自由と信念の箱船で恍惚と不安を抱きストロングスタイルで爆進します!
この記事は、敬愛する @rei_nari さんにインスパイアされたものだ。
『教員公募にしろ予算申請にしろ実験手法にしろ実験器具にしろ、未出版の研究核心部以外は積極的に情報を共有して、お互いの培ってきたTipsなどを活用し合うのが良いと思っている』
『特に所属など環境依存での情報格差を埋めるのに、SNSを介した情報交換はとっても有効だと思う』
https://twitter.com/rei_nari/status/1386854738356948995?s=20
本当にその通りだと思う。
ちょっとしたtipsの差で採否が決まる世界(でtipsを独占して勝つ)より、
中身勝負のガチ世界の方が、科学の価値は絶対に高め合える。
そしてそのガチ世界で、採択を勝ち取る方が、カッコいいじゃないか。
勝負じゃないけど、意識として。
数年前に認識して以来ずっと気になっているライジングサンの記事にも触発された。
yokaのblog『科研費若手落ちた』
https://yokazaki.hatenablog.com/entry/2021/04/27/000354「当時は猛々しく「これを若手研究で出すのはもったいない」とさえ思って」
「やはり納得ができないし、何が悪かったのかが良く分からない」
「一体どこが伝わらなかったのかのフィードバックがあれば」
ボクは学位取得以来10年超、応募できる機会があれば応募してきた。
採択されたこともあるし、不採択だったこともある。
平均的な採択率から見れば、採択率は高いと思う。
なお科研費の審査員をしたことはない。
そんなボクが「大体こんな感じが通りやすいかな」と思っている指針。
まず「採否は審査員ガチャか」について。
これは「採択率による」。
若手や基盤など30%程度の採択率があるなら、ガチャ要素は低い。
挑戦的研究や創発など10%を切る採択率になってくると、ガチャ要素が高い。
この辺り、1件辺りの審査員の人数、各人の持ち点から、統計的に説明できると思う。
これを前提として、申請書の書き方では、
挑戦的研究等では「最高点」を、若手基盤では「高い平均点」を、目指す。
最高点を目指すと、ピーキーに仕上げる必要がある。
かなりの盛り付けも必要かもしれない。
そうすると、渋めの審査員から毛嫌いされる可能性もある。
この辺りの狙いを定める部分に、ガチャ要素がある。
採択率ではなく、採択数で考えても、ガチャ要素がある。
「どんな公募でもアレが出てきたら勝てない」というS級妖怪がいる。
採択枠をS級だけで埋められてしまうと、もうどうしようもない。
S級と競合しないことを祈るのみ、というガチャ要素だ。
高い平均点を取るには「平々凡々、普通に書く」に限る。
ごく平凡な話を、ごく平凡なまま、しかし確実に着実に書く。
「とても面白い研究」でなくても、「確かに成果が出そうな研究」であれば良い。
rei_nariさんやyokaさんのエントリーを読んで、おそらく「書き過ぎ」なのだと感じた。
「平均点」路線でなく「最高点」路線で書いて、実現可能性などで低評価だったのではないか、と。
というのも、ボク自身が、これを経験しているからだ。
「最高点」路線の若手Aが不採択で、翌年に内容を削って「平均点」路線に変えて採択された。
同じ失敗を基盤Bの申請でもやっている。
不採択だった申請書から盛り込み過ぎた内容を削って、翌年に採択された。
ここで定性的に「書き過ぎ」ないで「着実な内容」に仕上げると言っても、役に立たない。
ここまで読み進めてくれた奇特な読者に、ボクの指針を紹介したい。
なお、この指針が常に正しい保証はないので、適当に考えて欲しい。
とても簡単だ。
2年500万なら「2年目にレター1報」、
3年2000万なら「2年目にレター1報、3年目にフル1報」
これだけ。
これ以上の成果を出すような内容は盛り込まない。
「アレもコレも」は自重する。
ボク(やrei_nariやyoka)は、同分野の研究者の中では、論文生産性が高い。たぶん。
もちろん上を見ればキリがないだろうけど、平均的な生産性と比べれば、十分に高い。
だから自分にとって「普通の生産性」であっても、審査員的には「ちょっと多い(無理がある)」と感じる可能性がある。
そこを差し引く必要がある。
KAKENデータベースで応募先の区分・種別を眺める。
あそこに掲載されているのは、当然ながら採択された課題だ。
採択率30%の世界では、アレらに「勝つ」必要はない。
アレらと同等であれば良い。
勝ちにいこうとすると、書き過ぎてしまう。
引き算は、とても勇気が要る。
不足で落とされるなら、過剰で落とされたい、かもしれない。
でも、落ちるのは落ちるのだから、通るには路線変更は必要だ。
『教員公募にしろ予算申請にしろ実験手法にしろ実験器具にしろ、未出版の研究核心部以外は積極的に情報を共有して、お互いの培ってきたTipsなどを活用し合うのが良いと思っている』
『特に所属など環境依存での情報格差を埋めるのに、SNSを介した情報交換はとっても有効だと思う』
https://twitter.com/rei_nari/status/1386854738356948995?s=20
本当にその通りだと思う。
ちょっとしたtipsの差で採否が決まる世界(でtipsを独占して勝つ)より、
中身勝負のガチ世界の方が、科学の価値は絶対に高め合える。
そしてそのガチ世界で、採択を勝ち取る方が、カッコいいじゃないか。
勝負じゃないけど、意識として。
数年前に認識して以来ずっと気になっているライジングサンの記事にも触発された。
yokaのblog『科研費若手落ちた』
https://yokazaki.hatenablog.com/entry/2021/04/27/000354「当時は猛々しく「これを若手研究で出すのはもったいない」とさえ思って」
「やはり納得ができないし、何が悪かったのかが良く分からない」
「一体どこが伝わらなかったのかのフィードバックがあれば」
ボクは学位取得以来10年超、応募できる機会があれば応募してきた。
採択されたこともあるし、不採択だったこともある。
平均的な採択率から見れば、採択率は高いと思う。
なお科研費の審査員をしたことはない。
そんなボクが「大体こんな感じが通りやすいかな」と思っている指針。
まず「採否は審査員ガチャか」について。
これは「採択率による」。
若手や基盤など30%程度の採択率があるなら、ガチャ要素は低い。
挑戦的研究や創発など10%を切る採択率になってくると、ガチャ要素が高い。
この辺り、1件辺りの審査員の人数、各人の持ち点から、統計的に説明できると思う。
これを前提として、申請書の書き方では、
挑戦的研究等では「最高点」を、若手基盤では「高い平均点」を、目指す。
最高点を目指すと、ピーキーに仕上げる必要がある。
かなりの盛り付けも必要かもしれない。
そうすると、渋めの審査員から毛嫌いされる可能性もある。
この辺りの狙いを定める部分に、ガチャ要素がある。
採択率ではなく、採択数で考えても、ガチャ要素がある。
「どんな公募でもアレが出てきたら勝てない」というS級妖怪がいる。
採択枠をS級だけで埋められてしまうと、もうどうしようもない。
S級と競合しないことを祈るのみ、というガチャ要素だ。
高い平均点を取るには「平々凡々、普通に書く」に限る。
ごく平凡な話を、ごく平凡なまま、しかし確実に着実に書く。
「とても面白い研究」でなくても、「確かに成果が出そうな研究」であれば良い。
rei_nariさんやyokaさんのエントリーを読んで、おそらく「書き過ぎ」なのだと感じた。
「平均点」路線でなく「最高点」路線で書いて、実現可能性などで低評価だったのではないか、と。
というのも、ボク自身が、これを経験しているからだ。
「最高点」路線の若手Aが不採択で、翌年に内容を削って「平均点」路線に変えて採択された。
同じ失敗を基盤Bの申請でもやっている。
不採択だった申請書から盛り込み過ぎた内容を削って、翌年に採択された。
ここで定性的に「書き過ぎ」ないで「着実な内容」に仕上げると言っても、役に立たない。
ここまで読み進めてくれた奇特な読者に、ボクの指針を紹介したい。
なお、この指針が常に正しい保証はないので、適当に考えて欲しい。
とても簡単だ。
2年500万なら「2年目にレター1報」、
3年2000万なら「2年目にレター1報、3年目にフル1報」
これだけ。
これ以上の成果を出すような内容は盛り込まない。
「アレもコレも」は自重する。
ボク(やrei_nariやyoka)は、同分野の研究者の中では、論文生産性が高い。たぶん。
もちろん上を見ればキリがないだろうけど、平均的な生産性と比べれば、十分に高い。
だから自分にとって「普通の生産性」であっても、審査員的には「ちょっと多い(無理がある)」と感じる可能性がある。
そこを差し引く必要がある。
KAKENデータベースで応募先の区分・種別を眺める。
あそこに掲載されているのは、当然ながら採択された課題だ。
採択率30%の世界では、アレらに「勝つ」必要はない。
アレらと同等であれば良い。
勝ちにいこうとすると、書き過ぎてしまう。
引き算は、とても勇気が要る。
不足で落とされるなら、過剰で落とされたい、かもしれない。
でも、落ちるのは落ちるのだから、通るには路線変更は必要だ。
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