分散」であろう(もしかすると定着する瞬間の生物生理や既存種との競合が決定的に重要かもしれないけど)。
これまでの「生物分散」についての研究は,主としてこの「生物地理」から類推したものである。「生物分散」に必須の水の流れ(=海洋物理)を調査対象としている研究は乏しい。数少ない例の一つであるOISTのミタライさんが2016年PNASに出した仕事は,ゴリゴリの海洋物理なんだけども生物地理に焦点を合わせたモノである。
一方で生物の飼育観察から,「生物分散」時に発揮されるであろう生物種の能力を見極め,そこから分散の仕組みを類推するというアプローチもある。最近AORIで学位を取ったヤハギの仕事なんかがある。
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生物分散の研究を進める上で最大の障壁は,まさに分散中の水塊を漂っている卵や幼生の数密度(匹/リットル)があまりに低く,観察や採取が現実的には困難であることにある。そして,前文で「あまりに低く」と書いたけど,数密度が低いことに加えて,そもそも数密度がどれぐらい低いのかすらわかっていないというのが,この障壁の高さをあらわしているように思われる。
数少ない研究の一つとして,WHOIのステイスが(LOMethodに発表した?)幼生採取をしている研究がある。まさに噴出している熱水のすぐ脇(数メートル)に現場濾過器を設置して,2000リットルだか濾過をして,各種について数個体〜数百個体が得られているというもの。この他にセジメントトラップも仕掛けている。
熱水は噴出した後,周囲の海水によってただちに希釈されていくので,すぐ脇でこの程度の数密度(=0.1匹/リットル)であれば,ちょっと離れたら,たとえばカルデラ底に噴出口がある熱水域のカルデラ口で観測したら,少なくとも三桁(五桁ぐらいかな?)は数密度が低くなるだろう。
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科学研究を進める上での制約として「観測可能性」がある。中谷宇吉郎「科学の方法」でも述べられているように,われわれは「観測可能なものしか観測できない」のである。深海調査ではそもそも調査機器の制約が大きいため機器側での観測可能性が限られている上に,さらに生物分散では対象の数密度の低さに由来する問題もあって,「観測不可能性」が非常に高い。漂流する卵・幼生を観測するのは不可能である,と言い切った方が良いぐらいだ。言い切った方が良いぐらいなんだけど「じゃあどれぐらい観測不可能なんですか」と聞かれた時に,説明できるだけの定量的な情報が整理されていない。
情報が整理されていないがために「まずはやってみようよ!」という謎ポジティブな取り組み(と討ち死に)が行われるのは意味不明だし,「絶対無理だから生物分散の研究は止めよう」という諦めもまたもったいない。
あぁそうだ。生物分散の研究を進める意義。ボクは深海底で生物地理が見えることがおもしろいと思う。交流が盛んな範囲と,交流が断絶している範囲。何がそれの決定因子なのか。海はつながっているのに。
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そういうことで,生物地理的アプローチではない生物分散の研究をやるべきだと思って,底生生物の研究者をけしかけてきたのだけど,いつまでたっても腰があがらない。それは彼らが「底生」生物の研究者であり,海底を対象にした研究しかアイデアが無いからだとわかった。なるほど。たしかに生物分散の研究は,底生生物が興味の対象だけど,研究対象は水塊だ。研究対象についてのベーシックな考え方とか,研究手段の引き出しとか,そういうものが底生生物研究とあまりに違うので,手が打てないでいるのか。
ボクは,水塊も海底も相手にしているので,たぶん彼らよりもその辺の感覚がある。もちろん,いわゆる海洋学をやっている人の方が深層流だなんだには詳しいだろうけども,それと生物分散を結びつけるには,それはそれでまた別の知識がいる。そう考えると,たぶんボクがある程度まで勉強して,この間を繋ぐような仕事(それは研究かもしれないし,研究ではないかもしれない)をしてしまうのが良いかもしれない。
ということで,熱水域の生物分散に関わる総説を書こうと決めた。総説と言っても,どちらかというと仮説提案に近く,それ以上に観測計画のラフデッサンのようなものになると思う。特に「どの要素であれば観測可能か」あるいは「この要素を観測可能にするためにはどのような装置開発が必要か」ということを提言するところをゴールに据えたい。まずは日本語で。
これは早々に仕上げてしまいたい。できれば今年中に。
ずっと「生物分散」って書いてきたけど,実際はもっと狭い範囲の「底生生物の幼生分散」です。
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海底熱水活動域は広い海洋底に点々と存在している。にもかかわらず,そこに暮らす生物は,明らかに近傍の熱水域から移住してきている。ここで「近傍」と言っているのは「数十から数百キロ離れている」という意味。でも「ある程度離れた」熱水域同士では,どうも生物の交流が無いように見える。
熱水域ごとに生態系を構成する生物種を比べてみると,大洋間で明瞭に異なる「生物地理区分」が見える。これの原因は「生物分散」であろう(もしかすると定着する瞬間の生物生理や既存種との競合が決定的に重要かもしれないけど)。
これまでの「生物分散」についての研究は,主としてこの「生物地理」から類推したものである。「生物分散」に必須の水の流れ(=海洋物理)を調査対象としている研究は乏しい。数少ない例の一つであるOISTのミタライさんが2016年PNASに出した仕事は,ゴリゴリの海洋物理なんだけども生物地理に焦点を合わせたモノである。
一方で生物の飼育観察から,「生物分散」時に発揮されるであろう生物種の能力を見極め,そこから分散の仕組みを類推するというアプローチもある。最近AORIで学位を取ったヤハギの仕事なんかがある。
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生物分散の研究を進める上で最大の障壁は,まさに分散中の水塊を漂っている卵や幼生の数密度(匹/リットル)があまりに低く,観察や採取が現実的には困難であることにある。そして,前文で「あまりに低く」と書いたけど,数密度が低いことに加えて,そもそも数密度がどれぐらい低いのかすらわかっていないというのが,この障壁の高さをあらわしているように思われる。
数少ない研究の一つとして,WHOIのステイスが(LOMethodに発表した?)幼生採取をしている研究がある。まさに噴出している熱水のすぐ脇(数メートル)に現場濾過器を設置して,2000リットルだか濾過をして,各種について数個体〜数百個体が得られているというもの。この他にセジメントトラップも仕掛けている。
熱水は噴出した後,周囲の海水によってただちに希釈されていくので,すぐ脇でこの程度の数密度(=0.1匹/リットル)であれば,ちょっと離れたら,たとえばカルデラ底に噴出口がある熱水域のカルデラ口で観測したら,少なくとも三桁(五桁ぐらいかな?)は数密度が低くなるだろう。
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科学研究を進める上での制約として「観測可能性」がある。中谷宇吉郎「科学の方法」でも述べられているように,われわれは「観測可能なものしか観測できない」のである。深海調査ではそもそも調査機器の制約が大きいため機器側での観測可能性が限られている上に,さらに生物分散では対象の数密度の低さに由来する問題もあって,「観測不可能性」が非常に高い。漂流する卵・幼生を観測するのは不可能である,と言い切った方が良いぐらいだ。言い切った方が良いぐらいなんだけど「じゃあどれぐらい観測不可能なんですか」と聞かれた時に,説明できるだけの定量的な情報が整理されていない。
情報が整理されていないがために「まずはやってみようよ!」という謎ポジティブな取り組み(と討ち死に)が行われるのは意味不明だし,「絶対無理だから生物分散の研究は止めよう」という諦めもまたもったいない。
あぁそうだ。生物分散の研究を進める意義。ボクは深海底で生物地理が見えることがおもしろいと思う。交流が盛んな範囲と,交流が断絶している範囲。何がそれの決定因子なのか。海はつながっているのに。
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そういうことで,生物地理的アプローチではない生物分散の研究をやるべきだと思って,底生生物の研究者をけしかけてきたのだけど,いつまでたっても腰があがらない。それは彼らが「底生」生物の研究者であり,海底を対象にした研究しかアイデアが無いからだとわかった。なるほど。たしかに生物分散の研究は,底生生物が興味の対象だけど,研究対象は水塊だ。研究対象についてのベーシックな考え方とか,研究手段の引き出しとか,そういうものが底生生物研究とあまりに違うので,手が打てないでいるのか。
ボクは,水塊も海底も相手にしているので,たぶん彼らよりもその辺の感覚がある。もちろん,いわゆる海洋学をやっている人の方が深層流だなんだには詳しいだろうけども,それと生物分散を結びつけるには,それはそれでまた別の知識がいる。そう考えると,たぶんボクがある程度まで勉強して,この間を繋ぐような仕事(それは研究かもしれないし,研究ではないかもしれない)をしてしまうのが良いかもしれない。
ということで,熱水域の生物分散に関わる総説を書こうと決めた。総説と言っても,どちらかというと仮説提案に近く,それ以上に観測計画のラフデッサンのようなものになると思う。特に「どの要素であれば観測可能か」あるいは「この要素を観測可能にするためにはどのような装置開発が必要か」ということを提言するところをゴールに据えたい。まずは日本語で。
これは早々に仕上げてしまいたい。できれば今年中に。
ずっと「生物分散」って書いてきたけど,実際はもっと狭い範囲の「底生生物の幼生分散」です。
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